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プロローグ

久々に連載始めました。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

「――困ったわ」


 ヘレナはひとり呟いた。

 広大な王宮の一角。手入れのされていない木々が生い茂っていることを考えると、おそらく宮仕えの者が暮らす使用人寮のさらに奥といったところだろう。普段は誰かが立ち入る場所ではないようで、助けを求めようにも人の気配は全くない。


「最近は、外に出ることが少なかったから油断していたわ」


 太陽が出ていれば、それでも多少は方向の見当がついただろうが、あいにくの曇天で自分が今どちらを向いているのかもわからない。要するに、どちらに行けば人がいるほうなのかわからないということだ。


 王宮に勤め始めて十五年。最初の数年は通いだったとはいえ、王宮侍女の中では古参のヘレナは、お世話係を仰せつかっている第一王子の身の回りに関することは、ほぼ全面的に任されていた。そんな優秀なヘレナには、唯一にして最大の欠点があった。


 これ以上ないほどの方向音痴だったのだ。

 ヘレナは多くの方向音痴がそうであるように、一度道を間違うと自分がどちらから来てどちらに向かっているのかもわからなくなる。そして、何故かそれでも強気に前に進んで(実際は前ではないのだが)、結局ありえないくらい道に迷うのだ。


 勤め始めた当初は、案内の者がいなければお世話をするはずの第一王子の居室にもたどり着けなかった。それでも務まったのは当時ヘレナがまだ十二歳だったのと、さらには通常は働いたりしない身分の侯爵令嬢で、「王子のお世話係」という名の年上の遊び相手だったからだ。本当の意味で出仕している身分の低い侍女ならとっくにクビになっていたところだろう。


 最近はさすがに普段仕事をしている区域では迷うことはなくなった。

 だけど、今朝はたまたま人手不足で、第一王子の使いに出られる者がおらず、自ら買って出たのが裏目に出た。奇跡的に相手方まではたどり着いたのだが、帰り道が分からなくなってしまったのだ。


「こんなことなら皆が午後になって戻ってから誰かにお願いすれば良かったわ。あちらも特に急ぎという様子ではなかったし」


 既にとっくに昼はすぎ、人手不足も解消している頃合いだ。自分が余計なことをしたせいで、今ごろ行方不明のヘレナを探させてしまっているだろう。


 ヘレナは一つため息を吐くと、首元のチェーンを引っ張った。ワンピースの襟元から引き出したのは小型の笛だ。金の小鳥を模した笛には手の込んだ意匠が施されている。


 こうなってしまっては、躊躇っていても仕方ない。ヘレナは大きく息を吸うと笛を思いきり吹き鳴らした。


 ピーーっと言う音が辺りの静寂を破り、驚いた鳥たちが木立からバタバタと飛び立つ。

 それを数回繰り返すとヘレナは木陰に腰掛けた。笛を鳴らしたらその場を動かない。それが約束だからだ。


 程なくして何人かの足音が聞こえた。思いの外早い到着に、やはり探させてしまっていたのだなとヘレナはため息をついて立ち上がった。いくらなんでも地面に座り込んでいるところを見せるわけにはいかない。


 せめてもと思い、背筋を伸ばして立ってたヘレナは、現れた人の顔を見て驚愕した。


「殿下!」


 茂みの奥から現れたのは、ヘレナが仕えるこの国の第一王子ヴィルヘルムその人だったからだ。後ろに騎士を従えて現れたヴィルヘルムは少し息が上がっていた。


「ヘレナ、無事だったか」


 明らかにほっとした顔でそう呟くヴィルヘルムにヘレナは慌てて頭を下げた。


「申し訳ございません! 殿下のお手を煩わせるとは……」


 大失態だ。まさか王子自らに自分を探させてしまうとは。今日の王子の予定を頭の中で反芻する。おそらく昼の自由時間をすべて使わせてしまっている。


「無事なら良い。――用事がすんだのなら帰ろう」

「……はい」


 差し出された王子の手を見る。まさか、この手を取れと言っているのだろうか。動揺して後ろの騎士たちを見るが、まるでヘレナが王子にエスコートされるのが当然だという顔をして、ヘレナが動くのを待っている。


 ――しかたない。

 ヘレナはそっと王子の手に自分の手を重ねた。久しぶりに触れた王子の手は、思いのほか大きく厚く、ヘレナは思わず胸がどきりと音を立てるのを感じた。

 王子は何も言わずヘレナの手を引いて、歩き出す。

 その背もいつの間にか見上げるように大きくなった。


 十五年。その時間の長さを思いヘレナの胸は別の意味で痛んだ。こんなに長く側にいるべきではなかったのかもしれない。

 私はいつも道に迷ってばかりだ。


 迷いなく進む力強い手に引かれながらヘレナはもう顔を上げることが出来なかった。

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