第一部 第六章
「さあ、皆さん。皆さんが住む場所は城郭内の屋敷などに振り分けてあります。そこで休んでください」
私が城郭の門の所で、逃げてきた領民に説明した。
「お嬢様。何で王国同士で戦争になっておるんじゃ? 」
「何でわしらの家は焼かれたのか? 」
「皆さんの家はスタンリー公爵家が責任を持って建て直します。何でも、オブライアン侯爵が我がスタンリー公爵家が叛意があると国王に讒言したようです。私が婚約破棄されただけで終わると思ったのですが……申し訳ありません」
領民の疲れ果てたボロボロの姿を見て、私は素直に頭を下げた。
「いや、お嬢様は悪くない。仲間を攻めてくるなど信じられない」
そう好意的な言葉もあったが、大半の逃げてきた領民は疲れと怒りが渦巻いたような顔をしていた。
のそのそと守備兵の指示で領民達はそれぞれの宿泊する場所へ移動して言った。
「これだと戦えそうな人に手伝って貰うのは難しいかもしれませんね」
私の横に居た執事のオルバンがそう悲しそうに呟いた。
「いや、それはまずは落ち着かせてからだ。攻撃部隊を騎馬部隊に特化する代わりに、歩兵の連中は城郭を守るように訓練は続けている。今の状況でも戦えるのは確かだし。そこは大丈夫だ」
そうアルバート守備隊長が答えた。
「それにしても、どうする気なんだろう? 」
「籠城して時間稼ぎしても援軍が来るわけでも無いしな。とにかく王国を私意のままに操っているオブライアン侯爵を討たないと厳しいだろうな。まさか、近衛すら出陣拒否したと言うなら、王子を軍の旗印にしたとしても完全に越権行為では無いか」
「それだけ、オブライエン侯爵家が実権を握ってると言う事ね」
そう私は答えるしか無かった。
「お嬢様には申し訳ないが今回の婚約はするべきでは無かったのでは? 」
「でも、いずれはうちの家を潰すつもりだったのは間違いないし。敵国とばかり戦ってるスタンリー公爵とは別で国内の敵の鎮圧で軍事的に自信をつけたようだし、いよいよ政治と軍事の両方を握ろうとしているのでしょうね。国内の敵の鎮圧で逆らってた貴族も一緒に処分したみたいだし」
そう私が答えた。
でも、これは私の言い訳だ。
やっぱり、子供の時から婚約を決められて、ずっと婚約者として振舞って、アルフォソ王子は本当に優しい人だった。
そんな王子を私が好きだったのは間違いない。
「そもそも、正直、こんな状況になったので聞かなかったのですが、どんな状況で婚約破棄されたのです? 」
アルバート守備隊長が無精ひげをさすりながら答えた。
うちの公爵領は外国との戦争ばかりしているので、自然と武骨な人が多い。
「パーティーの最中に王子がオブライエン侯爵家の娘と腕を組んで出て来たの。私は王城内で王子を探してたんだけど、いなくて。それで、それはおかしいのではありませんかって言おうとしたら、オブライエン侯爵が出て来て、数々の王子への無礼で私との婚約破棄と自分の娘と王子の婚姻を発表したわ。そしたら、一斉に皆が歓迎の拍手とかして……その後はスタンリー公爵家に叛意があると……私はお付きの騎士に別室に連れてかれて、それから記憶が無いの……」
「なるほど、全部話は出来ていたんですね。ただ、王子はどうしてたんです? 」
「俯いてたわ」
「じゃあ、何か弱みを握られてたんですかね? そもそも無礼っていつもの注意でしょ? 」
「そうよ? 」
「あんまり言わない方が良かったんじゃないですかね? 」
「うぐっ! 」
私が胃を痛くした。
「いや、確かに、先王からおかしなことは注意してやってくれって言われたのだろうけど、まあ、限度がありますよね」
「いや、ちゃんと、配慮して皆のいない所で言ってたし」
「いやいや、スタンリー公爵家の家風って結構、気を使ってると言いつつ、さらっと言いますからね」
「知ってるわよっ! 」
「まあ、最前線で命を削ってたら、言ってあげないと死ぬ事もありますから、そう言う風になって、しょうがないんですがね。それよりもうちが叛意ありと見なされたのがねぇ」
そうアルバート守備隊長が苦笑した。
「魔王クルシュの件が漏れてたみたいなの」
「それでいきなりってのも変な話ですがね。まあ、見当はつきますけど」
「見当って? 」
「最初から潰すつもりだったけど、ここ最近のうちの軍備改革が向こうを焦らしたんでしょ。実際、異様に強くなってますからね。うちのスタンリー公爵家は」
「そうなの? 」
「オルス帝国との戦いだってずっと圧勝でしょ。流石に、これ以上強くなるとスタンリー公爵家が潰せなくなると見たんでしょうな。先を見通す目を持っていますから」
そうアルバート守備隊長が答えた。
「にしても、こんな不用意なやり方ってある? 政治的にもおかしいし」
「何かあるんでしょう。全てを見破る目と先を見通す目は似てるけど違うのはお嬢様がご存じでしょ? こちらは破邪の意味合いが強いけど、向こうは未来を読んできますからね」
アルバートがそう答えた。
そうなのだ。
私のスタンリー公爵家は破邪の目として死んだ者や魔物や敵の魔法を見破ったりする。
でもオブライエン侯爵家の先を見通す目は未来を読むのだ。
と言う事はこのスタンリー公爵家が滅びるのが見えたはず。
そう思って身震いした。
「あの……あまりお嬢様を……」
執事のオルバンが横で流石にと言う感じで突っ込んできた。
「いや、分かってる。ただ、こうなるとスタンリー公爵様よりお嬢様にしっかりして貰わないとな。あの魔王殿は居ないし」
そうアルバート守備隊長が笑った。
本来は軍事を仕切るはずのお父様がああなので仕方ない。
確かに、最初にオブライエン侯爵家があまり婚約を邪魔しなかったのは血が濃くなりすぎると言う正論と先王が居たのと、なによりスタンリー公爵家がいまいちだったからだ。
魔王クルシュが軍事に知恵を出すようになってから、スタンリー公爵家が急激に本当に武のスタンリー公爵として国内での存在が大きくなった。
それで、黙ってはいられなくなったのだろう。
「まだ、叔父様は戻ってこないの? 」
「作戦は大成功でオルス帝国の遠征軍は完全に潰したようです。それからこちらへ戻ってくるはずですが、オブライエン侯爵家の方が先に来たと言う事ですね。もっとも、援軍の無い籠城は負けですから、援軍の無い我々としたら籠城した城の外に最強の騎馬部隊が居るのは非常に心強いですけどね」
そうアルバート守備隊長が肩を竦めた。
「確かに、それはあるんだけど。先を見通せるオブライエン侯爵がそれを想定して無いとは思えないけど……」
そう私が不安そうに呟いた。
その時城壁が騒がしくなった。
「閉門っ! 閉門っ! 」
見張り台が騒いで、跳ね橋が上がって門が閉まった。
「どうしたっ! 」
アルバート守備隊長が叫んだ。
「オブライエン侯爵の軍がこちらに来ました! 旗印はアルフォソ王子ですっ! 」
そう見張り台の守備兵が叫んだ。
それを聞いて、王子を思い出して私は少し胸が痛くなった。




