第一部 第五章
激戦に勝った後に、少し休んでから、スタンリー公爵の騎馬部隊はスタンリー公爵の元に戻ろうとした。
だが、最初にオルス帝国の迎撃に出るのが遅れたのでオブライエン侯爵家の連合軍がすでに領内に入って来たのが狼煙の連絡で分かった。
それと同時にいろいろと出ていた斥候からアルフォソ王子が全軍の指揮官と名目上なっているのも分かった。
それで甲冑姿の魔王クルシュとルイーザの叔父は部隊長とともに簡易の軍議を開いた。
大きな木の下で皆で切り株などに座って話し合いをしていた。
「斥候の話では、領内の国境付近の街から領民は撤退して城に向かっており、街は焼かれて道にはいろいろと敵の進行に邪魔になる物をばら撒いたりしてるようです」
そう部隊長の一人のクルスが答えた。
「どうなの? 」
「計画通りだ。ルイーザに前に、こうなったらこうしろと言っておいたのでやってるのだと思う」
叔父がそのまま魔王クルシュに聞いた。
「こんな馬鹿な事に何の意味があるのです? 領民の住んでる場所を焼き払って何の意味があるんです? 」
部隊長のクルスがそう強く軍の将軍の叔父に聞いた。
「何の意味があるの? って言うか……ああ、なるほど。兵糧を渡さない為か? 」
分析力だけはある叔父の将軍が理解して呟いた。
「そうだ。この世界は兵站と言う事を軽視している。まだそれを考える段階に時代が来ていないのだと思うが、兵糧は現地調達と言う名ばかりの略奪ばかりだ。それを見越して、スタンリー公爵家の屋敷のある公爵領の中心の城郭に国土の大体の兵糧は運んで貯蔵した。これで相手に食料は渡らない」
そう魔王クルシュが答えた。
「そんなに長く戦う気なのですか? 」
籠城をイメージしたのかベテランのテイラー部隊長が聞いた。
「長く戦うの? 」
「いや、その気は無い」
叔父の将軍が魔王クルシュに聞いた。
「そんな! じゃあ、何の意味がっ! 」
「仲違いをさせるためだ」
クルス部隊長が憤って叫ぶのに対して魔王クルシュは冷やかに答えた。
「んんん? そうか、敵は各貴族の混成軍だったな。となると貴族間の地位の問題があるし、傲慢なオブライエン侯爵家が指揮をとるなら、下級貴族には少ない糧食を回さないようにするだろうしな」
そう分析力だけある叔父の将軍が唸る。
それで魔王クルシュの相変わらずの作戦能力を皆が理解して納得した。
「そこでだ。今回は、諸君らに俺にとっても非常に大切な相談がある」
そう魔王クルシュが皆を見回した。
皆がそれで息をのんだ。
「なんでしょうか? 」
ヘンリー部隊長が代表して聞いた。
「今回、アルフォソ王子が敵の軍として来るのだが……もしあの男を合戦のどさくさでバレないように暗殺したら、ルイーザは愛してた人が居なくなって諦めて俺を愛してくれるだろうか? 」
魔王クルシュが心配そうに聞いた。
「いやいや、それはどうでしょうか? 」
「そう言う風に割り切れるとは思えませんね」
そう部隊長達が口々に答えた。
「駄目かっ! 」
魔王クルシュがそう顔を両手で覆った。
「いやいや、マジでそんな事を考えてたの? 怖っ! 」
叔父の将軍がドン引きした。
「だって、ルイーザは俺の事を親族のおっさんみたいにしか見てないもの……俺……まだ二十三歳なのに」
「いや、三百年前の魔王でしょ? 年齢がおかしくありませんか? 」
「いやいや、俺は二十三歳で死んで封印されたから、その年齢で止まってるの」
魔王クルシュが恥ずかしげもなく断言した。
「でも、子供の時からうろうろされてたら、そう言う風には思わないでしょ。そもそも、ルイーザ様は十七歳だし」
「いやいや、六歳差なんて三百年からしたらあっと言う間だよ? 」
魔王クルシュが必死だ。
「え? 今日は凄い難しい顔をしてたけど、合戦じゃ無くてそんな馬鹿な事をずっと考えてたの? 」
叔父の将軍が驚いて突っ込んだ。
「だって、勝った後で二人のよりが戻られても困るし」
「いや、オブライエン侯爵家の令嬢を婚約者として発表したじゃん」
「まだ、もう一度、向こうは婚約破棄出来るじゃん」
「うわ、ちっせぇぇぇぇ! 」
「いや、魔王なんだから、もっと胸を張ろうよ! 」
「スタンレー公爵の婚約の許可は貰ってんでしょうが! 」
魔王クルシュの言葉に部隊長達が一斉に突っ込んだ。
「まだルイーザは、あのカス王子に気持ちがたっぷり残ってるみたいだしなぁ……どうだろう? 俺が合戦で一騎打ちしてあのボケ王子を皆の前でボコボコにして見たら」
そう魔王クルシュが皆を見回した。
「いや、そんなのしたら王子を庇ってボロクソに言われるんじゃないですかね? 」
スタンリー公爵家の部隊長の中で一番モテるジェームスがそう答えた。
「くくくくくっ、何て難しいんだ……」
「ポンコツっすなぁ」
「魔王なのにね」
魔王クルシュの悩みに部隊長達が容赦なく突っ込んだ。
「正直な話。ルイーザ様は綺麗だとは思いますが、言う事がきついし、貴方がそこまで惚れる相手ですかね? 」
そうジェームスが苦笑した。
「おいおい、叔父の前でそんなこと言うなよ」
そう叔父の将軍が突っ込んだ。
「いや、実はルイーザは俺の前世の世界で俺の愛してた人の生まれ変わりなんだよ。だから、一生懸命子供の時から守って来たのになぁ」
そう魔王クルシュが皆が驚くような事を口走った。
「いや、なら、子供の時から見守ってたら、余計にお父さんポジションになっちゃいませんか? 」
ジェームスが身も蓋も無い事を言ってしまう。
「魔王クルシュはルイーザに良く言ってる事が全部お父さんポジションの小言だしなぁ」
叔父の将軍が苦笑した。
「事故でカス王子が死なないかな」
魔王クルシュが頭を掻きむしった。
「何かこう、そんな事ばかり思うから孤立してたんじゃないですかね? 」
「いちいち発想が暗いもんね」
「ああああああああああああああああああああああああ! 」
胃が痛くなったのか魔王クルシュがのたうち回った。
「まあ、あれですよ。その手の話はオブライエン侯爵を撃退してからした方が良いんじゃないですかね? 」
一番年上のジョージ部隊長が呆れたように答えた。
皆もそれで納得したのか、その場を立って騎馬の方に向かった。
魔王クルシュは不貞腐れたように最後に切り株から立ち上がった。
*****************
焦土戦術をスタンリー公爵家側にやられたオブライエン侯爵が自ら指揮を執っている連合軍はあまり焦っていなかった。
オブライエン侯爵は王国にこの人ありと言われた政治家でもあった。
四十前後ではあるが、気迫の塊であり、知の方だけでなく実は国内の鎮圧で武の方でも知られていた。
グレーの髪をかき上げながら、笑みを絶やさない。
「食料は手持ちの数日しかありませんよ? 」
「これでは補給が出来ない」
配下の男爵や子爵が困惑して来たのを笑って本陣で受け流していた。
「本当に大丈夫なのか? 」
アルフォソ王子が心配そうにオブライエン侯爵に聞いた。
アルフォソ王子はそのエメラルドの端正な顔で見た。
美しい容姿と優しいが線の細い印象を与える王子であった。
「御心配いりません。計画通りです。城郭に領民を入れるのも分かってました」
「時間がかかるのでは無いか? 」
「ふふふ、私の全てを見通す目は伊達ではありません。そもそも、近衛兵に出兵を断られるのも最初から知っておりました。一番大切なのは実は王子……貴方様を連れてくることなのです。近衛兵の意見を無視できないし、心情的にスタンリー公爵家を滅ぼすのが嫌な国王が自分は正面に出たがらないのは分かっていたのです。全ては予定通りです」
そうオブライエン侯爵が自信ありげに笑った。




