第一部 第四章
スタンリー公爵家の狼煙台が次々と狼煙をあげた。
これもまた魔王クルシュの指示であった。
狼煙によってオブライエン侯爵軍のスタンリー公爵領に近づいて来ているのをスタンリー公爵に知らせるのだ。
勿論狼煙の色にもいろいろな情報を込めてある。
今回は敵軍来襲の合図だ。
「オブライエン侯爵家の軍が予想以上に速い」
スタンリー公爵が呻いた。
歩兵と騎馬部隊の混合なら、いくらなんでもこんなに速く来れないはずなのに彼らは予想以上に速かった。
「まさか、騎馬だけなのか? 」
そう、スタンリー公爵が呻いた。
その時に魔道の流れが感知された。
それは魔王クルシュの力。
ルイーザが復活した証しだ。
「誰か娘を連れて来てくれ! 」
そうスタンリー公爵が叫んだ。
執事のオルバンが慌ててルイーザの遺体のある客間に向かった。
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私が棺桶の中の遺体に魂が突然引き込まれた後、いきなり身体を動かせるようになって起き上がった。
横にいたメイドのキャシィが嬉しそうに私に抱き着いてきた。
だが、最初に私が感じたのは、何か身体がおかしいと言う事だった。
スタンリー公爵家の全てを見破る目は伊達ではない。
最初は魔王クルシュが私の身体を自由にするために何か仕込んだのかと考えて身震いした。
だが、良く見ると違った。
偉大なるスタンリー公爵家を加護する神のバルカスの力をより拡大して強くするようなものに見えた。
何というのだろうか、薄い加護ではなく、深くバルカス神と結びついてドバドバ力を増やさせるような感じだ。
そもそも本来がおかしいのだ。
未来をある程度予見して婚約破棄があるのを知っているなら、私が毒殺されるのも知っていたはず。
わざわざ自分の力を警戒させ再度封印される恐れもあるのに、オブライエン侯爵家に見せつけてまで私を生き返らす意味が無い。
「と言う事は……わざと死なさせた? 私を一旦死なさせないとこのバルカスの力を繋げれないと言う事? 」
そう独り言で呟いた。
「おおおおおおおおお! お嬢様! 」
起き上がっていた私を見て執事のオルバンが喜びから祈るような仕草をした。
「心配かけてごめんね」
涙を流している執事のオルバンとメイドのキャシィにそう優しく話しかけた。
「良かった。良かった」
「お父様が執務室でお呼びです」
喜びながらも執事のオルバンが私をお父様の執務室に呼んだ。
「敵が来たのね。行きます」
そう言って、身体にまだ残っていた献花の花びらを落としながらお父様のいる執務室に向かった。
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「お呼びになりました? 」
「おおおおおおおお! 生き返ったのかっ! ルイーザっ! 」
お父様が生き返った私を見て笑った。
「いや、と言うか……わざと私を死なせましたか? 」
そう、私が聞くとお父様が目を反らした。
やはりだ。
「な、何の事だ? 」
そう、焦りながらお父様が答える。
「お父様は優しいけど、状況が追い詰められると娘とか家族とか叔父さんに無茶苦茶な負担をかけても気にしないのはどうかと思いますが」
そう私がお父様に話すと、お父様は胃を抑えて蹲った。
「そんな風に胃が痛くなるくらい自己嫌悪している様子になるのなら、そう言うことをおやめになられたらいかがですか? 」
「ぐはっ! 」
そうお父様が呻いてのたうち回る。
「お、お嬢様……その御主人様もそのいろいろと必死でありますので……」
そう執事のオルバンが間に入った。
「アルフォソ王子もこうやって、いろいろ言われてきつかったのかな」
そう、ぼそりとお父様が言うので今度は私が胃が痛くなって蹲った。
「あの。そう言う自分達を傷つけあうような話は止めた方が良いのでは? 」
そう執事のオルバンが必死に間に入った。
「何というか、親子じゃのぉ? 」
そう死んだおじい様がそう言いながら部屋に入って来た。
勿論、その姿はスタンリー公爵家のものしか見えないので、執事のオルバンは分からない。
「お父さん、どうしようか? スタンリー公爵家の騎馬隊が帰って来るよりも、オブライエン侯爵家の軍の方が早くこちらの領内に入りそうなんだけど……」
「困ったな、どうしようか? 」
お父様の心配そうな質問をさらに心配そうにおじい様が答えた。
駄目だこりゃ。
お父様が指揮官なのに……。
良く、このスタンリー公爵家が今まで連綿と続いてきたものだなぁと思う。
「このままでは領民が……」
そうお父様が呻いた。
根は善人なんだろうけど……。
「残念だけど、昔、魔王クルシュと話をしたことがあって、ここは腹をくくるしかないと思います」
そう私が答えた。
「おおお、何か良いアイデアがあるのか? 」
お父様の顔がばぁっと明るくなった。
「昔、魔王クルシュの忠告で領内の食料備蓄庫はなるべく城郭内に配置するようにしていたはず。だから、国境付近の街の人間を全部、この城郭で収容しましょう」
そう私が話す。
「な、なるほど」
「そして、国境付近の街は逃げる時に全部焼きましょう」
「はああああああ? それは領民が怒るんじゃないの? 」
「でも、どのみち略奪されますし、大切なものは最低限持って、それ以外は何もかも焼くべきです」
「「えええええええ? 」」
お父様だけでなくおじい様も凄い顔をしていた。
「昔、魔王クルシュと話した時に、驚くべきことにこの世界の連中は兵站を考えないと言われました。
食料は現地調達で済まそうとすると。ですから、こうすることによって、向こうの継戦能力を削ぐのだそうです」
そう私が話す。
相手がどういう軍か分からないけれど、近衛は拒否したらしいので、混成軍なのは間違いない。
この場合、貴族階級の混成軍だと、少ない食料も上の貴族の軍が抑えるので、内紛が起きやすいと言っていた。
確かに、オブライエン侯爵家はスタンリー公爵家を除くと他の貴族を見下していたので、余計に不満が高まるだろう。
私はそうお父様とおじい様に説明した。
その結果、お父様は悩んだけれどもその作戦を取ることにした。
彼らが通れる道には街を焼いた後、いらないものを道にばら撒いて馬が通りにくくする。
また、落とし穴も用意させるように指示した。
それで、彼らのこの城郭への進行速度を少しでも落とすのだ。
今のところはそれしかないと思われた。
「城郭で保護してやらないといけないし、再建の費用もいるし大変だなぁ」
お父様の一言で私の胃も痛くなってきた。
でも、魔王クルシュが戻ってくるまでは、こうやって時間を稼ぐしかない。
愛しているはともかくも早く戻ってきてね、くらいは言えば良かったかなと少し後悔した。
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