第一部 第三章
「と言う事でよろしい? 」
私が魔王クルシュとお父様に約束させたのは、私の気持ちが魔王クルシュに向くまでは私に手を出させないと言う約定だった。
お父様から内々で先に話があって、ここで魔王クルシュに見捨てられたら我々も滅んでしまうと言われて、仕方なしに譲歩した。
「いや、これで良いけれど、正直に言うともはや今回の婚約破棄でお前に相手なんかおらんぞ? 」
「そういう真っ向ストレートな話をいつでもするから皆に見捨てられて滅んだんだろうがぁぁぁ! 」
魔王クルシュの忠告がむかついて私が叫んだ。
その私の言葉で魔王クルシュが昔を思い出して苦しんでいる。
だが、苦しんでるのは私も同じだ。
「俺はお前がいつものようにストレスで菓子を食べ過ぎて、丸々と豚のように太ったとしても愛する自信がある」
「もっと気の利いた言葉で口説いてみろやぁぁぁ! そんなだから孤立したんだろうがぁぁ! 」
そう切り返しながら私は魔王クルシュと同じく心にダメージを受けて血を吐きそうになった。
「息子よ。魔王クルシュとルイーザを止めるんだ。あまりにも不毛だ」
「どちらも倒れてしまう」
おじい様とお母様がお父様に必死に仲介を頼んだ。
「……ああ……えーと……なんだ……現実を見ようよ」
そうお父様が言って自分の言葉にのたうち回っていた。
お父様も武人じゃ無いのに武の家に産まれて随分と苦しんで自己嫌悪して目を反らしてる事が多かったせいだ。
もはや、全員が傷つき合うと言う、どうしょうも無い状態になっていた。
「いや、流石に間に合わなくなるぞ。オルス帝国を先に叩いて、その後にオブライエン侯爵家の軍を叩く各個撃破するんだろ? 」
叔父様がさすがに困って一言言って来た。
各個撃破と言う言葉は魔王クルシュが使いだした。
スタンリー公爵家は馬の産地で名馬が揃っている。
それに合わせて、歩兵部隊だけでなく騎馬部隊もあったのだが、魔王クルシュの進言で騎馬部隊のみの精兵部隊を構築していた。
これで電撃的に移動して各個撃破するのだ。
さらに、今回はもう一つ変わった事をしていた。
今回の婚約破棄のゴタゴタを予想していた頃から準備していたようだが、革製の固定された袋のようなカバーを騎馬の左右に一つずつ下げていて、そこに魔王クルシュがここと言う時にボウガンと言う弦を器具で強く引いたまま強力な木製の弓を矢が落ちないように器具で固定してあるものを即発射できるようにしてそれぞれに収納していた。
これを相手に肉薄して片手で打ち込むことが出来るように訓練もしていたようだ。
勿論、撃った後、即座にもう一つにも持ち直して発射できるようにだ。
何でも、恐ろしいことに魔王クルシュが考案したボウガンとやらは、普通の弓の矢と違い敵の騎士の甲冑をあっさり貫いて相手を倒す事が出来るようだ。
「じゃあ、約束だけは守ってくれたら良いから」
そう私が不貞腐れて言うと魔王クルシュが甲冑を着始めた。
魂なのに甲冑が着れるとか信じられないのだが。
「え? 今回は合戦に行くの? 」
「ああ、参謀として来てもらう」
そう叔父様が頷いた。
「今度の作戦はボウガンの発射の命令のタイミングが大事なんだ。行かざるを得ない。まずはオルス帝国を潰して、オブライエン伯爵家の方はその後だ。まずはオルス帝国をこちらに攻めて来たくないくらいに壊滅させないといけない」
そう魔王クルシュがそう答える。
「思い切って、水晶を割って魔王クルシュの封印を解いて力を見せつけては? 」
そうお母様が身も蓋も無いことを話した。
「いや、申し訳ないが、長い事封印され過ぎて私には力があまり残っていない。まして、国王に対する反乱では無くて、まずはオブライエン侯爵家に対する戦争なのなら、ここで俺が出るのは悪手だと思う」
そうズバリと魔王クルシュが答えた。
「ふーん。こんなにいろいろと配慮が出来るのにねぇ」
私が感心して答えたら、魔王クルシュがまた痛いところを抉られたのか、のたうち回っていた。
「戦う前に戦力を落とさないで」
叔父様が悲しそうに答えた。
と言う事で魔王クルシュ達は騎馬部隊で一斉にオルス帝国との戦場へ向かって行った。
騎馬は実は勾配がある場所は苦手で、さらに当たり前だが道が悪い場所では速度が出ない。
それを補う為に、騎馬の移動に特化した戦場などへ一直線で行ける踏み固めた軍用の砂利道を公爵領内に造成していた。
つまり、本来はまともで無い道を歩く歩兵と一緒なので、騎馬兵は歩兵に合わせる事もあって戦場での移動距離が大きくないが、魔王クルシュの進言で、この一直線の道と騎馬部隊に絞る事によって異常な速さで移動できる軍団を構築していたのだ。
恐らく今夜にはオルス帝国の居る場所に到達するだろう。
これがどれほど恐ろしい事なのかと魔王クルシュに力説されたが、実は私もあまり良く分かってない。
そもそも、魔王なのだから、もっとバーンと山が崩れるなどの力があるのかと思ってた。
どうやら、神の力とか悪魔の力とかはそう言うものでは無いらしい。
「今夜にはオルス帝国と開戦するだろう。問題は向こうから戻ってくるのに三日かかる。その間にこちらがオブライエン侯爵家に攻め込まれたら、こちらもまずい」
そうお父様が少し青くなって呻いた。
「いや、お父様が居るじゃない」
そう私が笑った。
「お父さんはね。戦争指揮能力があまり無いのよ。領主としての経営ばかりやってたから」
そうお父様が苦笑した。
「じ、じゃあ、叔父様達が戻ってこなかったらどうなるの? 」
私がそう動揺して聞いた。
お父様はしばらく黙って悩んでから顔をあげた。
「魔王様愛してる。早く帰って来るのを待ってるからって、駄目押しで言って来るか? 」
そうお父様が顔を上げてそう言ったので、ブチ切れた。
そこまでして早く帰ってきてもらいたいのかっ!
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魔王クルシュの計画は周到だった。
実はすでに国境の付近の王国側の街の名家を裏切ったように見せかけていた。
そして、それらにスタンリー公爵家の軍はオルス帝国に夜討ちで奇襲をかけると内密に連絡させていた。
オルス帝国は何度も煮え湯を飲まされたスタンリー公爵家の撃滅を狙っており、実はオブライエン侯爵家と結んでいるように見せて、一気に油断させてスタンリー公爵家だけでなくオブライエン侯爵家も諸共に王国を落とす気だった。
だから、いつもの倍の兵を連れていた。
そして、彼らは百騎ほどの奇襲する為に集まっていたスタンリー公爵家に襲い掛かった。
スタンリー公爵家は普通の弓を撃つが、すぐに撤退した。
オルス帝国の総勢七千以上の兵が集まって追っていた。
だが、それは罠で叔父様の麾下で一番負ける振りが上手いテイラー部隊長が行っていたのだ。
何しろテイラー部隊長はベテランで魔王クルシュの指揮が始まる前にはいつも負けて逃げていたので、一番負ける真似が上手いと言われてた。
彼はうまくオルス帝国の騎兵達が仲間の歩兵を無視して追ってくるように負けて見せた。
つまり、貴族が多い騎兵だけを追いかけさせて、遅れて走ってくる歩兵と切り離したのだ。
貴族は勇猛でプライドが高く調子に乗りやすいので、喜んでテイラーの騎馬部隊を追いかけた。
それが彼らの仲間の歩兵と切り離す作戦である事に気が付かず。
そして、狭隘地に引きずり込んで、隠れていた二千近い騎馬部隊が四方から突然現れて、取り囲んで攻めた。
「しまった! 罠だっ! 」
オルス帝国の貴族の一人が叫んで近接でのボウガンを食らって絶命した。
魔王クルシュの自慢の新兵器のボウガンが、通常の弓と違い強力な器具で巻き上げた弦で発射した矢でオルス帝国自慢の甲冑を紙のように貫いた。
歩兵たちが慌てて騎兵部隊に追いついたときに見たのは狭隘地で血まみれになり誰もが死に絶えた姿だった。
そして、そこにスタンリー公爵家の騎馬部隊は居なかった。
勿論、わざとそうしたのだ。
何者がそうしたのか分からない恐怖を起こさせるために。
そして、オルス帝国の歩兵が我先に逃げたした時に、少し遅れて一斉にスタンリー公爵家の騎馬部隊が後ろから襲って撃滅した。
いくら優秀な兵でも一度逃げだすと止まらないのだ。
その心理を利用して魔王クルシュはオルス帝国の軍団を壊滅させた。
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