第四部 第三章
華王であるカルディアス帝はその日、本陣の天幕で黄金のティーカップに琥珀色の高級な紅茶を注いで飲んでいた。
天幕は豪奢な金糸をふんだんにつかっており、遠くからでも目立っちゃうので、絶対に攻撃されない安全な場所に作るのがクシャナ帝国の決まりだった。
オルス帝国は流石に武王だった魔王クルシュの痛撃で相当なダメージを受けており、抵抗は散発的で侵略は順調だった。
すでに集まった将軍達は紅茶を嗜むカルディアス帝を静かに待っているだけだった。
全ては順調だった。
カルディアス帝の側近でのちに宰相になるクリトラオスは、のちの回顧録でその日の事を全てが順調でうららかな日差しの中に悪魔がやってきたと書いている。
「陛下」
「なんだ。せっかく最高級の紅茶の香りと味を楽しんでいる所に何事だ? 」
「いや、あのお友達がいらっしゃってます」
「お友達? 」
カルディアス帝がそう眉をあげた。
「はい、古いお友達の武王で今の名前は魔王クルシュです」
そう魔王クルシュが手を挙げて天幕に入ってきた。
カルディアス帝は紅茶を吹いた。
「な、なんだ? さっき不可侵条約を結んだだろうが? 」
華王がせき込みながらそう文句を言った。
「いやいや、皆で話し合いをして結果が出ました。スンタリー公爵も私もカルディアス帝に降伏し、本領安堵を条件にあなたの配下として戦います」
そう魔王クルシュが華麗にひざまずくと一気にそう言った。
配下の将軍達が一斉に驚いた。
「こ、これは? 」
「吉報ではありませんか? 」
「正直、王国の軍など、スタンリー公爵の配下の軍が怖いだけではありませんか。オルス帝国を追い詰めたのも彼らですし」
天幕の中の将軍達が一斉にどよめいた。
だが、カルディアス帝は浮かない顔をしていた。
やはりな。
にやりと魔王クルシュが心の中で笑った。
「まあ待て、不可侵条約をしてお前と縛王とで戦っていろと言っただろう」
「いやいや、あれから王国の不満を皆が口にして、このさい、あの偉大なカルディアス帝の傘下に入った方が幸せでは無いかと言う話になりまして」
そう魔王クルシュがそう深く頭を下げた。
「この男は魔王クルシュですよね」
「それならば、これは大きい。流石はカルディアス帝だ。誰もが恐れている魔王クルシュがカルディアス帝の威光にひざまずいたと大騒ぎになりますよ」
「その通りだ。これでカルディアス帝の覇業はさらに目の前のものとなりましょうぞ」
そう将軍達が興奮気味に叫ぶ。
「いや、だからだな。お前の恨み重なる縛王と一対一で戦うチャンスをやったのに」
そうカルディアス帝の声が小さくなった。
ぶっちゃけ、あの時代に生きてる人間しか縛王の恐ろしさは知らない。
そして、あまりに恐怖だったので、その縛王の国だった王国ですら伝承が無い。
縛王が自分の力を隠すために消したのだろうが、その恐怖の存在はすでに忘れ去られていた。
実際問題として、王国が縛王に乗っ取られたのも皆は良く理解していないだろう。
前回の城郭前でのカルディアス帝の縛王の話も皆はポカーンとしてたし。
そう、カルディアス帝は縛王の怖さを知ってるので関わり合いになりたくなかったのも本音だったのだ。
だが、華王はプライドが高く、縛王が怖いとは言えない。
こんな美味しい話を出されたら、配下の将軍達は受けなさいとカルディアス帝に勧めるのを魔王クルシュは想定していた。
そして、配下の将軍達は大歓迎するであろうことも。
さらに、部下の手前、華王であるカルディアス帝はこの申し出を断れないだろうなと見ていたのだ。
魔王クルシュは心でほくそ笑んでいた。




