第二部 第六章
そうして、オブライエン侯爵の長子のフランクと、アルフォソ王子の連合軍がスタンリー公爵の城郭に向かって来ていた。
だが、その進軍はスタンリー公爵の各部隊長の意表を突く作戦だった。
話し合いでの和解と平和を訴えて、白旗を挙げて戦闘隊形のまま進軍して来たのである。
それにスタンリー公爵家の各部隊長が動揺した。
敵国ならいざしらず、内乱で戦ったとは言え同じ国王を支える貴族同士での戦争をしない和平の為の話し合いのはずなのに、軍隊を率いて戦闘隊形でやってくるとか意味不明な行動だったからだ。
普通は武装をしていない交渉の使節が来るはず。
だが、彼らは軍隊を戦争できるようにして完全に戦闘隊形で向かって来ている。
完全にその行動は想定外だった。
しかも、スタンリー公爵家の立場としたら、国王に反旗を翻したわけでなく、まだ家臣のままなので、話し合いによる和平を訴えながら向かってくる彼らを攻撃するのは出来なかった。
城郭でオブライエン侯爵の長子フランクの軍が森を抜いてさらに速度を上げて向かって来る方向をじっと見ている魔王クルシュが居た。
それにスタンリー公爵と叔父の将軍とジョージ部隊長が城郭に現れて、魔王クルシュに声をかけた。
「参ったな。どういう事なんだろう? 」
「簡単だ。これなら戦争せずに城郭まで肉薄できる。誰か知恵をつけた奴がいるんだろう」
そう魔王クルシュが動揺しているスタンリー公爵に笑った。
「なるほど。……じゃあ、これも想定の内なんだね」
そう叔父の将軍が呟いた。
それを魔王クルシュが無言で頷いた。
「少し良いですか? 私は代々スタンリー公爵家に仕えていますし、一番部隊長の中でおっさんです。で、おっさんにはおっさんの矜持があるわけですよ」
そうジョージ部隊長が聞いた。
「まあ、前置きは良いや。何? 」
魔王クルシュが苦笑して聞いた。
「貴方は復讐のために、このスタンリー公爵家を利用する訳ですか? 」
ジョージ部隊長が目を細めた。
「いや? 復讐はともかく、俺はルイーザを守りたいだけだ」
「なるほど」
そう魔王クルシュが答えたので、ジョージ部隊長が少しほっとした顔になった。
「いやいや、安心するのは早いさ。これは縛王にとって想定外だったはず。ここに産まれるはずの無いものが産まれてしまった。だから、奴はここを潰すだろう。皆殺しにする為に」
そう魔王クルシュがいたずらっぽそうに笑った。
「ど、どういう事? 」
スタンリー公爵が非常に動揺して聞いた。
「いずれにしろ。黙って殺されるか。戦って生き残るしかない。これは必定だ」
魔王クルシュが今までにないくらい、はっきりと断言した。
「つまり、私が産まれたせいで皆が殺されると言う事? 」
それを背後からいつの間にか聞いていたルイーザが震えながら魔王クルシュに聞いた。
「いや、それは無いね。俺が阻止する」
「いやいや、そう断言するけど、前回は負けたんだよね」
そう魔王クルシュが強い言葉で話したのをスタンリー公爵が震えながら聞いた。
「四王を俺一人だぞ。今度はそうならないようにするさ」
「ど、どんな戦い方したの? 」
ドン引きして叔父の将軍が聞いた。
「まあ、やったちゃったからな。今度はやらない」
「説得力が無いよね」
「まあ、ルイーザは守るよ」
そう魔王クルシュがルイーザに笑った。
「いや、上手い事誤魔化されたような気はしますけど。戦わないと駄目だって事ですね。貴方とは十年以上の付き合いになりますが、嘘だけは言わなかったですもんね。何があるのか言わない事はたくさんありましたが」
そうジョージ部隊長が困った顔をした。
「どうします? 来ましたよ! 」
そうクリス部隊長がスタンリー公爵に報告した。
皆がそれで微妙な顔で苦笑した。
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スタンリー公爵側の困惑をよそに、城郭の前まで白旗を振りながら、オブライエン侯爵の息子のフランクとアルフォソ王子の軍が堂々と戦闘隊形で現れた。
「我々は話し合いでの和平をしたい! 」
そうオブライエン侯爵の息子のフランクを守る先手の騎士が城郭の少し前まで来て絶叫し続けている。
それを城郭で魔王クルシュとスタンリー公爵とルイーザの叔父の将軍と各部隊長とアルバート守備隊長が見守った。
そして、ルイーザが産まれた事がといろいろと言われたせいで、今回は責任を感じてルイーザもそこにいた。
「慣例に従ってオブライエン侯爵の遺体などは、そちらに送ったはず! その時にこちらの立場は説明したはずだ! 」
そう守備隊長のアルバートが叫んだ。
だが、彼らは黙ったままだ。
黙ったままで進軍してくる。
まだ、スタンリー公爵の城壁には白く光る何らかの障壁が薄く現れていた。
それはバルカスの顕現のバリアだった。
「バリアを強く張ってくれないか? 」
スタンリー公爵がそうルイーザに聞いた。
今のバリアの張り方は戦争用で無かったからだ。
「やる気だな」
「やる気だ」
そうジョージ部隊長とクリス部隊長がオブライエン侯爵の長子フランクの軍の動きを見て呟いた。
彼らの殺気が隠せそうにないくらい見えていたからだ。
一斉に城郭内に殺気と伝令が走る。
もっとも、その反面、こないだの恐怖を思い出したのかアルフォソ王子は護衛に囲まれて震えていた。
そして、無言で白旗を振りながら前進する彼らの軍と城壁の距離を小声で魔王クルシュが数えていた。
「もう少し……そこだ」
魔王クルシュが呟くとともに城郭に凄まじい異変が始まった。