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萌風
ベンチは中央芝生広場の端にあった。公園入り口からポプラの並木を抜けた先。桜の木が広場を囲む様に植えられている。花見シーズンには行楽客で賑わっていたのだろう。
五月の風が桜の葉を揺らすと、幼女の髪を優しく撫でて、髪の毛の先からまたどこかへと吹き去ってゆく。見えない空気が刹那、幼女の形の一部となる。
桜の花の頃の空気の冷たさはどこにもなかった。ぼくの耳元で無数の車が横を通り抜ける様に風がかすめ、上手く音の出ない横笛の様に、弱いノイズを鳴らしては、また鳴り止んでを繰り返した。
幼女は心地よさそうに僕の膝の上で眠っていた。僕は金縛りに合った様に、この子を抱えつづけなければならない。目を覚さぬように。
「…サー」
何かの声。僕は膝の上に石を乗せ、両腕を後ろで縛られている。鞭をもった老婆がやってきて、僕の顔を打つ。僕が何をしたって言うんだ!老婆は鞭打ちを繰り返す。
「…ーサー!」
「うわあ、何するんだ」
「アーサー、起きなさい!」
幼女が僕の頬を叩く。
「ずっと膝の上にいるの、大変だったのよ」




