96. アンドレが消えた日
十一月八日火曜日。
フィリップを日本に置いてきて二日目、すぐに目を覚ましたフィリップは今までの中で一番の肝の据わった感じだったらしい。
言語能力は回収時にコピーしておいたのだが…。
アズラィールによると、目が覚めて開口一番「お腹すきました。」と言い。
そして、その場所がどこだかわからずとも、二へ二へ笑いながら、ウロウロしてまわったらしい。
まぁ、二人ほどすれ違えば、どういうことか察したらしく、アズラィールが自己紹介すると、両手を取って小躍りしながら、「ルカの息子~」と大はしゃぎだったらしい。
しかし、細かいところを説明しようにも落ち着きがないとのことで、僕に来て記憶の譲渡でわからせてやってくれという事らしい。
僕たち三人は日本へ転移した。
フィリップはダイニングで夕食の最中だった。
「お?も、も、もしや…、アンドレ殿下と天使様???おおお、しかもアンドレ殿下が二人?え?」
すごくおちゃらけてて、二百五十年も生きてる大妖怪だとは信じがたい。
「こちらがユートレア王のアンドレとこちらはアンジェラ、で僕はリリィ。」
僕が紹介すると、いきなりフィリップが跪いて礼を取った。
「お初にお目にかかります。殿下にお目にかかれて光栄です。」
おちゃらけてたと思ったら急に真面目でビックリ。新キャラ登場って感じだわ。
食事を終えたあとで、記憶の譲渡で説明した。
「一つ聞いておきたいんだが、お前は何故、城であのドクター・ユーリと一緒にいたのだ?」
アンドレが問うとフィリップが説明を始めた。
「最初は、占い屋と称して未来に行って知ったことを教えて仕事にしていたんです。それを聞きつけたドクター・ユーリがあなたは天使の末裔かもしれません。確認したいのでこれを手に持って下さい。と言われて白い半透明な球を手に持たされました。そうしたら、球が光り始めて…。これから先の詳しい事は城じゃないと話せないと言われ、フェルナンド殿下の家臣から城で仕事をしてもらいたいと命令書が届き、ついて行った次第です。ところが、行った矢先、夕食をユーリ殿と一緒にしている時に、あの球を持たされ、あれよあれよという間に視界が暗く暗転し意識を失いました。」
僕たちが見たことが彼の知りえる全ての様だ。
「わかった。ありがとう。」
アンドレがそう言うと、とてもうれしそうなフィリップ。
アンドレって、なんだか国の民に愛された国王だったんだね。
「ところでさ、フィリップがしてた腕輪は家族に返されたらしいんだけど。」
「え?え?あああーーー。ない。ない。マズイ。」
「あの、それでね…」
「あ、あれがないと…ミイラになるかも…。どうしよう…。どうしよう…。うわ~。」
「ならねえっての!」
僕は若干キレて、フィリップを制止した。
多分、そこにいた人は僕がどうかしちゃったんじゃないかと思ったと推測できる。
「お前、ウザいよ。少し黙れ。」
僕はそう言った後、取り出した封印のチョーカーを黙ったままフィリップにつけた。
僕の代わりにアンドレが優しく言った。
「心配することはない。おまえはこれからもお前のままだ。」
大妖怪はおとなしくなったが…周りにいた彼らはざわめいたままだ。
「どうしたの、リリィお姉ちゃん。」
左徠が涙目で僕に話しかける。
「え?なにが?」
僕は何を言われているのかさえ分からなかった。
アンジェラが僕の耳元で優しく僕に話しかける。
「リリィ、今日はもう家に帰って休もう。いいね。」
アンジェラに言われたらそうなのかなって思って、こっくり頷いた。
その日の夜、イタリアの家の寝室で眠っている僕の髪をやさしく撫で、僕の頬に口づけする人がいた。
「リリィ、愛を教えてくれてありがとう。」
その人は、アンジェラの頬にも口づけし、同じように思いを伝えた。
「アンジェラ、生まれてきたことを幸せに思えたのはあなたのおかげだ。」
そして、彼は静かに青い光の粒子になって消えた。
次の日、朝ご飯ができたよとアンドレに伝えに行って、彼のベッドが整えられたまま空になっていることに気が付いた。
どこを探してもアンドレは見つからなかった。
意識を集中して彼の存在を探したけど、どこにも見つからなかった。
僕のせいだ…。僕のせいだ。僕のせいだ。
僕が、ちゃんとアンドレのこと、見ていなかったから…見ようとしなかったから…
だから、彼は去ったんだ。
持ち物も、なにもかも残されたまま、アンドレは跡形もなく消滅してしまった。
悲しい気持ちと後悔が、どんどんと僕の心を侵食し、歪んだものとしてしまう。
僕にはアンドレが必要だったみたいだ。
心に空いた穴がどうしても塞がらなかった。
助けて、アンジェラ…。僕、ダメみたいだ。
悲しくて、生きているのが辛いよ…。
僕は一人、最後の帰還者ルカを回収しにその場から飛び、そのまま日本の家のホールにルカを放置して封印の間へと隠れた。
もう、おしまい。
もう、全て終わった。
もう、僕はいなくても大丈夫。
もう、僕に構わないで。
アンドレがいない今、僕の行先を突き止める者もない。
彼は僕に執着してた。彼は僕の事を本当に愛してくれていた。
そして、僕も彼を心から愛していたんだ。
でも、認めたくなかった。そんなこと、アンジェラには言えない。
僕の脳裏に悪魔がささやいた気がした。
アンドレ殿下を生き返らせる方法は一つ…。
僕はライラのところへ転移した。




