95. フェルナンド
僕たちはフィリップをアズラィール達に頼み、すぐに二百五十年前のユートレアの城に戻って来た。
作戦はこうだ。
下働きの何人かを赤い目で懐柔し、フェルナンドの弱点を探った。
その結果、意外なことにフェルナンドはその時代よりはるか前のアンドレ・ユートレアに憧れ、心酔しているという。もう、宗教と言ってもいいほど心を奪われているらしい。
「なんでそういう風になったんだろうね?」
「さぁ…。普通国を捨てて王位を放棄した王は嫌われると思うのですが…。」
「アンドレの王の間に一回行ってみるか?」
僕たちはフェルナンドに会う前に王の間へ行った。
五百年前からほとんど変わらない、この部屋…。
そういえば、アンドレの希望でアンジェラと僕の結婚式の時の少し小さいサイズの絵を王の間にこの前飾ってもらったのだ。
アンドレ王の肖像画の右側に飾られたそれは、変わることなく生き生きとその時を伝えている。
「アンドレ、自分のじゃない絵でいいわけ?」
「他の者に区別などつきませんからね。私が天使と結婚したと思うでしょう。これだけ見れば…。」
「うわ、計算高い。」
そんな話をして、いよいよ突撃するのだが、アンジェラから提案があった。
「あの絵の様に、二人で行ったらいい。聞くことは主に二つだ。儀式を行う理由。ドクター・ユーリがどのように関与しているか。」
それを聞いた後、どうしたらいい?
「ドクター・ユーリは犯罪者でフェルナンドは騙されている。儀式は必要ない。と言えばいい。」
アンジェラはとても冷静に言った。
少し嬉しそうにアンドレが頬を赤く染め僕の手をとった。なぜか恋人繋ぎに持ち替えて頷く…。手、こういうふうに繋ぎたかったんだ…。
僕たちは翼を出した状態でフェルナンドがいる部屋へ転移した。
周りに控える謁見を目的としている者達が五名、そのほかに護衛が十名ほどいた。
僕たちが少し離れた位置にキラキラを出して実体化すると、皆一瞬固まったが、護衛達が一斉に剣を構えた。
「何者だ。」
護衛の一人がそう言って、剣を構えたままじりじりと近づいてくる。
まぁ、想定内だけどね。
「私が誰かわかるか?フェルナンドよ。」
固まっていたフェルナンドが、アンドレと僕の顔を三回くらい往復して見た後、明らかに顔をほころばせて立ち上がり、護衛に剣を収めるよう命令した。そして三歩前へ出ると跪いて礼を取り僕らに向かって言った。
「あ、アンドレ殿下と天使様…。お目にかかれて光栄、いえ…幸せです。」
本当に心酔しているみたい。
「顔をあげなさい。フェルナンド。」
フェルナンドは立ち上がり更に三歩ほど近づいてきた。
「あぁ、本当にアンドレ殿下に会えるなんて…。」
アンドレは打ち合わせ通りの質問をした。
「フェルナンドよ、私はこの時から二百三十年も前にルシフェル復活の儀式を一切行わないように皆に伝えたはずなのだが、なぜお前はそれをまたやっているのだ?」
「アンドレ殿下、そ、それは…あの儀式を行い生贄を集めれば、アンドレ殿下を生き返らせ、お会いすることが出来ると聞いたからでございます。」
思わず僕が突っ込みを入れてしまう。
「生き返らせるって、死んでもないのに?」
「えっ?て、天使様がしゃべった…。」
フェルナンドが驚いた顔をしてそう言った時、アンドレがなぜか繋いでいた手を放し、今度は僕の腰に手を回しながら言う。
「私は死んでなどいないよ。彼女、私の運命の人と一緒にこの時から未来、更に二百五十年あとの時間で生きているのだ。」
「おぉ、神よ…。私の願いを聞き届けて下さって、ありがとうございます。」
「フェルナンドよ、その儀式を行うことをお前に勧めたのは誰だ?」
「ドクター・ユーリという学者でございます。大天使ルシフェルの復活に関する本を持参し、これを行えば私の望みであるアンドレ殿下の生き返りを成しえると言われ…。」
「フェルナンド、いいか、その男は自分の目的のためにお前を利用している。そのせいで天使の御子である者達が次々と拉致され、その命を落としているのだ。すぐに儀式を中止し、ドクター・ユーリと名乗る者を犯罪者として処罰しろ。」
「かしこまりました。すぐに実行いたします。」
「たのんだぞ。」
アンドレはそう言うと、今度は僕の頬に手をやり引き寄せキスをした。
これって反則じゃないの?
僕たちはキラキラを出しながらその場を離れ、アンドレの王の間で待っているアンジェラの前に転移した。チューの状態で…。
「アンドレ、お前…」
「あ、アンジェラ…これは、その…。」
「そんなに我慢できなかったのか。」
「う、くぅ。」
アンドレが下を向いて言葉を詰まらせる。なんだか僕が悪者みたいじゃん。
「僕がアンジェラと二人きりになりたいって言ったから?」
アンドレが頷いた。
「アンジェラは平気なの?そ、その二人で僕を共有する…こと。」
「リリィ、二人で共有とかいう感じではないんだよ、私たちは元が一人だというのが自分たちでよくわかっている。だから合体している時は、それは私自身であってアンドレ自身なんだ。」
「僕の気持ちは?」
「大切だよ、とても。そして私を愛してもらえてうれしい。」
「よくわかんない。帰ろ。」
僕たちはいつもこの話題で堂々巡りになる。かといって、僕はアンドレの事が嫌いなわけではない…。でも愛とは少し違うと認識しているのだ。
とても複雑な三角関係の様だ。僕はまだそれを割り切れていない。