93. ドクター・ユーリ発見
十一月六日日曜日。
日本時間の朝十時。
マルクスに話を聞くために朝霧邸の池の横で畑仕事をしているマルクスを訪ねる。
マルクスと徠神はその畑で薬草をたくさん育てている。
畑と言ってもイングリッシュガーデンの様なかわいらしいお庭と言った感じだ。
寒くなると種類は少なくなるが、サンルームになっているサロンでも少し栽培しているらしい。いっぱい育てて、アズラィールや徠神たちの時代に時々持って行ってお薬や調味料として販売しているのだ。
マルクスだけに話をしたいので、マルクスを連れてイタリアのアトリエに行き、アンジェラとアンドレも一緒に話し合う。
アンドレが紅茶を入れてくれた。
「アンドレの入れた紅茶、おいしい~。」
「今まで全部人にやってもらっていたので、自分でやるのが結構新鮮で、楽しいです。」
「そういえば、王様はそんなことしないか…。不自由な暮らしですみません。」
「リリィ、全く逆ですよ。今、本当の自由な人生楽しんでますから。」
マルクスがニコニコしながら僕らを観察している。
「マルクス、笑ってる場合じゃないよ~。ねぇ、アズラィールがマルクスの双子の兄弟だって、知ってたでしょ?」
「あ、そういえば、そんな話もあったかな?」
「アズラィールには言ってないんだよね?」
「言ってないな。忘れとった。ははは。」
「言わない方がいいかな?」
「どっちでもいいんじゃないの?俺は気にしないよ。」
「マルクス、ずいぶん軽いね、ノリが…。いつの間にか耳にピアスが五個もついてるし…。」
「な?いいだろ?徠神とお揃いなんだよ。」
「徠神って、現代にめっちゃなじんでるもんね。」
マルクスの父親ルカとその双子の兄フィリップの話を記憶の譲渡を行いながらマルクスに伝えていく。
「なるほどね~。結局みんな直系の子孫なんだな。一番最初はアンドレとニコラスか…。下手したら、俺も王子様になっちゃってた?ははは。」
本来だったらニコラスにも言った方がいいんじゃないかとマルクスは言ったが、自然な形で思い出せるようにしたいということはわかってくれた。
「アズラィールには、俺から言っとくわ。今更何聞いても驚かないって。な?」
「すみません、お願いします。後、フィリップとルカを今週と来週で回収します。
また、お世話をお願いすることになります。よろしくお願いします。」
「オッケー。任せとけって。」
アンジェラとアンドレがマルクスを日本に送り戻ってきた後、僕たちはアンジェラが作った魚介パスタペスカトーレを食べてから過去にフィリップを探しに行った。
今から二百三十年前頃のユートレア城で姿を消したとされているのだ。
城に転移後、二百三十年前、その当時はもう代替わりしてオスカー王もアンドレの代でもなくなっていた。こっそりのぞいてみると、髪が赤毛でチリチリのガタイのいい男…が王のようだ。
「ねぇ、なんだかさ既視感ない、あのプロレスラーみたいなシルエット。」
「あれは、もしかしてメリーナの子孫では?」
アンドレ、ナイスアシスト~。
「あ、マジ?本当だ。超似てる。」
どうもメリーナはお兄様、お兄様言ってた割に、二人も嫁ぎ先で王子を産んでいたらしい。アンドレが王位を放棄していなくなったから、血縁者で隣国の王位を継げない第二王子がユートレアを継いだらしい。
その三代後がこの○○○○・ザ・ジャイアント似のプロレスラーみたいなフェルナンド。
「ねぇねぇ、結局儀式をやるなってあれだけ脅してもこのおバカさんが二百五十年も経ってから、またやり始めたってことだよね?」
「そうなりますね…。」
アンドレが残念そうに言った。アンジェラが首をかしげて言った。
「不思議なのは、どうして儀式のことわかったかってことだな?」
「アンジェラ、あの家にあった本ってニコラスの下の司祭たちが書いてたやつをアンドレに渡したものよね?」
「はい、表紙は同じでしたね。」
「アンドレは、それどこに置いたの?」
「確か、処分を部下に頼みました。」
「アンジェラ、あれってどこで入手したの?」
「あぁ、どこだったか…あれは確か…、城の王の間じゃない部屋の書棚にあったんだよ。さすが、天使の城というだけのことはあるな。と思ったほどだ。」
「…。じゃあ、ここに犯人がいて、その本があるはずだよね?」
アンジェラにどの辺にあったか思い出してもらいつつ、一部屋ずつ、探す。
アンジェラが、確かこっちの方の客間だったかな…という辺りを一部屋ずつ物色する。
その客間が十部屋も並ぶ辺りで、在室中の部屋があった。
誰が滞在しているかわかんないから、外で様子を見よう。
しばらくするとその部屋へ、城の給仕が夕食を持ってきた。
「ドクター・ユーリ、夕食をお持ちしました。」
え?なに?ここで?ユーリ博士に遭遇???
ドアが開き、給仕を招き入れる。その横から、見たことのある男が顔を出して言った。
「私の分もここで食べられるかなあ.」
「かしこまりました。」
横から出てきたのは完全にフィリップだ。推定二百五十歳だというのに、未徠より全然若い。アンジェラが呟く。
「まるで、妖怪だな。」
「アンジェラ、人の事は言えませんよ。」
アンドレがすかさず突っ込みを入れる。
「え?????どういう意味?」
「アンジェラがとっても素敵でセクシーって言う意味だよ。」
「リリィ、愛してるよ…。」
「うん。」
「今、いちゃいちゃするところじゃないですよね?怒りますよ。」
最近イチャイチャに入り損ねてとっても機嫌の悪いアンドレ…。
ドクター・ユーリ、顔はよく見えなかったけど、うちの家系じゃなさそうだ。髪の色が黒かった。
同じ人物が五百年前も、現代も暗躍しているなら、何か特殊な能力を持った第三者だろ
う。あるいは、何代にも渡って同じことをやっているのか。どちらにせよ、何とかして、正体を探りたい。
その男が使っている部屋の窓の外でテラスになっている場所を上空から探して降りた。
二人で運び込まれた食事をとっている様だ。
ドクター・ユーリがフィリップに生い立ちや家族構成を聞かれている。
ユーリが懐から白い五センチほどの半透明な球を取り出した。
「アンジェラ、あれって…あのルシフェルのやつじゃない?」
「そうだな、同じものに見えるな。」
「なんであの男がそれを持っているんでしょう?」
「やっぱりあいつが黒幕じゃないのか?」
その時、ユーリが球をフィリップに手渡すと球が明滅を始めた。
どうやらあの球はルシフェルに関係している者に反応するようだ。
そうやって十二人に分離した天使を探しているのかもしれない。
白い球を手に取ったフィリップは僕やアンジェラがそうなったように、悲しみの表情を浮かべたまま涙が止まらなくなった。
涙を吸い込み激しく明滅する半透明な白い球。そこでユーリがパッと球を奪い懐へしまった。そうか、そのままだとアフロディーテの洞窟に飛んでしまうはずだ。
フィリップがうなだれているうちに、ユーリは部屋の中央に敷かれてる敷物をひっくり返した。それには魔法陣が描かれていた。
「っ、やっぱり黒だな。」
フィリップは魔法陣の方に引きずられていく。しかし魔法陣に入る手前でフィリップは転移した。
「あ、逃げたんですね。」
「アンドレ、覚えてる?フィリップはいなくなった後にボロボロになって戻ってきてルカに逃げるように言ったって聞いたよね?」
「今、それをやっているという訳ですね。」
僕たちの意見は一致した。フィリップの能力は、転移先で経過した時間過ごしたと同じ時間が過ぎた後、同じ場所に戻ってくるというものだ。どこまでコントロールできるかはわからない。
結局三日後、山の中でも歩いたのかと思うほどボロボロのフィリップがユーリの滞在する部屋に戻り、鈍器で殴られ意識を狩られ魔法陣の中で杭を打たれ姿を消した。
気になるのは、一か月後戻ってくる際の環境だ。
魔法陣の描かれた敷物はユーリが持っているもので、彼がフィリップを消し去った次の日には、ユーリは荷物をまとめて城を出た。
なんだか違和感が残る。
あのユーリという男、どうやって城に入り込み、やすやすとフィリップを捕まえたのか?
フェルナンドに聞いてみるしかないだろう。