91. 父と子のすれちがい
十一月四日金曜日。日本時間の午後七時。
帰還者回収の話と調べてわかった事の報告をするために、日本にやってきた。
まずは自室にアンジェラとアンドレと僕の三人で転移する。
自室は常に中から鍵をかけている。
この部屋から外に出た後も外から鍵をかけている。
面倒なので転移で出ることが多いけれどね。
まだ父様は動物病院の仕事から戻っていない。
時間つぶしにホールのピアノを久々に弾いてみる。
今日は、ラ・カンパネラだ。
たくさんの光の粒子が集まってホールの中に渦を巻く、今日は金色のキラキラばっかりだ。
最近わかったことがある。僕は瞳が金色に光る。これは僕の能力の色と同じ、だから転移したり癒したり、僕本来の能力を使うときは金色に輝く光の粒子が出て能力を発揮できる。
ピアノを弾いて出てくるキラキラは使った分の粒子を補給しようとしているのだと思う。最近、三か月の間転移しまくっていたから、もしかしたらエネルギーが枯渇しそうになっていたのかもしれない。
弾いている最中から、エネルギーがあふれる様な満ち足りた感じがする。
アンジェラは終始ニコニコして見守ってくれていて、アンドレは今にもこっちに走ってきて抱きつきそうな目をしている。
音につられて出てきた中学生組の徠輝と左徠が部屋から出てきた。
弾き終わったら、あふれ出たエネルギーのせいか、僕の体全体が少し光っているようにも見える。
「リリィおねえちゃん、すごい。」
普段おとなしい左徠が珍しく大きな声を出して近づいてきた。
「ありがと。あ、左徠学校に行き始めたの?」
「うん。今、私立中学の二年に編入したばかり。徠輝と一緒に。」
「そう、がんばってね。勉強でわかんないことあったら僕に聞いて。」
「ありがと。」
そこへ父様が仕事を終えやってきた。
「ライル、あ、いやリリィ、話ってなんだい?」
「父様。お疲れ様です。ここ三か月でかなりわかったことがあるので、ご報告しようかと。」
「じゃあ、食事をしながらでいいかな?」
「あ、あの…ちょっと父様だけに最初お話ししたいので、食事の後に書庫でお話しできますか?」
「あぁ、いいよ。」
日本の家での夕食は大人数になった。すごいにぎやかでパーティーみたい。途中、ライラも出てきて、徠輝の横にぴったりくっついて食べ始めた。そうだ、ライラの学校の事、話してみようかな。
「父様、以前ライラが中学に行きたいって言ってたこと、どうなりました?」
「まだ、ライラには無理だろう。」
「言語能力と年齢に合わせた知識を入れてあげたら大丈夫だと思うのですが…。」
「学校で暴力とかを他の子に振るったら困るだろう?」
「ライラが暴力的になるのは僕に対してだけですから、それは心配ないと思いますけどね。本人が行きたいと言っているので、叶えてやりたい気はします。」
「ライラはどうなんだい?」
父様はライラに優しく聞いた。
「徠輝といっしょに学校に行きたい。」
父様はあまり乗り気ではないようだったが、結局は折れて許可した。
「わかった。じゃあライ、いやリリィに言葉やお行儀よくするための情報を入れてもらおう。」
僕は食事が終わった後、ライラの頭に手をあて、必要な情報を流し込んだ。
みるみるライラの顔つきが少し大人っぽくなる。
「なんか、顔つきまで変わったね。きれいになった。」
僕がそういうと、ライラがちょっと顔を赤らめた。
「そんなこと言っても何も出ないよ。おねえちゃん。」
「口調はいっしょなんだ…。」
徠輝が突っ込みを入れる。
「徠輝、ひどい。おしおきだ。」
そう言ってライラが徠輝に抱きついた。
「暴力反対。」
「暴力じゃないよ。」
そう言って、ライラが徠輝のほっぺにチューをした。
徠輝の顔がヤカンの様に真っ赤になる。
父様があわててライラを徠輝から引きはがす。
「やめなさい、ライラ。」
僕は父様がライラのことを可愛がってるのを見てすごく複雑な気分になった。僕は父様とどんな会話をして過ごしていたっけ?
何も思い出せないや。そもそも会話があったのかも思い出せない。
なんだかとても寂しい気分になった。もう、僕の居場所はここにはないんだな…。
アンジェラがそっと僕の手を握った。
「アンジェラ…。」
「今日は調子悪そうだから、報告はメールにしよう。帰ろう、リリィ。」
アンドレがすかさず食器を下げ、準備をする。
「父様、ごめん。また今度。」
僕たちは三人でイタリアに戻った。
アンジェラが僕の代わりに、ニコラスの子供達、そしてマルクスとアズラィールが実は双子の兄弟だということなど、詳細にわたりメールで父様に報告してくれた。
ニコラスに子供がいること、その子たちをこれから回収に行くことや、恋をした相手のことなどを教えるかどうか、その辺を相談しに行ったこともメールには書かれていた。
そして、それとは別にアンジェラは徠夢にメールを送っていた。
「リリィはお前の子供だぞ、優しい言葉の一つもかけられないのか?
なぜライラには執着するのに、リリィに対しては言葉に刺があるんだ?何が気に入らないのか言ってみろ。十歳にもなっていない男の子が親に敬語使っている時点でおかしいと思ってた。利発で自立しているからって、放置していたんじゃないのか?」
徠夢はそのメールを読んで苛立ちを覚えていた。
わかっている。言われていることは全部本当だ。実際子育ても、何もした覚えはない。かえでさんにまかせっきりだった。ライルは小さい時から何も文句など言わず、常に冷静でおとなしく、優秀で、わがままなんて言ったことない。
初めて言ったわがままも自分を助ける為だと後から知った。
この前助けを求めてきたときは、仕事中だと突っぱねた。
自分は何をしているんだろう。
外見は大人になってしまったが、本来ならまだ十歳だ。それは十分わかっている。子供を相手に何をやっているんだ、僕は…。
でも考えれば考えるほど、苛立ちは膨らんでいく。
いつから自分にはこんなに余裕がなくなったんだ?どうしてライルにやさしくできないんだ?
徠夢からアンジェラへのメールへの返信はたった一行だった。
「僕には判断しかねる。」
これは、ニコラスの子供についての話だと思うが、アンジェラはすごく怒っていた。しかし、怒った様子を顔に出さずに僕とアンドレに話してくれた。
「徠夢も家のことでいっぱいいっぱいなんだろうな。」
「そうだね、きっと。じゃあ、僕が決めていいかな?」
「何かいい案があるのか?」
「案て言うほどじゃないけど、マルクスはアズラィールが子供じゃないって知ってるはずでしょ?」
「そういえば、そうだったな。」
「じゃあさ、マルクスはそのことをアズラィールに知らせたいかどうかをまず聞きたいなと思ってる。その上で知らせたければ知らせる。そして本当の親が誰なのかも知らせる。」
「ニコラスの方はどうしますか?」
アンドレが僕に聞いた。
「せっかく恋していい人ができたのに、忘れちゃうのは寂しいね。」
僕は、もしアンジェラが僕のことを忘れちゃったら、どう思うかを想像して悲しくなった。
「夢で見せて思い出させてあげようかな?第三者に聞かされるよりもいいんじゃないかと思うんだよね。それに、僕やアンジェラとアンドレがいたら、今からだって会いに行けるんだし。」
「やさしいな、おまえは…。」
「そんなことないよ。なんかさ、全部の責任が自分にあるんだなって気がしてるだけ。」
「何を言ってる。リリィ、お前に責任などないだろう。」
「そうですよ。リリィ、なぜそんなこと思うんですか?」
「んー、アンジェラとアンドレは、僕の事愛してくれてて、僕も二人を愛してる。でもさ、僕がいることが原因で、みんながひどい目にあったんだと思う。」
「リリィ、それは間違っているよ。リリィの元になっている天使は十二の個体に分離したんだ。どの個体が責任を負うとかいう事ではないよ。それに、お前が持っている能力がなければ、全員もう死んでいるはずだ。」
「…。」
僕は気分が落ち込んでそれ以上話す気力もなくなった。でも、伝えておかなくちゃいけない事があるんだった。
「ごめん。あと半年で僕は死ぬかもしれないけど、僕が死んでも二人は絶対死なないで…。約束して。」
「わかった。約束する。でも殺させないよ、お前のことを。」
「うん。ありがと。」
僕はアンジェラとアンドレがいてくれてよかったと思った。
いつまでも二人のそばにいたいな…。




