9. 朝霧家
午後七時、いつも通りの三人の夕食にアダムが加わった。
アダムはちょっといい缶詰のフードをもらってごきげんな様子で食べている。
あっという間に全てたいらげ、物欲しそうに僕らのテーブルを見ている。
これが、早食いとか言ってた能力なのか?
「どうした、アダムたりなかったのかい?」
父様がアダムに話しかける。
「くぅん。お肉のいいにおいで、よだれが出ちゃう。です。」
「ははは、そうかお肉が食べたいのか。たくさんは無理だけど、少し待ってなさい。」
父様はそう言って、かえでさんに牛肉を少し、味をつけずに軽く焼いたものをアダムにも切ってあげるように言った。
え、ええええええぇぇ?父様にもアダムの声が聞こえてるってこと?
どうもそのようだ。間違いない。父様は動物の声を直接聞き、癒すことが出来るミラクルスーパー獣医さんということだ。肉が用意され、アダムは尻尾が取れそうなくらいふりながら肉を食べる。
「あぁ~、おいしいのですぅ。さいこーですぅ。」
「ぷっ。」
アダムの言葉にちょっと吹き出しつつ父様の方を見る。
「アダム、あわてなくても大丈夫だよ。」
うぅ、どっからどう見てもやさしいイケメン。どうあがいても勝つ気がしません。
尊敬します。父様。僕はファザコンでもあるのだ。
そこへかえでさんがやってきて、父様にいくつかの郵便物が来ていることを伝えた。
「旦那様、市の資料館から許諾の延長を申し出る書類が来ております。返送期限がありますのでご確認の上お申し付けください。」
「あぁ、ありがとう。」
父様は食事が終わると書類に目を通し、サインをするとかえでさんに返送を依頼した。市の資料館に何を許諾したんだろう?
「父様、市の資料館に何かあるのですか?」
「あぁ、ライルには言っていなかったね。うち、朝霧家にはちょっとした伝説があってね。と言っても、周りのこの地区に伝わっている伝説でね。朝霧の名前が出てくるものだから名前と古い時代の写真を展示してもよいかということを数年に一度聞いてくるんだよ。」
「へぇ~、伝説ですか?」
「まぁ、おとぎ話みたいなものさ。興味があるのかい?」
「ええ、何だかワクワクしますね。おとぎ話なんて。」
「資料館はそんなに離れたところでもないから、近いうちにかえでさんに連れて行ってもらうといいよ。」
「えぇ、そうします。父様。」
食事の後のリビングでのくつろぎの時間、父様は読書、母様は…アダムいじり。
かえでさんは後片付け、そして僕はそろそろお風呂に入る時間だ。
入浴後、それぞれが自室や書斎に散り、静かな時を過ごす。明日、市の資料館に行きたいとかえでさんにお願いも済ませ、午前9時半に家を出る約束をした。
今日はもう寝よう。とてもとても長い1日だった。
朝、目覚めるといつの間にかアダムが僕のベッドに入っていた。
「アダム、自分のベッドがあるだろ。」
「だってぇさむいんだもん。」
「アダム、そういえばおまえ、トイレとか大丈夫なのか?昨日外でしてなかっただろ?」
「だいじょうぶ~。」
「え?どうやって?」
アダムはちょっと小さい声になって言った。
「トイレに行って人になってするの~。」
あ、あきれた。見られたらどうするのだ?
「あ、だいじょうぶ~。また犬になってぇ出てくるからぁ。」
「ちゃんと流せよ。」
「はい~。」
思わず僕らは大笑い。犬だけど、アダムは弟みたいでかわいい。今の僕の正直な気持ちだ。
顔を洗い、朝食を済ませ、出かける準備をしてかえでさんを待つ。
「ライル様、お待たせいたしました。」
「いえいえ、時間通りです。行きましょう。」
そこで、かえでさんに一つお願いを忘れない。
「途中の公園で友達のアダチ君と合流してもいいですか?」
「あ、いいですね。お友達と一緒の方が楽しそうです。」
「ありがとう。」
僕は頭の中でアダムに指示する。
裏庭に出て物置の中で人型になって、首輪を外し、少し離れたところから僕たちを追いかけるんだ。
尻尾がついてないか確認するんだぞ。念のため、首輪とリードはさっき渡したリュックに入れて持ってくるんだ。
聞こえたかな?
「うぉん。」
部屋の中からアダムの鳴き声が聞こえた。返事のつもりだ。
家を出て5分ほどで、公園だ。
そこで少し待つと、人型になったアダムが走ってくるのが見えた。
「おはようございます。です。」
「アダチ様、おはようございます。」
「よろしくおねがいします。です。」
アダムは恥ずかしそうに頬をピンクにしてモジモジ。
やっぱり人型になっているときの印象が違うな。日本語変だし。
「では、参りましょう。」
「はいっ。」
公園から十分ほどで市の資料館に到着した。開館は九時半。夏休みということもあって、すでに来場している人の姿も少しはある。
受付を済ませると一階と二階のフロアマップをもらい、展示番号順に順路が決まっているようで、それに従い見てまわることにした。
最初は、この地の歴史について触れるコーナー。ジオラマで町全体の模型が作成されている。
城?のような建物が一つ中心にあり、その周りが城下町のようだ。
江戸時代後期頃のこの地域の様子だと書かれている。
ふ~ん。今はお城はないね。見たことないもの。
第二の展示は、この地での産業の紹介。
元々米の栽培や織物が盛んだったようだ。
今でも少し郊外に行けば、田んぼはあるね。
第三の展示、ここでは昔の伝説について触れていた。
お、これか?うちに関係のあるっていう伝説、父様の言うおとぎ話?
それによると、話はこうだ。
江戸時代末期、この地は豊かな米どころとして平和な地であった。
領主は非常に穏やかな人柄で領民全てから愛され、領主も領民を守り、皆が協力的であった。
ところが、悲劇が起きる。
幸せであるが故に、妬まれたのだ。城がある日突然、北隣の領地から攻撃を受けた。
領主一族は首を切られ惨殺、そしてたった一人生き延びたのが、朝霧緑次郎。
朝霧緑次郎は当時たったの三歳。火を放たれ、城は燃え落ち、領民が見つけた時には緑次郎の衣服は焼け焦げ、 半死の状態だったそうだ。
しかし、領民の手当の甲斐あって、緑次郎は奇跡的に命をつなぎ、領民のなかで商家を営む家でひっそりと育てられる。
緑次郎が成人し、その商家の娘と結婚し商家を継ぎ、妻は一人娘を産んだ。
娘の名は鈴と書いて(リン)と読む。
鈴が六歳の時、原因不明の病気にかかり、もうあと何日も持たないと、どんな医者でも治せないと言われた時のこと。その日は満月で、月が青く大きく浮かび上がっていた夜だった。
急に嵐になり、風雨が辺りをめちゃくちゃにしている時、ろうそくの灯りの中、夫婦で娘の看病を続ける当時の朝霧邸の裏庭に、大きな雷が落ちた。
雷は裏庭の大きな桜の木を真っ二つに割き、辺り一帯を黒焦げにしたそうだ。
だが、不思議なことはここから起こる。
雷が落ちたそこに、一人の少年が倒れていたというのだ。
その少年は、その場に倒れて意識を失っていたが、無傷であった。
それを見つけた緑次郎は、その少年を自宅に連れ帰り、看病中のわが子の横に布団をしき、一緒に見守ったんだそうだ。
まる一日、目を覚まさなかったその少年の体が金色に光り、目を覚ました時に、緑次郎とその妻は少年の瞳の色が青かったことを初めて知り非常に驚いたそうだ。
まるで前夜の月の様だったと話していたらしい。
少年には、言葉があまり通じず、困惑している様子ではあったが、隣に寝かされ、今にも消え入りそうな命の鈴を見ると、涙を流し緑次郎に言ったそうだ。
ここにずっと居られるなら、娘を治してみせると。
緑次郎は半信半疑ではあったが、どうせ何もできず死ぬ運命の娘をどうしてもあきらめられずその少年に約束した。
娘を助けることができるなら、緑次郎が一生をかけてこの地で少年を守ると。
少年は、緑次郎達が見守る中で、鈴の腹に手を当てると、そこには一筋の光の輝きが導かれ。
次の瞬間、少年の手は腹にめり込み、腹の中から腐食した肉や内臓の塊を取り出した。
少年は、それは鈴の双子の姉妹で、体内に取り込まれて何年もかけて大きくなり、何かのきっかけで腐ってしまったものだと説明したという。
鈴の腹には何の傷跡もなく、少年が肉や内臓の塊を取り出した直後から快方に向かい三日後には起き上がることが出来るようになったそうだ。
その後、少年は朝霧緑次郎の養子となり、鈴を妻に娶り朝霧家を継ぐこととなる。
少年は、その後薬草などを処方する仕事を始め、商家を大きくしたそうだ。
そして、そこにいくつかの写真の展示を見つける。
「あ、これ地下の箱に入っていたちょんまげの写真。」
僕が驚いて指をさすとかえでさんが微笑んで説明してくれた。
「そうですね。きっとライル様のご先祖様ですね。」
「マジか…。ホラーサイエンス系のノリなんだけど。」
そこで、アダムが頷きながら、僕にだけ聞こえるように話しかける。
「この人も治せる人~?」
「あ、そっか。なるほど。」
どうやら、父様の能力は遺伝によってもたらされているのかもしれないな。
それにしても不思議なのは、うちは父様もお祖父さまも、みんな金髪、碧眼だ。普通、日本人の混血ならば全員が金髪や碧眼にはならないのではないだろうか。しかも、僕や父様は、母親にはほとんど似ていない。
とりあえず、そのおとぎ話はわかった。何だか、謎めいていて本気でワクワクしたよ。
せっかく来たので、次の展示も見てまわる。近くの遺跡で発掘された物などが展示されていた。よくある、土器や昔の骨みたいなものか。一階は全部見終わったので、二階に上がることにする。
ここでかえでさんは昼食の準備のため、家に戻ることになった。
僕はアダムと一緒に二階へ移動する。