83. Bye Bye Baby
八月十三日土曜日。
今日からアンドレの国ユートレア小国の先王の妹メリーナ・ユートレアについて調べることにした。
赤ちゃんニコラスを父様に預け、イタリアでアンジェラとアンドレと僕の三人で細かく計画を練る。
「ねぇ、アンドレ。先王って、どうして亡くなったの?」
「あぁ、父上は流行り病にかかって亡くなったんだ。私が八歳のときだ。」
「じゃあ、お母様は?」
「私が五歳の時に精神を病まれて、自殺したと聞いている。」
「ごめん、辛いこと聞いて。」
「いや、いいんだ。仕方がないことだ。」
「でもさ、それって本当かどうか確認した方がいいね。」
僕が言うとアンジェラが首肯して、僕に言った。
「リリィ、怪しいと思わないか?」
「うん、暗殺されたとか?」
「あぁ。」
「じゃあ、僕からの提案なんだけれど、最初にメリーナのところに行って記憶をもらってこようよ。その後に、アンドレのお母様とお父様の身に何が起こったか探ろう。」
「いいな、アンドレ。」
「はい、もちろんです。」
僕は、まず隣国に嫁に行く前のメリーナの寝室に転移し、彼女の寝ている間に記憶をそっと抜き取った。後ろ姿で真っ暗なので、本人の容姿などは全く見えない。
メリーナはアンドレの父オスカーを兄としてというより、男として愛していたようで、ものすごい執着があったようだ。その執着ゆえに、自身の婚姻もなかなか進まず、先に兄オスカーが妃を迎えたときにはかなり危うい精神状態だったようだ。
異常な執着心、そして嫉妬。見かねた側近や父王が隣国の王子との婚姻を早め、嫁に出した。
しかし、そんなことで執着や嫉妬が収まるわけもなく、先王の妃が身ごもったと聞いたときには、出産に立ち会う医師や、先王の側近までもをメリーナは買収したようだ。
そして、出産直後に王子の拉致殺害を実行するよう指示したのである。
一度この情報を共有するために家に戻る。
アンジェラとアンドレに記憶のコピーを渡す。アンドレが唇を噛みながら言った。
「あの女、そういうことか…。」
「アンドレ、何か思い当る節でもあるのか?」
「あぁ、父上に対して確かに異常な執着があった。そして、私や母には冷酷な目線を向けていた。親切ぶって病気にいいからと母に飲ませていた薬も怪しい。」
「なるほど。じゃ、僕の提案を聞いてくれる?」
二人に僕の提案を聞いてもらった。僕は、ニコラスが生きていること、メリーナが首謀者で命を狙われたこと、今後も狙われる可能性があり、注意する必要があることなどをアンドレの母である王妃に正直に言ってニコラスに会わせたらいいと思うということを言った。
信じてくれるかどうかはわからない。でも、自分の息子が死んだと思って辛い時間を過ごすより生きてると知ってもらった方がいいと思ったのだ。
アンジェラは僕の考えに賛成してくれた。アンドレは複雑な顔をしている。
しかし、最終的には、同意してくれた。
日本の家に戻り、赤ちゃんニコラスを連れていよいよ行こうという時、ニコラスが駆け寄ってきた。
「リリィ、私も連れて行ってはくれないだろうか…。」
「え?でも、いきなり大きくなったらびっくりしちゃうよ。」
「いや、どこか陰からでもいい。母上に会いたいんだ。」
「あ、そうか…。そうだね、じゃあアンドレとアンジェラに協力してもらって、一緒に行こう。」
僕たちは過去のアンドレとニコラスが生まれた二日後に転移した。場所はユートレア小国の王妃の部屋だ。
僕は翼を出し、キラキラ多めで赤ちゃんニコラスを抱っこして王妃の前に出た。
「お願い、大きい声、出さないで。」
「…だ、誰だ。」
「あの、僕はリリィ。王妃さまの赤ちゃんのうち一人が誘拐されて殺されそうになってたから、助けたの。誘拐を指示したのはメリーナ。このまま返したらまた殺されそうになっちゃうんじゃないかと思って…。」
「何を言っている、私の子は死産だったのだ…。」
「あ、じゃとりあえず、抱っこしてみて。はい。どうぞ。」
僕は赤ちゃんニコラスを王妃に手渡した。
「ニコラス、ニコラスなのね…。」
王妃が涙を浮かべている。
「あ、名前はもう付けてあったんだ。あの~、それでね。僕、実は結構後の未来から来ていて、どうしてもアンドレとニコラスを助けたいの。二人とも僕の大切な人だから。」
「…。」
「ニコラスは教会に預けられて十八歳の時には司教になるみたいなのね。ただ預けて司教になれるのかはわかんないけど、そこにいた方が安全なのかも知れないから連れて行こうと思ってるんだけど…。」
「…。」
「王妃様はどう思う?僕はニコラスをここに置いていってもいいけど。運命が変わっちゃうと困るのかなと思ってて…。」
「わ、わかった。私が信用できる者を用意し、教会へこの子をかくまい育てることにしよう。」
「じゃあ、生まれた日の日付を書いた紙を持たせてね。あと、もう一回抱っこしていい?」
僕は赤ちゃんニコラスを抱っこした。ニコラスは僕の翼に興味を持ってキャッキャ言っていたと思ったらわしづかみにして羽を何本かぶっちした。
「いって~。ひどいな、ニコラス。はは」
「ニコラスとアンドレはどうなるのだ?」
「う~ん、気になるよね?直接会う?そこに来てるけど…。」
僕がカーテンの後ろの陰を指さすと王妃がそちらを見る…。
「アンドレ、ニコラス…?本当に…。」
「出ておいでよ、二人とも…。」
アンドレとニコラスは出てきて礼を取った。
「母上、生きてそのお姿をまた見られるとは思っていませんでした。」
アンドレがそう言うと、ニコラスも挨拶した。
「は、母上…。今まで母がいるとは知りませんでした。お会いできて光栄です。」
ニコラスは泣いている。
王妃がアンドレに「生きてとは、どういうことか?」と質問したため、アンドレが五歳の時に精神を病んで自殺したと聞いていると言った。メリーナが怪しい薬を飲ませていたことも。アンドレが八歳の時に父王オスカーが流行病で亡くなって、その後アンドレが王になったことも伝えた。何度も命を狙われ、今は五百年後で暮らしていることも。
王妃は立ち上がり、二人を抱きしめた。
「会いに来てくれてうれしい。」
僕は赤ちゃんニコラスを王妃に返すと、ちょっとお願いをした。
「わざわざ死ぬことはないと思うんだよね。回避できるよう努力してみない?」
「どういうことだ?」
「今、メリーナの周りを探ってるんだ。何かわかったら知らせに来るよ。毒や陰謀や罠とか事前にわかれば回避できるはずでしょ?あと、ユートレアに関する本とか歴史とかの話って聞いたことない?天使に関係している話。」
「確か王の間の書棚にこの城にまつわる伝説が書かれた書物があった。王から聞いたことがある。」
「ありがと。五百年後にもあるかどうか見てくるね。アンドレ、ニコラス一回帰って見てこよう。赤ちゃんニコラスの事、お願いね。」
僕たちは陰に隠れていたアンジェラの方に駆け寄り、皆で転移した、現代の王の間に。王妃はアンジェラを見て目が点になっていたが、誰もそれには気付かなかった。
王の間の書棚を探したが、そのような本は何もなかった。
多分、誰かに持ち出されたのだ。
一度アンドレが住んでいたころの五百年前の王の間に行った。そこにも本はなかった。
スマホで書棚の写真を撮る。更に十年前の同じ場所に転移した。
先王が亡くなった直後だ。また写真を撮る。書棚の本の配置は変わらず、本はなかった。
更に五年前に転移する。先王に遭遇しないようベッドの下に出た。
四人でベッドの下は結構ギュウギュウだった。余計に目立つかも…。
「あっ。」
アンドレが声をあげた。
「どうした?アンドレ。」
「こんなところに本がある。」
ベッドの下に本が隠してあった。中を確認すると間違いなくこの城に関する歴史などを説明しているようだ。
「ちょっと、中をスマホで撮っていい?」
全部のページを撮影し、本を元の場所に戻す。
「どうして戻すんだ?」
アンジェラはそのまま持って帰ると思っていたようだ。
「この本がもし五百年後にまだあればそれを現代で見ればいいけど、無くなっていたら、持って行ったやつが怪しいでしょ?ここに隠したやつも怪しいけど。」
「確かにそうだな。」
僕たちは一度現代の王の間でその本がやはりベッドの下から無くなっていることを確認した後で、まずは本に書かれていた内容を家に戻ってまとめた。
それによると、あの城はアンドレの時代よりも更に三百年ほど前に建てられたものらしい。
元々、あの場所にはユートレア神殿という遺跡があった。その遺跡はいつのものかもわかないほどに古いものだった様で、この地に人間が町を作り出した時には地震や戦争で地上に出ている部分の遺跡が崩壊していた。
しかし、この地を領地として治め始めた者が、偶然この地の地下に不思議な部屋があることを発見したというのだ。
戦争で傷ついた者が紛れ込んでいたが、その者が行方不明になってから三年後にその部屋の中で見つかったというのだ、しかも生きていた。
何も飲まず、何も食わずに…。傷は治ってはいなかったが、悪化もしておらずそのものは助け出された。
この部屋にはもう一つ不思議な物があった。彫刻が施された立派な玉座に座らされた大天使ルシフェルの亡骸だ。
部屋には他に十三の椅子があり、玉座の隣は妃の座のようだった。
一度入ると出られない構造になっており、たまたま発見した者は複数で訪れていたため、トラップが作動した時に中に入った者と結んであった命綱のおかげで完全に入り口が閉まらず、出ることが出来たという。
その後の調査で、入り口を閉じないように固定し、中に入った者が中央の円卓の中心部に何かを置くと円卓の上部に光で字が浮き出ると書かれていた。
しかし、その文字は認識できない文字で書かれており、当時の関係者には解読できなかったようだ。その文字を書き写したものが別の書物として存在するようだ。
また、ルシフェルの亡骸に触れた者はその場から消え去ってしまった。という記述もあった。
間違って人が入り込まないように封印するために遺跡の上に城を建てたとある。
アンドレが間違えて入ってしまった。封印の間に入る入り口については書き記されていなかった。
「あれ?アンドレは普通にルシフェルに触ってたよね?」
「あぁ、何回も触った。アンジェラも触ったよな?」
「そうだな。」
「もしかして、自分と関係のない人は消しちゃうとかいう感じ?こわい。」
とりあえず、本の内容がわかったところで、もう一冊の所在と、この本を盗んだ人物の特定を進めよう。
僕はアンドレに少し質問をした。
「そのメリーナって言う人は、どんな容姿をしているの?」
「そうだな…髪は赤茶でウェーブがかかっていて、そばかすが多く、少し太っていて、ガタイがいい。」
「え?伝説のプロレスラーに似た感じの表現が出来る人いたっけな…。」
「?」
「あ、こっちの話…。」
僕は一か八かさっき写真を撮った時間に戻って本を触ってみるのもいいかもと考えていた。何かのトリガーになり、本に関係のある所に転移するかもしれない。
しかし、アンジェラは許可できないと言ってきかなかった。
ですよね~、遭遇しちゃうかもしれないですもんね。
そんなやり取りをしている時だ…。
ニコラスに異変が起きた。
激しく震えだし、怯えだした。五分ほどで落ち着いたようだが、落ち着いた後に急に独り言のように話し出した。
「兄上、私はそろそろ戻らなければいけません。」
「どうした、ニコラス。急に兄などと…。」
僕とアンジェラは顔を見合わせた。
「「あ、過去が変わった?」」
そうだ、王妃にニコラスが生きていると伝えて赤ちゃんニコラスを預けてきた。
それによって、過去が変わったのかもしれない。
「どうしよう…。」
何か影響があったら困るね。アンジェラが真面目な顔で聞く。
「ニコラス、お前はどこに帰ろうというのだ?」
「日本の朝霧家に決まっているではないですか。」
「あ、そう。」
そこは大丈夫なんだ…。もうちょっと聞いておこう。
「ニコラス、教会で育ったんだよね?」
「そうですが、何か?」
「お母さんの事って覚えてる?」
「もちろんです。月に一度は会いに来てくれましたから、優しくいつも私の事を考えて下さって。兄上も一緒に来ていたではないですか…。」
アンドレの方を皆で見つめる。
「…。そうだっけか…。」
こっちはアップデートされていないようだ。
まぁ、寝て起きたら変わるかもしれないね。
後から確認したら、王妃はニコラスの命の危険を回避するために、信用できる乳母と家臣を数名つけて、教会の中で特別待遇でニコラスを育てたようだ。
毎日は会えなかったが、堅苦しい城の中とはまた別の親子の交流があったようだし、何が一番よかったかというと、自分の立場を理解し、愛を感じて成長できたことだ。
変わらなかった事は、たまたま教会の孤児の中で喉に異物を詰まらせた子を助けたことで覚醒し、ニコラスが司教になった後、悪魔ルシフェルの復活の方法を予言してしまったことだ。ここは変わるとまた困るのだが…。
先王にもニコラスの事は伝わっていたようで、王位継承権も保持したまま司教になったみたい。でも、結局は儀式を行い封印の間に五百年入っていたのは同じらしい。
お勤めご苦労様です。
さて、話を元に戻そう。
あの城の歴史が書かれた本を盗んだ犯人を捜さねば…。
しかし、ニコラスの言う通りそろそろ今日はお開きにした方がよさそうだ。
お腹がすいて死にそう…。僕のお腹が「ぎゅ~るるる~。」となったところで、アンジェラとアンドレは合体し、ニコラスを日本へ連れて帰った。