81. 家出
八月八日月曜日。
朝八時、目覚めて横に眠る夫、アンジェラの額にキスをしてベッドを出た。
トイレに行く途中で、僕は異変に気が付いた。
下着がきついな、異様に…。そして見える景色がちょっと違う…。なんだか、違和感がすごい。
洗面台の鏡に映る自分の姿を見て、声を上げそうになったのを抑え、その場で日本の自室のクローゼットの中に転移した。
僕は、男に戻っていた。しかも、でかい。多分、アンジェラと同じくらい。
父様やアズラィールはもうちょっと小さかったと思うんだけどな、なんでこんなにでかいんだろう?DNA同じだと同じになるんじゃないの?
どっからどう見ても立派な成人男性だ。
「やだもぉ~。どうしよう…。」
変化を試みるが、全く反応がない。翼は出せるし引っ込められる…。でも元の二十一歳のリリィには戻れなかった。
とりあえず、ピッチピチにくい込んだ下着とネグリジェを脱いで、クローゼットの中にあるアンジェラの下着と衣服を拝借する。
クローゼットの扉をちょっとだけ開けて、誰もいないことを確認し、部屋のタブレットを使って父様にメールを送った。
「緊急事態発生、部屋のクローゼットにいるからちょっと来て。」
返信があった。
「今仕事中だから無理だよ。」
「じゃあ、もういい。」
僕はそう返信すると、ちょっと頭に来て、封印の間に転移した。
あ、でもここはもうばれてるからアンドレとアンジェラが来ちゃうかも…。
うーん。今度は、ピラミッドのてっぺんに転移する。
「日差しが強いし、風も強いな。」
日焼けしたりするのは嫌だから、ここはこの時間帯はないな…。
今度はユートレアのお城の王の間に転移する。
「とりあえず、アンドレのベッドで寝てよう。」
ちょっと変な感じだけど、ここは安全だから…。
しかし、スマホも持ってこなかったし、ここにはパソコンもタブレットもない。
結局、一時間もすると飽きてしまった。
あぁ、つまんない。いっつも何して過ごしてたっけ?こんなにつまんないのはどうしてだろう…。
暇を持て余し過ぎて、結局イタリアの家のクローゼットの中に転移した。
そこでは、自分がいないことが分かってからしばらく経っているようで、アンジェラとアンドレが大騒ぎしていた。しかも父様に電話で怒鳴りまくってる。
「リリィは緊急事態と言っているのに、なぜ話を聞かなかった?」
「うるさい、ハゲ!」
誰がそんな言葉を教えたのでしょうか…?
でもなぁ、この姿じゃ出ていけない。
もう、僕はアンジェラ達から必要なくなっちゃう…。「離婚」されちゃうかも…。
涙が出てきたけど、どうにもできなくて、クローゼットの奥のセキュリティを解いて、中の書斎や倉庫にある絵を見ていた。この前は、こんなに奥まで来なかったけど、すごい数の絵だ。
この絵一枚描くのに何日かかるんだろう?何十年描いていたんだろう?
その時、クローゼットの方から音がした。
隠れようとして、しゃがんだらバランスを崩して転んだ。
転んだ横にあった絵に手が触れてしまった。
「あっ」
僕は光の粒子に包まれ転移した。
ちょうど、その絵を描いているアンジェラのところへ。
絵を慌てて離したけど、元の場所には戻らなかった。
アンジェラは僕の方を見て、ニッコリ笑って言った。
「リリィは男にもなれるのか?」
「僕だって、なりたくてなったわけじゃないよ。朝起きたらこうなってて、恥ずかしいからあちこち行ってたら、ここに飛んじゃった。」
アンジェラが立ち上がって一歩二歩と近づいてくる。そして、右手で僕の頬を触って言った。
「きれいな顔だ。モデルになってくれないか。」
恥ずかしくて翼が飛び出て、開いた。
「いやだよ。恥ずかしいから。」
「こんなに美しいのに?」
そう言ってアンジェラは反対の手でも僕の頬を触った。そして、僕に口づけをした。
男の僕に…。顔がものすごく赤くなって、恥ずかしさで頭が爆発しそうだ。
思わずよろめいたとき、僕はいつものリリィの姿に戻った。
「あれ?戻った。」
「リリィは男でも女でも美しい。愛してるんだ。私の天使。」
その瞬間、僕は元の時間に戻っていた。
目の前には、大きな絵が置いてあった。
背がすごく高い、金髪で碧眼の男の天使の絵だ。やだ、こんなのまで描いてくれた。
そこへアンジェラが僕を探しに来た。
「リリィ。どこにいたんだ。心配しただろ?」
「ごめん。」
アンジェラがその絵と僕の服装に気が付いた。
「リリィ、男になっちゃって恥ずかしいから逃げたのか?」
「逃げたんじゃなくて、家出だよっ。」
「馬鹿だなぁ。姿は関係ないんだ。男でもいいんだぞ。私は。」
「それ、人の前で言わない方がいいよ。絶対。」
「そんなことより、どうして男になったのかを調べた方がいい。なんか変な物を食べたとか?変な物を触ったとか…。変な夢を見たとか…。」
「あ、そういえば。変な夢というか、アンジェラに入っちゃった時の夢は見たかも。…。」
思わず思い出して、顔が真っ赤になる。
「それで?」
「エッチな夢見た。」
アンジェラの黒歴史だ。アンジェラも赤面している。
「わかった、その夢のせいだ。おいで。着替えて朝食を食べよう。」
「…。」
優しく抱きしめられ、抱っこされてクローゼットの中で着替えさせてくれた。
「ほら、できた。私のかわいいリリィ。」
それでも頬っぺたを膨らませていたら、急に真面目な顔して話し始めた。
「リリィ、どうして元に戻ったかわかるか?」
「あ、あれは…。僕からチューしたんじゃないよ。浮気じゃないよ。」
「わかってる。あの時の私は、君を心の底から美しいと思ったし、愛してるからキスしてしまったんだ。今だって変わらないよ。」
「…。だけど、すごくでかいおっさんだったよ、僕。」
アンジェラは苦笑いをして言った。
「リリィは私の事をそういう風に思っているのか?」
「違うよ~、アンジェラは世界一かっこよくて、かわいい僕の素敵な旦那様だよ。」
「私から見てリリィも同じなんだよ。世界一のパートナーさ。どんな姿であろうと。」
「…。」
なんか恥ずかしくなった。
そこへアンドレが探しに来た。
「リリィ、どこにいたんだ?心配したぞ。」
「えへへ、昔のアンジェラに絵を描いてもらいに行ってきた。」
アンジェラが倉庫から、その絵を持ってきた。
アンドレが目を大きく見開いて言った。
「美しいな。この姿も…。」
「まじで恥ずかしいんですけど…。」
お腹が「ぐぅ~」ってなって、この話はおしまいになった。
次に同じことが起きても逃げないとは思うけどね。
同じことが起きないように祈るしかないかも…。




