78. 小芝居大作戦
七月二十五日月曜日、日本時間の朝八時。
イタリアでは深夜零時だが、お腹がすいてしまい、三人で移動し、日本の家で朝ご飯を頂くことにした。
父様がすでに食事を終え、コーヒーを飲みながらくつろいでいた。
「父様、おはようございます。」
「おはよう。あれ、今日はイタリアじゃなかったのか?」
「えへへ、夜中にお腹がすいちゃって…。」
父様がにっこり笑って、イタリアではちゃんとごはん食べてるのかと心配してくれた。
そういえば、朝ご飯を食べている人の人数が少ない。
「皆は?」
「あぁ、徠神と徠央は朝ご飯の前にジョギングしているよ。徠輝と左徠はもうすぐ来ると思う。父さんはもう食べ終わったし、アズラィールは裏庭の池の奥でマルクスと畑を掘り返しているよ。徠人とライラはサロンで食べてるのかな…。あと、ニコラスはよくわからない。」
「え?畑?」
「そうそう、昨日の夜に何もしないのは体が鈍るとかで、池の左奥の広い空き地を畑にしたいんだって言ってたぞ。野菜と薬草も育ててみるって言ってた。徠神も後から手伝うらしい。」
「へぇ。おもしろいね。」
「それよリリィ。ニコラスと話してくれないかな。ちゃんとご飯食べなさいって。」
「え?食べてないの?」
「無理やり引きずってきて食べさせるのもかわいそうだから放っておいてるけどな。」
「アンドレ、食べる前にニコラスのところに一緒に行ってもいい。」
「あぁ。」
僕はアンドレと共にニコラスの部屋へ行った。中から鍵をかけているようで、ノックをしても開けてくれない。
僕たちは部屋の中に転移した。
ニコラスはブランケットをかぶって、ぶつぶつ何か言っていた。
僕がブランケットを剥がすと、涙を流してお祈りをしている様だった。
「ニコラス、お前は何をやっているのだ?」
アンドレが聞くと、ニコラスがヒックヒック言いながら答えた。
「私のせいで、皆様にご迷惑をおかけしてしまったことを神が許して下さるようにお祈りをしておりました…。」
「いつから?」
僕が聞くと、ニコラスは俯いて言った。
「三日前からでございます。」
「はーい、ダメダメ。祈っても何も解決しないよ~。ちゃんとご飯食べて、元気になって、それから考えよう、一緒に。ね。」
「…。」
「ニコラス、リリィがそう言っているのだ。言うことを聞け。」
「はい、陛下。」
「アンドレだ。」
「すみません、アンドレ様…。」
「じゃあ、ご飯食べよ~。」
アンドレと僕でニコラスをダイニングへ連行する。
「来たな。」
アンジェラがニヤニヤしながらニコラスを見て言った。
ニコラスの目が泳いでいる。
「ニコラス、ちゃんとご飯は食べないとダメだよ。」
父様はやさしくそう言って、仕事の準備のためにダイニングを後にした。
「今日は、オムレツとソーセージとシーザーサラダとホットサンド。」
僕が説明して、四人分をかえでさんに用意してもらう。
よっぽどお腹がすいていたのか、ニコラスの頬っぺたがハムスターみたいに膨らむくらいいっぱい口に突っ込んで食べている。
「落ち着け、ニコラス。誰も取らないから。」
アンドレに言われると、ニコラスは赤面してむせる…。
「あ、そうだ。皆食べながら聞いて欲しいんだけど。このまま放って置いても大丈夫とは限らないから、ユートレアの教会にもう一回行って、小芝居して来ない?」
「リリィ、小芝居とは?」
「アンジェラ、せっかくニコラスと、アンドレも来たんだし、二人に教会の司祭達の前で、あの儀式は間違いだった~、すぐに止めるようにって、言ってもらえばいいんじゃない?この前は僕が脅してきたけど、言うこと聞くかわかんないし。」
「それは、確かにやっておいた方がいいかも知れません。」
アンドレも同意してくれた
「あと、ニコラス。エニグマって知ってる?」
「エニグマ、ですか?いえ、聞いたことはありません。」
「そっか、じゃあ、教会が手を引いた後に違う組織があの儀式をやってるのかな?」
「そういえば、そんな名前だったな、宗教団体の名前…。」
「そうなんだよね。とりあえず、近いうちに小芝居うちに行くから、二人はセリフとか考えておいてね。衣装はどうしようか?」
「取りに行くのが簡単ですかね?王冠とかも必要だし。」
「やっぱり、そうかな…。」
僕たちはその日の午後に衣装を五百年前に取りに行き、六日後の日曜日に小芝居をうちに行くことにした。ニコラスの目の下のクマが酷かったから回復するのを待つためである。
三日後の木曜の午後に一度ニコラスを訪問し、アンドレとニコラスでセリフを決めた。
衣装を着た状態で、小芝居の練習をしてもらい、皆でチェックをした。
「まぁ、大丈夫でしょ。これだけできれば、きっと。」
総監督のアンジェラのオッケーをもらい、日曜に備える。
「ニコラス、ちゃんとご飯食べてる?」
僕が聞くと、恥ずかしそうに頷いていた。
「何か食べたい物とか必要な物があったら遠慮なく言っていいんだからね。」
ニコラスが涙を浮かべて俯く。
「どうしたのだ、ニコラス。」
「皆さん、優しくしてくれて。私は何の役にも立っていないのに…。」
「あ、大丈夫。気にしなくていいよ。君は僕、僕は君。優しくされたら、優しくしてあげればいいし。ね。そんなに気になるなら、マルクスの畑でも手伝ったら?それか、父様の動物病院の手伝いとかでも、アズラィールと交代してあげて。最近、ますます混んでいてヤバいらしいから。」
そこへ、隣の部屋のアズラィールがアダムの散歩から帰って来た。
「あ、あれ今日は散歩が遅いんだね。」
アダムはアンジェラに猛ダッシュしてじゃれている。
「朝、石田刑事が訪ねて来てね、徠夢がいつもやってる朝の仕事を頼まれたからね。」
「へぇ、石田刑事さん、久しぶりにどんな用事だったんだろう?」
「僕も聞いてないんだよ。」
「気になるけど、そのうち父様に聞くよ。アズちゃん。邪魔してごめんね。」
僕たちは、日曜の午前十時にニコラスを迎えに行くと言って、その場を後にした。
七月三十一日日曜日、日本時間の午前十時。
僕だけでニコラスを迎えに来た。衣装オッケー。靴も履いてるね。
「よし、じゃあ最初にイタリアのアンジェラの家に行くね。」
僕はニコラスを連れてアンジェラとアンドレが待っているイタリアのアトリエへ。
着いた途端、ニコラスがアンジェラの絵に釘付け…。
「こ、これは…。すばらしい。」
「あ、ここに来るの初めてだっけ?アンジェラは昔絵を描いていたんだよ。すごい上手でしょ。天使が飛び出してきそうだよね。」
「こういう絵を教会に飾りたかった…。」
「一枚あげようか?」
アンジェラが気安く言った。
「え、いいんですか?」
「それだったら、描いて欲しい絵面を教えてもらって、過去のアンジェラにお願いした方がいいんじゃない?」
「じゃ、ニコラス、そこに跪いて。僕、こっちで手を出すから、手を取ってみて。」
「え、こう?」
ニコラスが僕の手に手を乗せる。僕はそのままの形でニコラスを連れて、過去のアトリエに転移した。キラキラ多めで。
そこには、過去のアンジェラがいて、絵を描いていた。
過去のアンジェラは、私に気づき、立ち上がる。ニコラスは何がなんだかわからず固まっている。
僕とニコラスはまたすぐに元の時間に戻る。
「どうなってるかな?」
アンジェラがクスクス笑いながら、地下の倉庫に行って帰って来た。
「あ、え?そ、それは…。」
「思ったよりでかいのが出来上がってたよ。」
壁の半分を覆いそうな大きさの絵を持ってアンジェラが戻って来た。
「す、すばらしい…。」
「これを、土産に持って行ったらいい。」
「ありがとうございます。」
アンドレも驚いて、小さい声で「私もアンジェラに肖像画を描いてもらいたかった。」なんて呟いたもんだから、悪乗りして王様の服着てるんだし、ちょうどいいじゃん。と、もう一回過去のアンジェラの元へ…。
戻ってきた後、アンジェラがまた地下の倉庫へ行った。
戻って来たアンジェラの手にはアンドレの肖像画があった。
「本当にアンジェラって優しいね。口に出して頼んでもいないのに、毎回描いてくれる。」
「惚れ直したか?」
「…。うん。」
二人はそれぞれ絵を持ち、僕たちは一度アンジェラの別荘、アンドレの城へ行った。
「こ、ここは?」
ニコラスが、キョロキョロして聞いた。
「私の王の間だ。今はアンジェラがこの城を所有している。」
「え?なぜ?」
「ずいぶん前に劇場の火災を僕が消したら、助けた王族がここをアンジェラにくれたんだって。」
「恐ろしいほどの縁を感じます。」
「じゃ、一回五百年前の城に行って、絵を置いてから教会に行こう。」
「「はい。」」
僕たちは五百年前の城に転移し、その肖像画を飾ってくれというアンドレのメモを添えて寝台の上に置いた。
その後、三人で教会の日曜のミサの最中に教会の祭壇の前にドカンと三人で絵を持って登場した。絵の後ろに隠れていた僕は、家に戻りアンジェラを伴って絵の裏で待機する。
満席になるほど集まっていた人たちがどよめく。
「あれは、ニコラス司教様。」
「あちらは、陛下ではないか!」
さぁ、小芝居の開始です。
まずは、ニコラスが口を開く。
「皆、この場を借りて私、ニコラスは皆に謝らねばならぬ。申し訳なかった。私が神からの啓示と信じた話は、解釈が間違っていたのだ。悪魔を復活させてはならぬ。その証拠を今日は連れてきたのだ。」
「私はアンドレ・ユートレア、私の命により皆に儀式を強制したこと、謝罪させてもらう。申し訳なかった。」
ここで、ニコラスが絵を見せる。さっき、即興で考えた話である。
「天使様は私と陛下を許して下さった。その証拠にこの絵を授けて下さり、ここに我々と共に降臨してくださっている。」
アンジェラと僕が天使の姿になって、絵の前に転移する。
「「おぉーっ。」」
民衆がどよめく。そこで、僕が口を開く。
「悪魔はこの世界に必要ない。僕らはすでに会うことが出来て、これからは幸せに暮らしていく。だから、もう儀式はやらないで。あれは危険なんだ。だからお願い。」
「頼んだぞ、皆。」
アンジェラが僕を後ろから抱きしめる。そして、両手をアンドレとニコラスへつなぐ。
僕らは四人で現代のイタリアへ戻った。




