76. ひとりの時間
七月十七日日曜日。
僕は一人で考えたくて、一人である場所に来ていた。
ユートレアの教会の司祭たちが生贄を送り込んでいた場所、封印の間だ。
音も風も、空気さえあるのかもわからないこの空間には、薄暗い中にも柔らかな黄色い光がほのかに照らしている。
僕の心臓が鼓動しているのかもわからなくなりそうだ。
どうして、こうなったんだろう?
何故、ルシフェルとミシェルは兄弟で一人の天使を取り合ったんだろう?
僕には知ることのできない前世の話だ。
いっそ、僕がいなくなってしまえば、皆普通に暮らしていけるのかも知れない…。
イヤ、無理だ。あの泣き虫アンジェラがまた自殺でもしかねない。そんなこと、僕も耐えられない。
まだ首が痛い。骨が軋んで、組織がかなり損傷していた。
少し、ここで休もう。眠って、目が覚めたら考えがまとまるかもしれない。
僕は玉座に座って、眠りについた。
その時、日本の朝霧邸では大騒ぎになっていた。
アンドレがりりィからの伝言を皆に伝えたのだ。
アンジェラはライラを捕まえて、ライラにしつこく問う。
「チビ、りりィの居場所がわかるんだよな?どこにいるか教えてくれ。」
「チビじゃない。」
「ライラ、頼む。」
「むぅ~。ん…。」
「どこだ?」
「どこにもいない。」
「どういうことだ…。」
ライラは「パパ、パパ~。」と叫んで徠夢を探しに行ってしまった。
それを見ていたアンドレがアンジェラに声をかけた。
「いなくなる前に、りりィが記憶を見せてくれた。アンジェラとりりィの。」
「そうか…。」
「うらやましいと思った。でも、自分の事の様にうれしくも思った。」
「アンドレ…。」
「私がここにいることも、りりィを助けるように仕向けられたのかなって。りりィが言ってた。」
「…。」
「さっき、りりィが私の事を覚醒したと教えてくれた。どうしたら能力を使える?教えてくれないか?」
「人によって能力は違うんだ。教えられることではないよ。」
「そうか…りりィは私のはアンジェラと同じ青だと言っていたのだが…。」
「私は興奮すると勝手に変身する。試してみたらどうだ?」
「興奮?」
「私は歌を歌うのが仕事だからな、ライブで盛り上がった時に翼が出たりする。あとは、その、りりィと一緒にいるときも…。」
「あ、あぁ。」
アンドレ、かなり赤面しながら納得した。自分の部屋に戻って、ベッドの上でブランケットをかぶり、りりィからもらったアンジェラとの記憶を辿る…。
二人のキスシーンを思い出しただけで、翼が出た。めちゃくちゃ赤面してしまう。
誕生日のケーキの事を思い出して、アンドレは天使になった。
結婚式の日に自分の城で二人が結婚したのを見て、アンドレは心の奥底からりりィに会いたいと思った。りりィの意識がなくなって、アンジェラの中に入ってしまったときに、アンジェラのこの上ない悲しみを知って、心がズタズタになった。
自分が、アンジェラと同じ人間だと思った。
アンドレは、アンジェラの部屋を訪ね、アンジェラに尋ねる。
「私はいない方がいいのか?」
「何を言ってるんだ。りりィにも私にもアンドレは大切だ。心配するな。」
「じゃあ、消えなくてもいいのか?」
「何を言ってるんだ。」
アンジェラがアンドレを抱き寄せると、アンドレがアンジェラにキスをした。
「んっ…。」
アンドレの体とアンジェラの体が青い光の粒子で覆われた。
そして、二人は一つの体になった。
意識は二人ともある。体を動かしているのは、今はアンジェラだ。
「アンドレ、何をした。」
「二人分の能力があれば、出来ることも増えるかと思った。」
アンドレが頭の中でりりィを呼ぶ。
「りりィ、返事をしてくれないか。アンドレだ。」
「…。」
「りりィ、私は今アンジェラの中に入っているよ。」
「え?」
「りりィ、聞こえるかい?」
「聞こえる、けど。どういうこと?」
「私たちは同じ人間だと思う。試してみたんだ、君がアンジェラの中に入った時みたいになれるのか…。」
「え、だめだよ。出られなくなっちゃうよ。」
「大丈夫だよ。見せたいから、帰ってきてくれないか?」
「え?うん、じゃあ。ちょっと帰るかな…。」
興味の方が勝ったのか、あっけなくりりィは姿を現した。
「「おかえり。」」
「うわ、すごい。ハモってる。」
りりィがまじまじとアンジェラ+アンドレを見つめる。
「二人で一度には動けないでしょ?」
「「あぁ、それは無理だ。」」
「すごい!またハモった。」
「「考えてることが同じになるようだ。」」
「どういうこと?」
「「今すぐキスしたいってこと。」」
「ん…んふっ。あぁ。」
やだ、すごい気持ちよかった。恥ずかしい…。
「でもなんて呼んでいいかわかんないね。これじゃ。」
「「そこまでは考えてなかったな…。」」
「ね、イタリアに帰ろう。」
「「あぁ、徠夢に言ってくるよ。」」
「あっ。」
アンジェラ+アンドレが消えた。彼らが自分の力で転移したのだ。
そして、すぐに戻って来た。
「「不思議だな。こんな事が出来るなんて。」」
「だめ、置いていかないで。」
「「ごめんよ、さあ、おいで。」」
「その前に…ひとこと言っていい?」
「「なんだ?」」
「見た目が超ヤバくなってるんだけど…。どうして?」
アンジェラ+アンドレは、翼が白金色に輝き、髪は絹のようなプラチナシルバー色に、そして、サファイヤの様に輝くブルーの碧眼。筋肉質に引き締まった体。
自分で鏡を見ても恥ずかしくなるほどだ。
その時、バタバタ、と走る音が聞こえ、徠夢がドアを開けた。
「りりィ、そ、そいつは誰だ?イタリアに帰るとか言いに来た…。」
「父様、あ、こちらは、僕の夫とアンドレの合体した方です。」
「「徠夢、悪いな。こんなに見た目が変わってるとは思わなくて…。」」
「はぁ、どうも…。」
「じゃ、父様。一回イタリアに帰ってから、深夜にニコラス司教を回収してくるね。
その時はよろしくお願いします。」
徠夢が何か言う前に彼らは転移してしまった。
「???合体???」
徠夢だけが置き去りである。
イタリアに帰ったあとは、ベッドに直行だったのは言うまでもない。
「ねぇ、なんて呼んでいいかわかんない。」
「「なんでもいいよ。りりィ、早くおいで。」」
三人は本当の幸せの中で抱きしめ合ったのだ。




