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75. 目覚めの時

 七月十六日土曜日。

 日本時間の朝から日本に行った。もちろん、アンジェラとアンドレを連れて。

 自室に転移したら、またいきなりドアが開いた。

「うわ。ライラ。ちゃんとノックとかしてよ。」

「パパが呼んでるよ。」

 父様がダイニングで待っているというので、三人で移動した。

「あ、おはよう。君たち…。」

「おはようございます。父様。」

「おねえちゃん、パンケーキ。食べるよ。」

 ライラがおねえちゃんと言った。

「え?どうしたのライラ、急におねえちゃんとか言って。」

「徠輝が、ライルって言うのは変だって。おねえちゃんだっていうから。」

「なるほどね。」

 徠輝はずいぶんとライラに影響力があるらしい。

「父様、何か用でしたか?」

「今日は徠人以外全員揃って自己紹介でもしないか?あと、午後に庭でバーベキューでもと思っているんだ。」

「パパ、お肉いっぱい?」

「ライラ、いっぱい食べたいのかい?」

「うん。」

 牛一頭くらい一人で食べそうだ…。

 父様がアンドレに皆を紹介する。一応、順番に並んでいた。

 マルクス、アズラィール、徠神、徠央、徠輝、未徠、左徠、徠夢…そしてライラ。

 アンドレが口を開けたまま固まっている。父様が補足する。

「ちなみに、あと三人いるらしい。一人はアンドレも知っている司教だった男らしいが。」

「司教?ニコラス司教のことか?どうりで見たことのある顔だと思った。」

「そうそう、父様。アンドレのことでバタバタしてて忘れてたけど、その馬鹿司教を回収しにいかないといけないんだよね。今晩行っていい?」

「ああ、いいけど。アズラィールを連れて行きなさい。アンジェラは襲われたら困るからね。」

「確かに…アンドレと区別つかないもんね。」

 僕たちは席に座り、パンケーキの朝食を食べた。

 十段重ねにしたパンケーキをがつがつ食べるライラを横目で見て、アンドレは若干引き気味だった。

「お城の食事ってどんなだったんですか?」

 アズラィールがアンドレに聞いた。

「冷めてて、一人で食べるので、おいしいと思ったことはないな…。」

「え?一人で食べるの?」

「あぁ。」

「じゃあ、うちのご飯はどう?」

「皆で食べるし、温かいからおいしいな。」

「よかった。」

 毎日、これだけの大量の食事を用意するかえでさんに感謝である。

 連日、ほぼビュッフェ状態だ。父様の経済力にも感謝である。


 朝食が終わり、それぞれが好きな事をし始める時間。

 僕とアンジェラはアンドレに家の中を案内して回っていた。

 地下の書庫への行き方、エレベーター初体験である。

 書庫の本は自由に読んでいいとか、テレビはサロンとダイニングとリビングにあるから自由に見ていいとか、パソコンは使うなら僕の部屋にも父様の部屋にもあるとか教えてまわった。

 お風呂も念のため、使い方を教えた。

「お風呂は各部屋にあるからね。自分の部屋のを使ってね。シャンプーとかはかえでさんがお掃除の時に補充してくれるから。あ、タオルはね、使い終わったら洗濯室に持って行ってカゴに入れてね。新しいタオルはクローゼットの上の棚にあるのを毎回自分で出して使ってね。

 お湯の出し方は、ここひねって。温度はここで調節ね。わかんないことあったらすぐに聞いてね。」

「あ、あぁ。」

「あとね、日本語が出来るように僕や父様の記憶をアンドレにもコピーしてあるので、お話は日本語で問題ないと思うけど、大丈夫?」

「大丈夫…ってそういうことだったのか…。」

「ごめん、言ってなかったね。へへ」

「あ、それから。これ、スマートフォン。略してスマホ。電話かけたりメッセージを送る道具。父様に契約してもらったから使って。」

「スマホ?」

「そう。大丈夫若いからすぐ覚えるよ。アンジェラだって使えるんだから。ね。」

 アンジェラさん引き合いに出されて複雑な面持ちである。アンジェラがアンドレに話しかけた。

「アンドレ、後で買い物に行こう。洋服とか、身の周りの物を買おう。」

「でも私は何も支払えるものを持っていない。」

「大丈夫だよ。こう見えてアンジェラは結構お金持ちだから、ね。」

「この国ごと買ってくれと言われたらそれは無理だがな。」

「誰もそんなこと頼んでないよ。ねぇ。」

 僕たちは、その後もホールのピアノを弾いてみたり、楽しく過ごした。


 午前十一時ころ、買い物に行くのは今回二台の車で分乗した六名。

 アズラィールが運転する車にはアンジェラとアンドレと僕。

 父様が運転する車には徠央が乗っている。

 車に乗ったのも初めてで驚いていたが、どこに行っても驚きっぱなしである。

 先にホームセンターで炭を買って、次にスーパーに行って食材を買った。

 アンドレはまた口が開きっぱなしで、お店の大きさに驚いている。

「じゃ、アンドレ。次は服を買いに行こう。」

 右手にアンドレ、左手にアンジェラと手を繋いで買い物へ…。

 すれ違う人、全員が見るわ見るわ…。またネットで噂になっちゃうかな…。

「あ、そうそう。この時代では男はカラフルなタイツは履かないからな。」

 アンジェラが忠告する。

「そうか。あれは趣味が悪いと、私も思っていた。」

 履いてたんかい。心の中で突っ込みを入れる。

 品のいいブランドショップでスーツやら、普段着やら、パジャマやらたくさん購入した。

 アズラィールがもうこれ以上は車に入らないというので、終了となった。

 家に着いて、アンドレの部屋のクローゼットに衣類を片付け、スマホの使い方を一通り教えた。

「わからなかったら僕に聞いてね。」

「あぁ。」

「僕、バーベキューの準備手伝ってくるね。」

 アンドレを部屋に残して、裏庭に出る。

 今日は暑いけれど、風が少しあって、木陰は気持ちがいい。


 アンジェラもバーベキューの準備にやってきた。

「うわ。この牛のもも肉、片足ごとってそのままじゃ火が通らないだろう?」

 アンジェラが突っ込むと、父様がニヤニヤしながら答える。

「やっぱり?そう思うよね。ライラがこの大きいのがいいって言うからさ。」

 どうやって切ろうか、と思っていたら、アンドレが来て、自分が切りたいと言い始めた。

 少し大きめの包丁をかえでさんが用意してくれたのを使って、テーブルの上のまな板に乗せた肉とアンドレが対峙する。

「ふんっ。」

 アンドレが包丁を振り下ろすと、牛のももが骨も一緒に縦に真っ二つに切れた…。

「すげー。」

 皆、パチパチと拍手をする。

「それって、もしかして剣術とか?」

「まぁ、そんな感じ。」

「さすが、王様だね。そういうのやらされるんだ…。そうういえば、引き締まってるよね、体。」

 僕がアンドレの腹筋をさわさわと触ったら、アンドレが真っ赤になった。

「おまえ、それはアウトだろ。」

 アンジェラが僕の手を掴んで引っ張る。

「あ、ごめん。どうも自分が女の子だというのを忘れてしまって…。」

「え?」

 アンドレが「何それ?」みたいな顔をするので、僕が一年前まで男の子だったことを教えた。

 父様が丁度一年前にアズラィールと撮った写真をスマホで見せた。

「なぜ二人とも子供なのだ?」

「あ、アズちゃんは百三十年前に一回戻って、途中でこっちに来たからね。僕は、アンジェラの愛が強すぎて女の子になっちゃったんだよ。しかも、合わせちゃったのか大きくなっちゃって。」

 僕としてはなるべく触れたくない話題である。別に元々男が好きだったわけではないし。


 バーベキューの食材に火が通ってきたころ合いを見て、皆裏庭に出てきてわいわいがやがやと楽しくひと時を過ごした。

 皆同じ顔なのに、不思議と個性があふれている。

 父様のポヨンに始まり、おじい様の厳格な雰囲気、アズラィールのしっかり者、僕の事を崇拝する徠神、メタボでお人よしの徠央、今どきの中学生な徠輝、同じくらいの年なのに華奢で静かな左徠。そして、ワイルド系筋肉親父のマルクス。

 皆、すごく違って面白い。

 午後四時、バーベキューもお開きに近づいた頃。

 夜に実行予定のニコラス司教回収のため僕は仮眠を取ることにした。

 アンジェラが片付けておくからと言ってくれて、僕だけ先に部屋に戻った。


 僕はすぐに眠りに落ちた。

 それは、どれくらい時間が経ったかわからない頃だった。眠っているのか、起きているのかわからない感覚の中でそれは起きた。

 唇に激しいキスをされ、下着を脱がされた、あっ、いやだ。こっちの家ではそういうことはしないって約束したのに…。

「や、やめ…て。」

 小さい声がやっと出た。その時、バンッと激しくドアが開き、僕の上に乗ってる男の顔を、入って来た男が殴り飛ばして言った。部屋に入って来たのは、アンドレだった。僕にスマホの使い方を聞こうと思って部屋の前まで来た時に声が聞こえたらしい。とっさに突き飛ばした様だ。

 アンドレが殴られた男に怒鳴る。

「お前は、誰だ?何をしている。」

 ベッドの脇に落ちた男は、全裸で、口元の血を手で拭いながら立ち上がった。

「…。キャー。」

 騒ぎに驚いたアンジェラがすごい勢いで飛んできた。

「なっ、お前、徠人なのか?」

 徠人は背格好も髪型も、全てがアンジェラのコピーの様になっていた。

 ライラの言う通り、アンジェラになるために(さなぎ)になっていたのである。

 全身何かぬるぬるした液体で濡れている。

 アンジェラが僕の手を取って引いた。ベッドの上で手を伸ばしている僕の首を徠人が掴んで薄ら笑いを浮かべて言いながら、首を絞めた。

「お前に渡すものか…。」

 アンドレが徠人の手首を両手で掴んで折った。

 徠人が苦痛に呻きながら床を転げまわる。

 僕はどうにか助かったらしい。アンドレは僕を父様のところに連れて行った。アンジェラは徠人をガムテープで拘束した。


 まだ、あと一年は大丈夫だと思っていたのに、徠人は僕を殺そうとした。

 しかも、僕を自分のものにして、それから殺そうとした。

 僕には立ち直る時間が必要だった。一人で考える時間。愛する人と距離を置く時間。

 その前にアンドレにお礼を言っておかなくちゃ。アンドレの部屋に行った。

「アンドレ、ありがとう。アンドレがいたから助かったんだと思う。そのために、僕を生かすために、アンドレがここに来てくれたんだと思う。」

 アンドレの目が青い炎で包まれ、体が青く光った。

 アンドレが覚醒したのだ。

「青く光ったから、何かに変化(へんげ)したり、翼が出せたりするかもね。アンジェラと同じ。

 やさしい気持ちも、素敵なところも。アンジェラと同じ。」

「リリィ…。」

 アンドレが僕の手を取った時、アンドレの目が青くまた光り紫に変化した。

 彼の能力を僕も取得したのだろう…。青と紫…本当にアンジェラと一緒だ。

 口で説明するのが辛かったから、記憶のコピーをアンドレに渡した。僕とアンジェラのことも全部。それを見た後で、アンドレの涙がこぼれた。

「ごめんね。僕、しばらく一人になりたい。みんなにもそう伝えてくれる?」

 気持ちが落ち着くまでと言って、その場を後にした。


 徠夢はアンジェラに言われて、徠人の手首の骨折を治した。

 徠夢は徠人の体を拭き、パジャマを着せベッドに寝かせた。

「殺さないでくれよ、僕の子供だぞ、大切な…。」

 徠人は目を開けていたが、何も反応しなかった。聞こえているのかもわからないようなうつろな目だった。


 その日の夜から、リリィ=ライルのスマホの電源も入らなくなった。


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