74. 最初の予言者とユートレア王
日本の朝霧邸に着いて、まず行ったのは五百年前のドイツに着て行く服の選定だ。
アンジェラが、僕たちの普段着は五百年も過去のドイツでは目立つのだと言う。
アンジェラとアズラィールが薄手のマント型のコートを上に着ることで隠すことにしたが、ネットで検索すると五百年も前だとある程度の身分の男たちは、「タイツ」を履いている。
黄色だったり、柄物だったり、趣味の悪いレギンスみたいな感じだ。
さすがにアンジェラはそれを拒絶した。
女性の服装はシンプルな長袖の今でいうマキシ丈のワンピースだ。
長いワンピースがなかったので、母様のクローゼットから緑のパーティードレスを拝借した。
上に短い薄手のカーディガンを羽織って腕を隠す。
アンジェラとアズラィールの手を取り、意識を集中し、あの繭から出てきた中で一番古い人物のところへ転移する。
夜だ。石畳の町、町外れなのか、話し声もほとんど聞こえない。
物陰に隠れていると、偉そうな司祭風の恰好をした青年が三人の部下を伴って歩いてきた。
若いな…。二十代前半か。変な帽子もかぶっているが、あれはどう見ても僕らと同じ顔の主だ。
あれが最初の予言者と言われる者だろう。
その四人は特に会話をするでもなく、真っすぐに少し進んだあと、左の路地へ曲がり、その後は突き当りの教会の入り口へと入って行った。
僕はアンジェラとアズラィールに話しかけた。
「捕まってる風じゃないよね?」
「あぁ。どちらかというと首謀者に見えるな。」
「確かに…。」
僕らは奴らの後をつけた。
教会の中に入った彼らは、最初に打ち合わせのために少し広い部屋に集まり、手順を説明しだした。僕らは、その部屋の隣の部屋に隠れて話に聞き耳を立てた。
中には他にも打ち合わせに参加している者が何人かいる様だ。
司教と呼ばれていた男が声を荒げて他の者に怒りをぶちまける。
「お前たちは、ただ黙って自分たちの妻や子供や親たちが焼き殺されるのを待てと言うのか!」
「しかし、司教様…もし本当に彼らが残りの印のある者を見つけ出して生贄にしてしまったら、この世の終わりです。」
「そうです。司教様。なんとか家族を取り戻し、儀式も行わないようにできないものでしょうか…。」
「そんな事ができたら、今こんなに苦労はしていない。もう陛下の指定した期限は今夜二十四時と迫っている。それまでに悪魔の体の召喚と破壊の天使ライラの召喚を行う。わかったら準備を進めろ。いいな!」
僕たちは一度その場を出て、そこから散って行った司教や司祭たちの中から一人を選んで後をつけた。
その青年は教会の裏手に広がる集落のうちの一軒に入って行った。
家の中は争った後なのか家具が散乱しており、血の流れたような痕もあった。
「どうしよっか…。なんだか人質を取られて脅されてやってる気もするけど、それにしても何も考えてないよね。」
「そうだな。しかし、彼らは非力だろう、リリィに比べたらな。」
「アンジェラ、リリィ、これは難しいところですが、手を出しては歴史が大きく変わり対応が逆に難しくなる場合もあります。」
「正論だよね~。」
「とりあえず、司教は自分が生贄になるって知ってるのかな?」
「知っていると推測されます。残りの印のある者って言ってましたからね。それは、自分以外のという意味でしょう。」
「アズちゃんあったまいい~。」
僕が思わずアズラィールの頭をなでなでしたら、アンジェラが僕の手をバシッと掴んで止めた。
ふふっ。アンジェラ、かわいい~。やきもち妬いてるんだ…。
「あ、そうだ。破壊の天使ライラの召喚って言ってたよね。面白そうだね。」
「面白がってる場合じゃないですよ。」
「ごめん。」
僕たちはさっきの教会の奥の小さい部屋に潜んで時を待った。
深夜二十四時まであと一時間ってところで、動きがあった。
暗い教会の祭壇の前にろうそくで灯りを取った場所にあらかじめ魔法陣が書かれている。
あの青い魔法陣だ。もしかして、外は建て直されてるけど、マルクスがいたところと同じ教会かもしれない。
ろうろくの灯り以外真っ暗なのを利用して、信者が座る椅子の陰に転移して見やすいところに移動した。キラキラがあまり出ませんように…。
そこへ、生贄のヤギとパンなどが運び込まれた。え?生贄ってヤギ?
司教と司教の着ている服と色違いの服を着た者が四人入って来た。
司教が中央、他の四人で魔法陣を四隅で囲む、既視感のある状態だ。足を縛られたヤギを中央に置き、他の食べ物が台の上に置かれた。
四人の司祭達が何言ってるかわかんない言葉で何かを唱え始めると、ヤギが苦しみだした。
暴れるヤギを押さえつけ、司教が短剣でヤギの腹を裂く。うぇ~、キモイ。
司祭は裂いた腹の中から青い炎に包まれた黒い球を取り出し、掲げる。
あ、あれじゃん。魂の核。しかも黒。
掲げた黒い核が浮き上がり二メートルほど上に移動したところで、核に向かって雷が落ちた。
ひえっ。ホラーだ。
魂の核に落ちた雷から出た黒い靄が核の周りに纏わりつく。それが大きくなり、最後には人の形になった。グレーの羽をつけたまさしくライラの顔をしたそれは、天使と呼ぶには抵抗がある容姿をしていた。手には黒い爪が伸び、髪は先が蛇で何匹も絡まり、周りを威嚇している。
ライラの目は白目が黒く黒目が赤く、瞳孔が縦長でまるで蛇の様だった。
ええっ、目を見たら石になっちゃうんじゃない?こわい。
司教がライラに話しかける。
「破壊の天使ライラよ、我々にその力を貸し与えよ。
この下界に飛び散った天使のかけらを集め、封印の間の悪魔ルシフェルを復活させよ。
さすれば、お前の呪いを解いて、元の姿に戻してやろう。受けるか、受けぬか。今すぐ答えよ。」
「受けぬ。私が欲しいのはその様な物ではない。」
「では、何が望みだ。」
「私は私の姉を望む。」
「姉、天使アズラィールはもういないのだ。」
「いや、感じる。すぐそばにいると。」
「その姉をどうするつもりだ?」
「独り占めしたいのだ。誰にも渡さない。それだけが望みだ。」
「しかし、その姿では姉君は恐れてしまうのではないか?」
「…。」
「呪いを解けば、きっと姉君もわかってくれる。さあ、どうする。我々に力を貸してくれぬか?」
「わかった。いいだろう。」
ライラが承諾してしまった。
魔法陣から青い光が浮かび上がる。司教がヤギが、光に包まれた時、あの玉座のある部屋がその魔法陣の上に現れた。ライラが一瞬消え、悪魔ルシフェルの体を持って戻って来た。
玉座にその体を座らせる。
そして、ライラが司祭に言った。
「お前が一番目だ、わかっているのか?」
司祭は黙って頷いた。
「そうか、苦しまないようにしてやろう。」
ライラは邪悪な目を見開き、ヤギの角を手で折るとそれを杭へと形を変え、司教を一番左の席に座らせると、杭を胸に打ち込んだ。
思わず目を覆った。
次の瞬間、玉座のある封印の間が魔法陣の中に吸い込まれるように沈んでいく。
ライラは魔法陣の光が収まると同時に姿を消した。
その一部始終を脇から眺めていた男が二人魔法陣に近づいていく。
その一人が司祭服を着た弟子たちに言った。
「残りの者の見つけ方と送る方法をこれに書き込み持ってこい。持ってきたら人質は解放してやろう。逆らえば、お前達も一人残らず殺す。王の命令だからな。」
弟子たちは黙ったまま頷き、翌日の正午までに城に行くと言った。
僕たちは一旦小部屋に戻り作戦会議を行う。
「ねぇねぇ、あのライラはヤバいね。あれ、見たら石になっちゃうやつにそっくりだったよ。」
「でも、どうしたらいいんでしょうか…。」
「その王様、どこの誰か突き止めようよ。」
「リリィ、大丈夫か?」
「アンジェラ、いざという時は、あの十字架攻撃でやっつけるから、大丈夫だと思う。」
「え、何なに?十字架攻撃って…。」
アンジェラが今朝の泥棒の写真をスマホで見せる。
「うわっ、エグイ。ナニコレ?」
「僕のパンツに手をかけた罰さ。」
みんな余裕の笑顔である。
待ってるのもなんなので、すぐに次の日の朝に転移した。
司祭服を着た者たちが移動を始める。
司祭服の下に短剣を隠し持っている。いざという時反抗するつもりなのか…?
十分に一度場所の確認をする。一時間ほど歩いた先にお城が見えてきた。
後で、現代に戻ってから場所を確認しよう。
小さな城は、全体を城壁に守られ、町は城壁の外にあった。
RPGゲームに出て来そうな城だ。
謁見の間に通された一行は昨日約束した本に必要な事を書き込み持ってきた。
そして、家族の開放を要求したのだ。
しかし、王はそれを拒否した。
「まだ、全く望みもかなっていないのに、返せと言うのか?」
「しかし、お約束したではありませんか…。」
顔をあげた王様の顔を見て、あ、あれ?あの王様の顔って…。ア。アンジェラ???
三人とも目が点になっている。
いや、もしかしたら徠人?アンジェラが人質を取るとか考えられない。
混乱しつつ、僕は一つ賭けに出ることにした。
目的を探ろう。あの王の寝室に行って、寝ている時に意識の中にもぐりこんでみよう。
その日の夜、遅い時間に三人で城内へ転移した。
王の寝室へ転移する。
寝台の上でよく眠っている様だ。三人で王の背後に周り、二人の手を左手で持ったまま王の首筋に右手を当てる、まずは記憶が入り込んでくる。情報を二人に共有する。
夢の中へ入り込み、何が目的でルシフェルを復活させようとしているのか探る。
夢の中の風景が鮮明になってくる。あ、ここは僕が前世で殺された湖?
ルシフェル目線で事が運ぶ。この王は、きっと、アンジェラ、いやルシフェルだ。
夢の中での惨事のあと、夢の中で夢を見ていた王が、涙にくれながら自分の私財を投げうって死んだ者の復活する方法を探している。
「リリィ、待っていておくれ…。必ず二人で元の世界で暮らせるようにするから…。」
僕たちは茫然と立ち尽くした。
この王はルシフェルだ。リリィと元の世界に帰るために必死で悪魔を復活させようとしている。
それが、どういうことなのか知らずに…。
多分、この王はいずれ命を落とし、また別の人間に生まれ変わる。それがアンジェラかどうかはわからないけれど。
僕は涙が止まらなくなった。
「説得してみるから、僕に時間をくれないかな?」
アンジェラは心配したが、僕は二人を一旦現代のイタリアの家に送り、アンジェラが描いた絵を一枚もらって、自分だけ王の部屋に戻った。王の名前はアンドレというらしい。
アンドレ王の背中の方に周り、声をかけてみる。
僕は翼を出した人間の状態で、いつものふわふわの服を着ている。
まずは、アンドレが日本語を理解できるように、勝手に言語の情報を背中経由で流し込む。
「ねぇ、アンドレ。アンドレ…。」
王はガバッと身をひるがえすと、剣を手に取り鞘から抜いた。
「…っ。お前は誰だ?」
アンドレの目が大きく見開かれ、僕を見る。剣の先が僕の喉元に突き付けられている。
「リリィ。」
「私に何をした?こんな幻覚を見せるなど、お前は魔女か?悪魔か?」
「僕は魔女でも悪魔でもない。リリィの生まれ変わりだよ。」
「生まれ変わりだと…。」
「僕ね、五百年後から来たんだけど、自分たちが狙われてて、その理由を探しにここまで来たんだ。」
「五百年後だと…。ふざけるな。」
「ふざけてないよ。僕の愛する人とようやく結ばれて幸せに暮らすことができそうなんだ。それを壊したくない。」
僕は黙ってアンジェラの描いた絵を差し出した。
「こ、これは…。私ではないのか?」
「ごめん、それはアンドレじゃない。」
かなりショックを受けてそうなアンドレ、どうやって人質にしている人を解放してもらえるか切り出したらいいか、僕は思案していた。
剣を構えたまま、アンドレが僕に問いかける。
「私はまだ信用してはいない。私が納得できるものを見せてみよ。」
「それは、僕が五百年後から来たとか言うのが信じられないって話だよね?」
「そうだ。」
「じゃあ、連れて行ってあげるよ。見てから判断したらいいと思う。納得したら戻ってくればいいし。」
「…。」
「あ、でも王様が急にいなくなったら大騒ぎになっちゃうからさ、ちょっと出かけてくるから心配しないでって言ってきてよ。」
「…わ、わかった。ちょっと待て。お前はそっちの陰に行っていてくれ。」
「うん。」
カーテンの陰に隠れるように言われたので、隠れた。
アンドレ王が従者を呼ぶ、三人の従者が現れ、その人たちに王はしばらく城を離れると言った。
従者を部屋から出すと、さっきよりも穏やかな顔でアンドレ王は僕に話しかけた。
「おい、さあ、お前が言った通りにしたぞ。お前も約束を守れ。」
「うん、いいよ。でも僕はリリィだから、覚えておいてね。じゃ、手を貸して。剣は置いて。」
「…。」
アンドレは半信半疑だったが、僕の言うことを聞いてくれた。
イタリアの家のベッドルームに転移する。
「あれ?いない…。あ、アトリエかな?」
僕がアンドレの手を引いたまま、階段を上ってアトリエに移動する。
「アンジェラ~。」
「おかえり、リリィ。大丈夫だったか…って、うしろのそれは、もしかして。」
「あ、ごめん。信用できないっていうから、とりあえず、連れてきちゃった。」
アンジェラとアズラィールが二人でキョドッている。
そうですよね~。ちょっとまずかったかな~。
手に持ってた絵をアンジェラに返す。
アンドレが、アトリエに飾ってある絵を見て、固まっている。
「こ、これは…。」
「あ、それはね、ここにいるアンジェラが描いてくれた僕とアンジェラの絵だよ。少し前に有名な画家だったんだよね。」
「で、この者達は…。」
「あ、こっちの大きい方がアンジェラ、僕の夫で、こっちの金髪の方がアンジェラの父でアズラィール。」
「アズラィール?」
「そう、僕と同じ核を持ってる一人だよ。現世ではひいひいひいじちゃんだっけ?」
「それは余計だろが。」
「てへ。」
「あ、そうだ。アンドレ。これからアズラィールを日本の家に連れて帰るけど、一緒に行ってみる?」
「日本の家?」
「そう、元々僕たちみんな日本っていう遠い国に住んでて、アンジェラと僕は結婚したばかりでイタリアのこの家に住んでるんだ。行ってみたいなら連れて行くけど、どうする?」
「リリィ、先に徠夢に電話してからの方がいいんじゃないか?」
「でもさ、電話すると怒りそうじゃない?ちょろっと行って、ご飯だけ食べて戻ってくるようにしようよ。」
僕は、アンドレの着ている物を、アンジェラの洋服に着替えるようにお願いして、準備ができたところで、僕がアンジェラに抱っこしてもらい、両手でアズラィールとアンドレと手を繋いで転移した。
日本の僕の部屋に転移した時に慌ただしく部屋のドアが開いた。
「ライル~!でかいのがどうして増えてる?」
ライラだった。
「そのでかいのっていうのやめて。アンジェラと、こっちがアンドレ。わかった?」
「???」
「ほら、ライラ。ごはん食べよ。皆で。ね。」
「うん。ごはん。」
なぜか僕はアンドレと手をつないだままダイニングに…。
「リリィ、もう手を繋いでなくても歩けると思うぞ…。」
アンジェラに言われてしまった。そうでした。そうでしたとも、いつもアンジェラと繋いでいるつもりで、手を繋いでました。
ダイニングで、ご飯を食べることにした。
トイレの場所とかをアンドレに教えて、手を洗ってからダイニングへ…。
父様とおじい様が食事中だったので、合流する。
父様の横にライラを座らせ、その隣にアズラィールに座ってもらう。その横にアンドレを座らせて、僕が座り、アンジェラが座った。
「リリィ、それは一体誰だい?」
アンジェラが二人いてビビった父様が手を挙げて質問をした。
「あ、ごめん。いうの忘れてた。五百年前のユートレア王国だっけ?の王様で、アンドレさん。あ、アンドレ。こっちは僕の父様で徠夢って言うんだ。」
「同じ顔が何人も?」
「あ、そうなの。実はここにいるのは同じ核を持っている人間ばかりで、ほら、アンドレが昨日無理に司祭にやらせた儀式あったじゃない?あれで捕まえられて閉じ込められてた人たちを今ここで集めてるの。でもみんな違う人間に生まれて来ていて、性格もバラバラだからね。」
「あ、そういえばアンドレって何歳?」
「十八だ。」
「えー若いね。その割に王様の威厳あるね。アンジェラはね百三十二歳。アズラィールは本当は三十四歳だけど、見た目は二十歳。」
「それ、余計な情報だと思うけど。」
「そう?」
「ライラも。」
「あ、そうそうライラはね、生まれて半年。私のかわいい妹。ね?」
「かわいい?」
「そう、かわいい妹。でしょ?」
「うん。」
ライラが満面の笑みで料理を食べまくる。
「アンドレの口に合うかわからないけど、何か食べてって。」
「…。」
適当に皿に盛って、目の前に置いてあげる。
父様に今日はご飯食べたらアンドレを送って行って、その後イタリアに帰ると伝えた。
ごはん食べている時に、ダイニングのTVをつけて、ライラがアンジェラのミュージックビデオを見せた。
「でかいアンジェラの新しい歌。」
「そうそう、かっこいいね。」
「まぁ、悪くはない。」
「ライラ、素直じゃないな~。いいものはいいって言ってあげないと。ライラもかわいいって言われたらうれしいでしょ?」
「うん。でかいアンジェラ、歌おじょうず。」
「…ありがと。」
皆で爆笑した後で、部屋に戻り、アンドレに家に送って行くから、一回イタリアに行って着替えるように言う。
その時、アンドレが口を開いた。
「私もここにいてはダメか?」
「でも、アンドレは元居た場所で困ってないじゃない?ここに来ているのは、連れて行かれて元の場所に居場所がなかったり、戻ってもまた命の危険にさらされる人なんだよ。」
「…。」
「ん…でも、父様がいいって言えば、大丈夫だと思うけど…。」
「…。」
「ここでいいの?僕はここにはいないよ。」
「お前は、ここにいないのか?」
「今、結婚したばかりで、イタリアに住んでるからアンジェラと。」
「…。」
「とりあえず、一回お城に帰ってね。あと、そうそう。ルシフェルの復活をやめさせてほしいの。」
「でも、悪魔を復活させなければ、リリィは生き返らない。」
「やっぱり、僕を生き返らせようと思ってたんだ…。ちょっと待ってて…。」
僕はアンジェラを呼んで。部屋で三人で話をした。
「僕たちも少し時間がかかったけど、やっと巡り合えたんだよ。見てて、アンドレに前世の記憶があるなら、僕たちが何者かわかるはず…。」
僕はアンジェラのチョーカーを外し、アンジェラとキスをした。
二人の体は白金色の光の粒子に包まれ、光を放ち、翼が生え、天使の姿へと変わる。
「これでも信じてもらえない?」
アンジェラは何も言わず、アンドレの額にキスしてあげてた。
アンドレの目から涙があふれ出る。
「でも、でも私だって幸せになりたい。」
僕はアンジェラのチョーカーを戻し、自分も元に戻ると、アンドレに提案した。
「ごめんね。アンドレとは恋人にもなれないし、結婚も出来ないけど、お友達ならなってもいいよ。ね、アンジェラ?」
「あぁ。」
「だからさ、一回帰って、人質を解放してあげて。じゃないとアンドレまで恨まれて殺されちゃうかもよ。あの司祭の服着てた人たち、短剣持ってたもん。
できるだけ、僕が守ってあげるから。ね。一週間のうち、一回とか、二回とか遊びに来たかったら迎えに行ってあげるし。」
「アンドレ…。私が言うのもなんだが、リリィは、お前も私も同じように愛しているんだ。
かといって、渡さないけれどな。結婚したのは私だからな。」
「さぁ、二人とも、帰ろう。」
僕はイタリアに転移し、アンドレの着替えが終わったらアンドレをあの城の王の部屋に連れて行った。
「アンドレ、お願い。人質を解放して。明日、またここに話を聞きに来るから。」
アンドレの寂しげな瞳を見るとかわいそうになってくる。頬に小さくキスして、僕はその場を去った。
翌日、アンドレの部屋を一人で訪ねる。
アンドレはもう寝台に横たわり、寝ている様だ。
また、寝台に近づいた時、アンドレ王の命を狙う者が室内に侵入しており、短剣で王を刺そうとしているところだった。
「アンドレ!」
僕は慌ててアンドレの上に翼で飛び、短剣は僕の背中に突き刺さった。
アンドレは、それを見て目を見開き、叫んだ。
「りりィ、何故だ!」
「大丈夫、まだ生きてる。おいで。アンドレ。」
刺した男は司祭服を着ていたうちの一人だった。
目の前に飛び出した天使に驚き、腰が抜けている様だ。
アンドレが僕の手を握った時、僕は日本の家の父様の部屋に転移した。
「父様、助けて…。」
僕はその場にバタッと倒れ、意識を失った。
僕が意識を取り戻すまで二日間かかったらしい。
自分が目覚めてからは自分で治癒を行った。
父様がアンジェラに電話で知らせておいてくれたらしい。
アンドレは憔悴しきった様子で客間にこもっているらしい。
「ちょっと行ってくる。」
父様にそう言って、アンドレの使っている客間に転移する。
「アンドレ…。」
「リリィ、生きているのか…。」
「あ、うん。言うの忘れてたけど、父様と僕はちょっと変わった能力が使えて、怪我を治せるんだ。。生きていれば、だけどね。」
「よかった。」
「僕もね、ちょっと反省したよ。アンドレが殺されそうになって、本気であんな所に置いておけないって思った。こっちに住んでいいよ。みんなと仲良くすることが条件ね。あと、人質解放。」
「いいのか?」
「いいよ。でも時々帰って王の仕事した方がいいんじゃないの?あと、奥さんとか子供はいないの?」
「いない。私はリリィ意外とは結婚する気はない。」
「すごいデジャブだわ。アンジェラと同じこと考えてるんだね。」
明日、もうちょっと体調が戻ったら、一度お城に帰って人質解放と儀式の中止を求めることになった。滞在先はとりあえず日本のこの部屋がいいかな。アズちゃんもいるから、面倒見てもらった方がいいし。
あと、過去と現在の二重生活になるけど、他言無用だと伝えた。
翌日、お昼ご飯を食べてから、戻りたい時間帯を聞いた。
「いつでも大丈夫だよ。朝でも、晩でも、夜中でも。」
「では、朝の十時ころにしてくれ」と言われ従う。
王の部屋の中に転移すると、外は慌ただしかった。
「王がいない。」と騒いでいるのだ。
「アンドレ、とりあえず、急いで部下呼んで、打ち合わせ通りに言っちゃって。ね」
アンドレは打ち合わせ通り、人質の解放、儀式の中止を部下に命令し、これからは週に多くても二回のみ戻って公務を行い、それ以外は別荘で暮らすと家臣に言ったのだった。
その日の夕方迎えに来ると約束して僕はその場を去った。
夕方、アンドレの部屋に行ってみたが、彼は部屋にいなかった。
彼のいる場所に転移すると、反逆者=教会関係者に拘束されていた。
人質を解放しても、尚彼を許そうとしない人たち…。薄暗い教会の地下牢の中で痛めつけられた傷だらけのアンドレを見て、僕は怒りに震えるような感情を持った。
アンドレに触れると誰に傷を負わされたかがはっきりとわかった。
「許さない…。」
アンドレは瀕死の状態だった。その場で傷を癒す。
「うっ…。」
「ごめんね。一緒にいればよかった。もう置いていかないよ。」
僕はアンドレに長いキスをして約束した。
「ここにいたら殺される。それならこんなところにいる必要はないよ。王様じゃなくなってもいい?」
「あぁ、君さえいてくれれば…。」
「わかった。じゃあ、一発脅してから僕の家に帰ろう。」
僕は翼を出し、輝く天使になった状態で、アンドレをお姫様抱っこして、教会内の祭壇の前、たくさんの信者たちが集まっている所に転移した。
キラキラ多めで、嵐を伴って…。
その場にいた人々が皆どよめいた後、ひれ伏す。
「この者に怪我を負わせた者は前に出ろ。」
誰も出てこない。ですよね~。
「人を傷つければ、自分もその代償を払うのだ。神からの裁きを受けよ。」
僕が手を上げ、振り下ろすと雷が落ち、一人の司祭服を着た男が雷に打たれた。雷はそのまま教会の床に突き刺さり光の集合体でできた十字架となり、その男を床から生えた茨が十字架に拘束する。めちゃくちゃ便利な能力だ。
「他にはいないのか?」
誰も名乗り出ません。ですよね~。
「わからないとでも思っているのか?」
続けて三回、村人たちを同じように貼り付けにする。
「さぁ、王が何をしたか言ってみろ。皆をすでに解放したではないか。それ以上何を望む?」
その時、逃げ出そうとする男が見えた。僕が手を振ると手から光の集合体でできた矢が出て
その男を教会の壁に突き刺す。
「これ以上王に手を出すな。さもなくば、お前達の命はない。いいな。」
「お許しください、天使様。司教様がいなくなってしまい、皆動揺しているのです。」
村人の一人が口を開いた。
「ほぅ、そもそもこれはあいつが蒔いた種であろう?変な予言などをして、王を混乱させたのだから。」
「しかし…。」
「しかしも何もない。悪魔の復活などあってはいけない。必要もないのだ。」
アンドレがうつろな目で僕を見て、小さな声で言った。
「もういいよ。私が悪いのだから。」
「アンドレ…。」
僕は最後にそこにいた連中に儀式を行わないように念を押し、その場を去り城に行った。
アンドレが家臣達に最後の別れを告げる。
「私のために…いままでありがとう。私はこの天使と共に行くよ。」
「陛下…。」
「すまん。後は頼む。」
僕はアンドレを連れて日本の家に転移した。
血で汚れた服を脱がせ、お風呂場で体を洗ってあげた。
アンジェラの服を部屋から持ってきて着せて、髪を乾かし、ベッドに寝かせた。
安心した表情で眠るアンドレを見ていたら、涙が出てきた。
「ここで安心して暮らせるといいね。」
その時、アンジェラから電話がかかってきた。
「リリィ、どうしたんだ?連絡がないから心配で…。」
「うん、アンドレが殺されそうになってて、連れて帰って来た。」
「そうか。」
アンジェラはわかっていた様な返事をした。そして、アンドレが気が付いたらイタリアに一緒に連れてくるように言った。
三時間ほど経ってアンドレの意識が戻ったあと、アンジェラが呼んでるからと伝え、一緒にイタリアに戻った。
アンジェラは複雑そうな顔をしたけど、不思議な事があるんだよと言って笑った。
「リリィ、結婚式を挙げた別荘に私とアンドレと一緒に行ってくれないか?」
「うん、いいよ。」
僕は二人を連れて転移した。
アンドレは目を見開いてアンジェラの服を引っ張る。
「ここは…。」
「そう、ここは私の別荘でもあり、アンドレの城じゃないか?」
「間違いない…。」
「え?マジで?でも、こんな川の中州になんかなかったじゃん。」
「リリィ、五百年も経てば地形も変わるよ。」
「何でわかったの?」
「この城をもらった時の話をしただろ?オペラの劇場の火災の話だ。
その時に助けた王族が先祖の話をしてくれたんだ。自分は天使で、恋人の天使と一緒になるために王座を譲ると行って消えた王がいるってな。天使に助けられたのは何かの縁かもしれないからって、その天使と共に去った王が使っていた城をくれたんだ。通称、天使の城なんだとさ。」
「え?偶然じゃなくて、こっちに連れてくることになってたってこと?」
「そうだろうな。」
「何で思い出したの?」
「この前忍び込んだだろ、五百年前の城に。あの時、王の寝台の側に行ったよな。」
「うん。」
「この城の王の間はそのままにしてくれと言われていて、そのままなんだよ。さすがに見たことあるな~って思ってさ。」
「中に入ってもいい?」
「あぁ、もちろん。」
中はそれなりに近代風のアレンジがされていて、普通に生活できそうな状態だったが、三階の王の間は、掃除は行き届いてはいるものの、当時のまま保存されていた。
アンドレはアンジェラに抱きついて泣いていた。
アンジェラはアンドレにその城に住んでもいいと言ったが、アンドレは一人は寂しいと言い張り、結局のところ、イタリアの家の何も入っていなかった部屋に家具を入れて寝室を作り、そこに暮らすことになった。