72. 作戦会議(2)
七月九日土曜日。
今日は日本時間の早朝に合わせて、一度日本の朝霧邸に向かい、父様とアズラィールを連れてイタリアのアンジェラの家に戻って来た。
何かあった時にアンジェラ一人だと心配だからである。
今日の目的は、以前触っただけで転移してしまった「悪魔信仰」の本について、もう少し細かく調べてみようということになったからだ。
三人でアンジェラのアトリエに少し大きめのデスクを配置して、着手開始だ。
アンジェラが以前起きたことを父様とアズラィールに説明する。
「まず、この本がそれで、このページを触ったら転移したのです。」
アンジェラが、儀式を行う玉座のある部屋を描いた絵のあるページを開いて二人に見せた。
そこのページまでに書いてある内容をアズラィールが読んで説明してくれる。
「ほう、なるほど。ここに書かれているのは、伝説ということになっていますね。
はるか昔の神の国で、双子の大天使ルシフェルとミシェルが、一人の天使を愛してしまったために起きた悲劇の話…。」
「う、妙に聞いたことのあるような内容だね。」
父様は半笑いでアンジェラを見る。アンジェラは目が泳いでいる。
「それで、ルシフェルとその天使はお互い愛し合っていたのだが、それに嫉妬したミシェルが思い余ってその天使を殺してしまう。これ、前に聞いたのと同じですね。」
「そうそう、アズちゃん、僕が転移した時に見た光景だよ。」
「えーと、ルシフェルは、あまりの悲しみに一瞬にして悪魔に変わってしまった。と。
それで、殺された時に砕け散った魂のかけらが下界に落ちて行くのを、ルシフェルは自分の魂を体から抜き取り飛び散った恋人の魂のかけらの落ちた方に自ら投げ、後を追った。」
アズラィールがページをめくった。この間は読み飛ばしてしまったのだろうか、絵だけが両方のページに描かれていた。左には双子のルシフェルとミシェルの絵と、右には愛と生と死の天使「アズラィール」と双子の破壊の天使「ライラ」。
「これって、思いっきり僕たち全員が対象ですかね。」
「マジか…名前まで被ってるし…。」
「魂のかけらの数だけ僕たちがいるってことでしょうか?ん…微妙な話ですね。」
更に次のページに進むと、僕が転移した原因になった絵があった。
「ライル、いえ、りりィですね、今は…。この絵に何かあったんですか?」
「あのね、その絵の場所に誘拐されてた人が杭で打たれて閉じ込められてたんだ。絵を見た時に思い出したけど、それまではすっかり忘れてた。そして、玉座みたいのがあって、そこに悪魔になりかけてる角の生えたルシフェルの体が座らされてた。」
思い出せる限り、僕は説明した。玉座の横には妃用の椅子があり、それ以外には十二脚の石の椅子になっていて、十二のうち九が埋まっていたことを。
アズラィールが次のページを開く。
「ん?この絵ってライルが美術館で転移してしまった時に見た絵じゃないですか?」
「あ、ほんとだ。写真でしか見てないけど…。」
説明のところをアズラィールが読み上げる。
「己の野望を実現したい者は悪魔の力を借りよ。悪魔を復活させるには、破壊の天使ライラを召喚し、全ての魂のかけらを持つ者を集め、その能力を一つにせよ。その時、悪魔は良心のない無慈悲な者としてこの世に復活し、召喚者の全ての望みを叶えるであろう。叶えられる望みはただ一つ。」
アズラィールがここで、疑問があるという。帰還した朝霧家の子供たちの中には覚醒していない子が二人いた。それでは、十二にならないのではないか…。
僕は思い当たることを話した。
「この本に書かれていることを実行するなら、覚醒した魂のかけらを持つ者を拉致して、この玉座のある部屋に送らねばならないと思うのですが、僕には他の覚醒者の能力をコピーしてしまう能力があります。もしかしたら、足りない分は、アンジェラや徠人の分で数が合ったのかもしれません。父様やアズラィールの能力は僕も使えていたので…。」
その可能性は高い。そこで、また疑問だ。僕は、多分ミシェルの生まれ変わりである徠人がなぜこの世界に、しかも僕らに関わっているのか…。自分で殺しておいて、まだ足りないのか?
アンジェラが悲しい顔をしてつぶやく。
「私がりりィをあきらめられないのと同じで、きっとあいつも前世からずっとあきらめられないんじゃないか…。」
重すぎる…。解決の糸口がない無限ループだ。自分のものにならなかったら、また殺す。
「でも、じゃあどうして徠人は急にライラに執着したんでしょうか?」
「あれは、ライルを見つけるためだと思う。」
父様が真剣な顔で言う。ライルがいなくなって、ライラがライルなのかと皆が思っていたけれど、徠人の態度は極端だったというのだ。なるべく他の者に接触しないようにさせ、ライラの機嫌を取り続けた。家族の前でライラが返して欲しいかと聞いたのもそのせいかもしれない。
アズラィールが口を開く。
「ライラはライルの首を絞めたり殺そうとしてただろ?あれは何だと思う。」
「この前、ライルはライラのもの。とか、元々一個だから一個になる。とか言ってたな。殺して食べちゃう気じゃないよな?コワすぎ。」
父様が、最後に首をかしげて問う。
「召喚したのが、その変な宗教団体なのか?ライラは召喚されてそうじゃないよな…。」
「父様、そうですよね。ライラは誰かの言うことを聞いているようには見えません。それに、元々僕の脳の中にあった腫瘍状の双子の細胞がライラだったのは確かですが、ライラの魂は鈴に入っていたものが、僕に入り込んだんです。しかも、たまたまアンジェラの変化の能力を使った際にライラの意識に押し切られて、自分の体を自分の意識が支配できなくなりました。」
そう考えると、別々の体に存在している今が、特別なことなのだろうか?
とにかくライラは要注意だ。使える能力も嵐と翼で飛ぶことと赤い目を使う以外にはよくわかっていない。
「あ、そうだ。話はそれますが、アンジェラは新しい能力を手に入れたようですよ。」
「え?聞いてないんだけど…。」
アンジェラがキョトンとして首を傾げる。はは、かわいい。
「あ、ごめんね。色々ありすぎて忘れてたよ~。」
「で、どんな能力なんだい?」
僕は、アンジェラの了解を得て、彼のチョーカーを外した。
僕たちの目の前に光の粒子を纏い、白金色に輝く大天使ルシフェルが翼を広げ宙に浮く。
僕は、スマホで写真を撮って、本人に見せた。
「ちょっと、やだやだ、はずかしい。チョーカー戻して…。」
「その前に、僕の目を見てよ…。」
僕が言うとアンジェラが僕の目を見て、手を取った。そして僕に強烈なキスを始める。
あの、ここはキスの必要な所ではありませんでしたよ、アンジェラさん。
アンジェラの目が紫色の炎に輝いた。と同時に、僕も白金色に輝く天使の姿になった。
アンジェラにチョーカーをかけるとアンジェラは元に戻った。僕は元に戻らない…。
「やっちゃいましたかね…。これじゃ、外に出られない。」
父様とアズラィールは目が点になっている。アンジェラがまた近づいてきて、僕の腰に手を回しキスを始める。
「はっ、んっ。」
幸福な気分になったところで、僕の姿は元に戻った。どうもチューがスイッチの様である。
お互いの父親を前にそういうことはしたくなかったのだが…。アンジェラは、魅惑の作用か何かが働くのか、神々しい姿を目にしても父様もアズラィールも何も疑いを持たないような精神状態になっていたような気がすると言うのだ。どんなことに使える能力かは全くの不明。夜寝ている時にチューしたら目が紫に光ってたから気づいたと言ったら驚いてた。アンジェラは目が青く光る能力しか持っていなかったのに、僕以外で色が増えることがあるのは驚きだ。
さて、本題に戻そう。
この本には、最後の二ページに「ユートレアの予言」として、また伝説が書かれていた。
何度か出てきた「ユートレア」という言葉。どうやら小国の名前というのはわかったが、今でも存在している国なのだろうか?
そして、その二つある伝説のうち一つ目の内容がなかなかエグイ。
五〇〇年ほど前ユートレアに予言者が現れ、天から尊き天使が降りてくると言った。
しかし、天使は人間界に降りる際にそのすべての記憶と能力を封印され、覚醒しなければ能力を使うことができないという。この能力が覚醒した天使を捕まえ、その血肉を食らえば永遠の命をえることが出来る。体が黄金に輝く翼を持つ天使を捕らえた者が不老不死を得る。
「うわ、食われるぞ、ライル。」
「こわすぎ、これって残りの三人のうち一人が予言したんじゃない?」
「そういや、予言の能力のあるやつがもう一人いたって言ってたな。」
「うん。」
「そういえば、アンジェラも全然年取らないよね?」
「…。ひぇ~。」
もう一つの伝説は、破壊の天使ライラが持つ悪の核は、十二の天使の魂の献上により鼓動を始める。その魂をルシフェルに捧げ、悪魔ルシフェルを復活させれば、世界中の戦争を終わらせるか、戦争を起こして自分の国を勝利させるかの選択が出来ると書かれていた。
そして、願いは一度のみかなえられ、生贄となった天使は全て消滅するとなっている。
「なんで自分達の命を狙われるような予言するんだろうね?」
「自分がその一人だって知らなかったんじゃないのか?」
「うわ、ダメすぎる。こいつ。」
ということで、一番最初の予言者を捕まえてきて、問い詰める方向で話は決まった。
決行は明日の午後。
その日はアンジェラのアトリエでイタリアンを食べ、大人はおいしいワインを飲んで、子供はグレープジュースを頂いた。
料理を運んできたアントニオさんが、父様とアズラィールを見て腰を抜かしそうになってた。
僕の子供の姿の天使の絵と同じ顔で、しかも二人いて驚いたみたい。
二人の父親だと言ったら白目がちになってた。
二人とも、アンジェラの絵がとても気に入ったみたいで、喜んでくれた。
ちなみに、僕たちは結婚式の日に、幸せになれたことを過去のアンジェラに見せに行ったので、絵がもう一枚増えている。大きい天使と小さい天使がウェディング姿でブーケを持ってキスしているところだ。
とても六十年以上前に描かれたとは思えないほど生き生きとしている素敵な絵だ。
アンジェラが少しサイズの小さいのだったら売ってやってもいいぞと言っていた。親から金取るのかー!って父様は言ってたけど、アンジェラが市場に出したら少なくとも五億はするって言ったら怖くてもらえないと言っていた。
夜遅く、二人を送って戻ってきたら、アンジェラは子供みたいにベッドの上でうつぶせになって寝落ちしてた。
まぁ、どうしたらこんなにかわいい寝顔になるんでしょう…。
こんな幸せがずっと続くといいね。おやすみ、アンジェラ。




