71. オペラ劇場の天使
その日はイタリアに戻り、久しぶりに町に買い物に行った。
ライラが言ってたように、僕の血液が浸み込んだ布を常に持ち歩けるように、腕輪とかで収納スペースがあるものか、ロケット型の首飾りみたいのがないか探しに行ったのだ。
指輪型でもいいかな…。アンジェラはチョーカーを外せないから、首飾りはつけられない。
そんなことを考えながら、アンティークショップやアクセサリー店を見ていたら、腕輪の飾り石が動いて、その下のスペースに写真や薬が入れられるようになったものを発見した。
あと、かわいいピアス。
「へぇ、これも石の部分が細工になってて、中に何かを入れられるみたいだ。」
それを触ろうとしたとき、アンジェラが僕の手を取った。
「りりィ、ダメだよ。誰が使っていたかわからないものを触るのは…。写真だけ撮っておいて、私の使っている職人に作らせるよ。」
「そういう人がいるんだ…。」
僕たちは、目的を果たした後、フルーツを買って家に戻った。
家で部屋着に着替え、二人でフルーツを食べながら、スマホでエゴサーチをした。
アンジェラの事は相変わらず、いっぱい話題に上っている。
ん、何なに?結婚したい有名人…アンジェラ・アサギリが三年連続の一位?
マジっすか…。世の中のおねえさん達、ごめんなさい。僕がもらっちゃいました、そのアンジェラさんを…。と心の中で思いつつ、ニヤニヤしてたらアンジェラが僕のスマホを覗き込む…。
「ん?」
「やだ~、見ないでよ~。」
「そんなの見てたら、嘘もいっぱい書いてあるから、嫌な気分になるぞ。」
「そう?」
「あぁ、どこぞの女優とつきあってるとか、ゲイだとか…。好きな事書かれてるからな。あと、私は私の隠し子だと言われている。」
「え?」
アンジェラは出身や家族の事を公開していないが、オペラのスターだった頃は九十年前の自分に、画家だった頃は六十年前の自分に子供ができたとして、財産を自分自身に相続させてきたから、隠し子だと思われてたりもするってことらしい。
なかなか難しいね。苦労したんだろうな…。
「え?オペラのスター…?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ~。へぇ~、どんなのか見てみたかったな。」
「パンフレットなら多分どっかにあると思う。」
アンジェラが、書斎の棚の中から色々な演目のパンフレットを出してきてくれた。
ベッドの上に広げて見せてくれる。
「わぁ~、すごいすごい。表紙のこれってアンジェラだよね?」
「なんだか恥ずかしいな…。」
「きゃ~、なにこれ。セクシーじゃない…。」
アンジェラが並べたパンフレットの表紙を見るだけで大騒ぎをしてしまった。
だって、やっぱりアンジェラはこの世で一番美しい男だと思ったから…。
あ、王子様役かな…「魔笛」っていうオペラなんだ…。
はしゃいで、つい、パンフレットを触ってしまった…。
「あっ。」
僕は光の粒子に包まれ、転移した。
薄暗い劇場で、ここはVIPルームだろうか、個室みたいになっている…。空いている座席の上にこのパンフレットが置かれており、それを手にした状態で僕は周りの様子を伺う。
なんでこの席だけ、パンフレットが座席に置いてあって、周りに誰も座っていないんだろう?
ちょっと不思議に思ったが、オペラの演目が始まった。
少し下の方の一般の人が座る会場は満員だ。
館内からはものすごい熱気が感じられる。
演目が始まり、めったに見られない光景に目が釘付けである。
ドキドキしながらずっと見てた。やっぱり、アンジェラは素敵な人だ。演目もそろそろ終わりという時、急に会場の照明から炎が上がった。
火事だ…。観客はパニックになり、出口に人が殺到する。
黒い煙が場内にこもって、視界が悪くなり、息が苦しくなる。炎の勢いが増してきた。
「アンジェラ!どこ?」
僕は思わず翼を広げ、飛び出していた。
この状況では一人だけ助けることは難しい。やっとアンジェラを見つけた時、アンジェラは僕を見て、跪いていた。安堵して、アンジェラの所に降りて、額にキスをした。
「素敵だったよ。僕の王子様。」
アンジェラの目が幸福に満ち溢れてた。僕は、そのまま劇場の中で嵐を呼び、燃えさかる炎を一瞬で消し止めた。そして、風を呼び煙を場外へ吹き飛ばす。
元の座席にパンフレットを置き、自宅へ転移した。
「うわ~びっくりしたよ。火事。ちょっと服が煙くさくなっちゃったかな?」
アンジェラがやさしい顔で僕を抱き寄せてくれた。
「りりィ、いつも僕の側にいてくれてありがとう。」
「素敵だったよ、僕の王子様。ちょっと劇場は濡らしちゃったけど…。」
「あの後は大変だったよ。」
「え?」
「天使に愛され命を助けられたオペラ界の王子とか言われて、もてはやされた。」
「あのパンフレットって…。」
「もちろん、お前のために置いておいたんだよ。いつ現れてもいいように…。
天使が現れて、火災を消し、多くの人々を救ったんだ。その中には王族もいたんだよ。
そのお礼に、この前結婚式を挙げた小さな城をもらったんだ。」
「え?」
「りりィがアンジェラ、アンジェラ、どこ?どこ?って飛びながら騒ぎまくって泣き叫んでたからね。私が召喚した天使が救ってくれたって思われたんだよ。」
「あ…。恥ずかしい。」
「うれしいよ。愛されてるって実感できる。」
アンジェラは僕をぎゅって抱きしめてくれた。僕もアンジェラをぎゅっとする。
「おでこにチューは浮気じゃないよね?」
「うーん、今回のはセーフだな。」
アンジェラはパンフレットを片付けて、触らないように僕に言った。
確かにこんなことが続くのはいただけない…。