70. パパとライラ
七月八日金曜日。
二人の体調もどうにか戻り、久しぶりに日本の家に戻って来た。
すごい、嗅覚が効くのか、いきなりライラが部屋のドアの前で待ってた。
「わ。ライラ、びっくりした。」
「ライル、生きてた…。」
ライラがワッと泣き出して抱きついてきた。
アズラィールから何か聞いてたんだろうか…。よしよしと頭を撫でてとりあえず引き離す。ライラがアンジェラを睨んでつぶやく。
「でかい人のせいで、ライルが危なかった。」
どうも事情を把握している様な言いようだ。
「ごめんなさい。」
アンジェラが謝ると、ライラは満足してどっかに行った。
急にライラが父様を伴って戻って来た。なぜか手にはフォークとハンカチ。
「ライル。」
ライラが僕の手を引いた。
「うっ、」
僕の腕にフォークを突き刺す。アンジェラがあわててライラを取り押さえる。
「でかい人、邪魔。」
ライラはアンジェラをふり払い、フォークを抜き、ハンカチで吹き出る血を拭いた。
「パパ、治して。」
僕の手を父様に向けて差し出す。しかも「パパ」って呼んでる。
父様が慌てて僕の腕の傷を治してくれる。
ライラが、アンジェラの方に向き直り、睨みつけると言った。
「ライルがどこかに行っちゃっても、あわてない。いい?」
「え、は、はい。」
「そういうとき、目だよ。目を見る。」
「目?」
「カガミで見るの!」
「は、はい。」
「でかい人、自分に聞く。」
「何を?」
「ライルいるかどうか。」
「で?どうなるんだ?」
「色が変わる。」
「本当?」
「色変わったら、これを触る。」
ライラは僕の血が付いたハンカチをアンジェラに渡した。
「血?」
「でかい人、弱虫ダメよ。」
「…。」
「泣かない。心配しない。落ち着く。いい?」
「え?自分の血を触れば元にもどるってこと?」
僕が聞いてもそれには答えず、ライラは父様と手を繋いで、すごい勢いでサロンに走って行った。
引きずられてますけど…。
そっか、なるほどね。ただ、僕がコントロールできない状況だとアンジェラが理解していて持ってないとダメってことか…。
なんでそんな事、何故ライラが知ってるんだろう…。
本当にそうなるとしたら、ずいぶんと心配事は減るけれど。
久しぶりに皆で夕食を食べ、楽しく過ごした。
ライラの食事の世話は父様と徠輝がやってくれているようだ。
アズラィールに聞いたら、僕が来なくなっちゃってライラがお風呂にも入らないし、おやつしか食べなくなったんだそうだ。
その時に徠輝が、「ライラちゃんのパパがすごく心配してるから、ご飯食べなよ。それにライラちゃん、なんだかとっても臭いよ。」と言ったら、態度が急変して、父様を「パパ」と呼んだり、お風呂にも一人で入るようになったらしい。
徠輝、グッジョブ!
そういえば、しばらく帰還者救出をサボってしまった。
次は誰にしようか…と考えて、父様とアズラィールにも相談する。
今まで、未徠、左徠、徠神、マルクス、徠央、徠輝の六人を保護してきた。
残りは三人。皆ドイツで行方不明になった者達だ。
実は三人とも名前さえわからない。いなくなった年代も…。
僕とアンジェラで少し下調べしたいからと言って、誰をいつ保護するかは保留になった。
そんな時、忘れちゃいけない困ったことのナンバーワン。徠人がどうなってるかという話になった。皆ハレモノに触るかのように、言葉を濁す。
あの黒い物体はどうなっているのか…。
そこに、聞いてもないけどライラが割って入って来た。
「ライラ、それ、知ってる。」
父様が、ライラの発言に食いついた。
「パパに教えてくれる?」
おいおい、自分でもパパって言ってんのかよ…。
「うん、いーよ。あれはね、そこのでかい人になろうとしてるんだよ、パパ。」
「え?アンジェラになる?」
「そ。やきもちやいて、おかしくなってる。バカみたいでしょ。」
「ライラは大丈夫なのか?」
「パパ、ライルはライラのものだから、やきもちはやいてない。」
「え?ライルはライラのもの?」
「そ。だって元々一個だったのに、バラバラになっても一個だよ。」
「そーか、ライルはライラのものかぁ…。」
おいおい、何納得してんだよ。
まぁ、元々片方が成長できなかった双子だったらしいから、そういうことを言いたいのかも知れないな。僕の事わかったりするのかな?
「ねぇ、ライラ。ライラは僕がどこにいるかいつもわかるの?」
「うん。」
「ライラは行きたいところにすぐに行けるの?」
「家の中だけ。ほかは試したことない。」
「怪我は治せるの?」
「できない。」
あまり期待すると墓穴掘りそうな気がします。はい。
そっか、じゃあ元気でね…。と色々お土産を置いてイタリアに帰ることにする…。




