7. アダム
僕は、アダムを連れて自室に入り、ベッドの上に乗せ少し彼を観察する。
見た目は昨日と同じ、蒼く輝く黒い毛の碧眼の仔犬だ。昨夜の衰弱した様子は微塵も感じられない。ちょっと首周りの毛が長く、かわいい。
「アダムが話せたら、もっと楽しいのに…。」
すると、アダムが行儀よくお座りし僕の目を見つめて口を開く。
「おはなし?」
「え?え?ええええええええ?」
僕は、その時、気を失った。と思う。多分。気がついたら、また真っ暗闇の夢の中だった。
はい、出ました~。夢第二段。というか、僕はさっきからずっと夢を見ていたのかもしれない。今朝の出来事は全部夢で、まだ目が覚めていないということか。
目の前にまた黒い球が浮かび上がる。青白い炎を纏い、ゆらゆらと揺れ、おっさんの声で僕に話しかけてくる。
「やっと、見つけた。」
「あ、あの~。言ってること、よくわからないんですけど。それと、黒い球さんは、いったいどなたですか?今更なんですが…。」
黒い球の青白い炎が一瞬金色に輝き、巨大な火柱となって轟音をあげた。
「うわっ。」
思わず、僕は驚きの声をあげ、熱さに怯え目を閉じる。が、閉じる瞬間、その火柱の中に
人影が見えたのだ。それは、二つの大きな黒い角を持ち、黄金の眼球と赤い瞳、大きな双翼からなる者のように見えた。そして、僕は、夢の中でまた意識を失くしたようだ。
「くぅん。」
顔をアダムに舐められて目が覚めた。
あれ?自室のベッドの上で着替えも済んでいる。
もう、どこまでが夢か現実か自分が壊れてるんじゃないかと不安になる。疲れてるのかなぁ。
「くぅん。」
「アダム、お腹すいてないか?」
「くぅん。」
「あぁ、変な夢だった。アダムがしゃべるとか、やばすぎだよなっ。」
これは夢、これは夢、絶対に夢だよ。頭のなかで繰り返す。
「くぅん。お腹はすいてない。でちゅ。」
「そっか。…え?え?今なんか聞こえた?」
「くぅん。お腹はすいてないの。でちゅ。」
「ぎゃ~。どういうことよ?どういうこと?なんで犬がしゃっべってるの?」
「それは、わかんない。」
これは夢、これは夢、変な夢。引き続き繰り返す。
「アダムのちからをライルにあげる。」
「え?どういうこと?」
「えっとね~、たすけてもらったし、お名前大切だから。」
「…うーん、ちからねぇ…。」
「遠くまで聞こえるよ。ごはんも早く食べれるよ。」
「あはは、ご飯食べるの早いのって能力なのか?」
「ち、違うのぉ?」
「でも、じゃあ、その能力、どうやって確認するんだよ。」
「えっと、誰かのお話しを聞こうとしてみてよ~。」
じゃあ、父様と母様の会話でも聞いてみるか?二人は動物病院の中で診察中だ。
しかし、動物病院は別棟になっていて、ここからは30メートルは離れている。
「聞こうとするって、どうやって?」
「しゅうちゅう~。」
「なんか普通っぽいな。集中ね…。」
ん、あ、聞こえるかも…。
(ねぇ、徠夢君、さっきライルが電話かけてきて、ショッピングモールでドーナツ絶対買ってきてって言ってたじゃない?)
(うん、めずらしいよね、そういうわがまま言ったのは初めてだよ。)
(あの電話の後、泣き叫んでいたそうなのよ。かえでさんから聞いたの。一体何があったのかしら?)
(電話が壊れて切れたからじゃないのかい?)
(そうかしら?)
(そんなに食べたかったのなら、そろそろ一緒に買いに行ってきたらどうだい?今日はそんなに患者も多くなさそうだから、僕一人でも大丈夫だよ。)
(そうね。そうするわ。)
「き、聞こえた。しかもはっきり。確かに能力といえるかも。」
「どう?聞こえた?」
アダムがドヤ顔でおすわりをする。
パタパタと母様の歩く音が聞こえ、しばらくすると僕の部屋のドアがノックされた。
「ライル~。入っていい?」
「母様。どうぞ。」
「ライル、さっきのドーナツ買いに行きましょ。」
「あ、でもアダムを置いていけないよ。」
「あら、そうね。来たばっかりで心配ね。じゃあ、アダムも一緒に連れて行って、かわいい首輪とかおもちゃとか買ってあげましょうか。」
「え、いいの?」
「いいわよ、今日からアダムもうちの子ですもの。」
アダムは尻尾がちぎれそうなくらい振っている。
「うん、じゃあ行く。」
「じゃあ、外は暑そうだから、帽子被って準備してね。」
「はい、母様。」
僕は準備をすると、アダムを抱いて母の後を追い、車に乗り込んだ。
「アダムをちゃんと抱っこしててね。」
「はい。」
僕はシートベルトを締め、アダムを抱えた。
十分ほどでショッピングモールに到着した。まだパトカーが数台いるが、事故の後片付けは終わっているようだ。
母様はまずペットショップでアダムの首輪とリードを買った方がいいと言って、僕に選ばせてくれた。
赤いストーンのついた黄色い首輪と伸縮可能なリードを選んだ。他にもアダムのおやつをいくつか買った。
「母様。ありがとうございます。」
「いいのよ、アダムをかわいがってあげるのよ。」
「はい。」
僕は、その場でアダムに首輪とリードを付け、ドーナツ屋さんに向かった。
ドーナツ屋さんの前でアダムと共に母を待つ。母はドーナツの箱を手に戻って来た。
「ライル、限定のドーナツは今の時期にはないそうなのよ。だから普通のからいくつか買ったわ。それでいい?」
しまった。適当な嘘ついてたんだった。
「あ、あれ~、そうでしたか。ごめんなさい。勘違いだったかな~。どれでも大丈夫です。」
「じゃあ、帰りましょう。」
「はい、母様。」
事故現場を横目で見ながら僕たちは家路についた。