695..戻らぬ王太子家族(2)
僕は、すぐに現代の時間軸に戻り、アンドレがいる聖マリアンジェラ城に行った。
そこでは、アンドレが地下の温泉施設のボイラーなどを業者と共に点検していた。
「よし、ここはこれで全て確認済だ。ご苦労だった。もし、何か不具合が生じたら24時間対応でお願いしたい。」
業者の技術者たちは『いつもの事』と言い、アンドレが確認書の署名すると帰って行った。
一段落ついてそうに見えたのでこちらからアンドレに話しかけた。
「アンドレ…。忙しいとこ悪いんだけど、少し時間をくれる?」
「ライル、もちろんだとも。どうしたのだ?」
「えっと…実はアンドレの両親からこの手紙が来たんだ。それで会いに行ってきたんだけど、まぁ読んでみて。」
二人でサロンまで移動し、お茶を飲みながら続きを話すことになった。
アンドレは手紙を読み、顎に手を当て、眉間にしわを寄せて、険しい顔をした。
「私たちが予告なく過去に行かなくなった、ということだな?」
「うん、そう。」
「おかしいと思わぬか?」
「そう、おかしいんだよ。でも僕が以前見たユートレアの歴史が書かれた本にも王太子が帰って来なくなったって書かれていたんだ。」
「うむ…。私たちが死ぬ。あるいはどうしても行けない理由が出来る。のだろうか。」
「あー、死ぬなんて事は無いと思うんだ。しかも4人いっぺんになんて。でもさ、もし、過去に行くことができない状況になったら…こういう事もあるんじゃないかなって。」
「そうかもしれぬな。この日付からだと、今から約半年後には行かなくなったということだな。」
「そうなんだ。王妃様もすごく心配してて、心が病んでるんだって。」
「母上はライアンとジュリアーノをたいそう可愛がっておられるからな。」
「それでさ、アンドレはどうしたらいいと思う?」
「ライル、私が今から言うことをスマホで撮影して父上と母上に見せて来てくれないか。」
「うん、いいよ。」
アンドレは、少し頭の中を整理している様に目を閉じ、その後流ちょうなドイツ語で話し始めた。
『父上、母上、私、アンドレ・ユートレアはお二人をとても愛しています。何も言わずに去る事など決してありません。しかし、ここはお二人が暮らす時から遠く時間の過ぎた場所です。もし、そちらへ帰ることができなくなっても、知らせる術がないのも事実。お二人からの手紙は受け取れても返事を送ることはできません。
もし、私がリリアナや王子たちとお二人の元へ帰らなくなった時は、帰る手段がなくなった時だとお考え下さい。まず、時間を超えて行き来していることが奇跡なのです。その奇跡が未来永劫続くかは私達にはわかりません。
実際にこれから先そのような事が起きた場合、速やかに後継者を別の者にして国に害が及ばぬようご配慮願います。』
短い時間でまとめたにしては立派な話しぶりだ。
僕はスマホの録画を止め、アンドレにこれでいいかもう一度確認をした。
「ライル、とりあえずこれを二人に見せてくれ。私達にはまだ半年時間があるのだろう?
その間に後継者の変更など、二人に打診してみるさ。逆にこれで決心がついたよ。」
「え?決心って?」
「500年前のユートレアは私の生まれた私の生きる時ではあるが、命を脅かす脅威も現代に比べ異常に多いのだ。私はこの現代で、リリアナと子供達と、アンジェラやリリィ、そしてニコラスやライル、皆と穏やかで充実した日々を生きていきたい。」
僕はなんだか胸が熱くなった。僕も口から自然に言葉を発していた。
「アンドレがいなかったら、僕らもものすごく悲しいし困るよ。」
アンドレは僕の言葉を聞いてとても嬉しそうに微笑んだ。
僕は先ほど訪問した過去のユートレア城に転移した。
アーサー王と王妃は客間で待っていたようだ。従者が二人を連れて来たので先ほどの動画を見せた。
王妃の青ざめていた顔が少し血の気を取り戻したように赤くなった。
「あ、アンドレ…。」
スマホや動画は現代に一度来てしまった時に見ているせいか、さほど驚いた様子もなかった。
「ライル殿、アンドレの姿を見ることができ、あやつの考えも聞くことができた。すぐに後継者をたてアンドレが不安にならないように手はずを整えよう。」
「そうしてください。アンドレも万が一のことを考え、来られなくなるまでの半年間で出来ることはすると言っていました。」
「承知した。ライル殿、色々と感謝する。」
「僕達もアンドレ達をとても大切に思っているんです。当然のことをしただけです。」
まだ少し悲しそうな王妃が気がかりだったが、未来から過去への転移は能力のある者が運ぶ以外に方法がない。
僕は心に引っ掛かる何かを感じながらもその場を後にした。
もう少ししたらマリアンジェラとミケーレを迎えに行く時間だ。
明日から二人の通うスクールがウィンターブレイクに入るため今日が年内の登校最終日なのだ。




