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693. 特別な人

 12月7日、木曜日。

 イタリアの家で朝目覚め、ニコラスとお手伝いさん達と共に子供たちの世話をした。

 リリアナ一家は時差のある日本で子供達を幼稚園に行かせているため、すでに外出している。

 子供4人と大人二人でテーブルを囲み、バタバタと食事をさせ、着替えさせ、ミケーレとマリアンジェラは学校へ行く準備をする。

 正直なところ、とても時間が足りない。なにしろ、今週は大学の期末試験の期間なのである。

 父様の動物病院での手伝いもそうだが、何かと実働しなければならない事情が立て続けに発生し、僕は少し忙しい毎日を送ることとなっていた。


 どうにかマリアンジェラとミケーレを連れてアンジェラが所有しているボーディングスクール近くの方の邸宅に転移し、そこから徒歩で登校する。

 いつもならニコラスが連れて行くのだが、今日はニコラスがメインでアディとルーの世話もしなければならず、どうにもならなかったのだ。

 僕とニコラスの苦悩とは逆に、マリアンジェラは僕と手を繋いで登校できるのがうれしいらしく、えらくご機嫌だ。

「ね、ね、帰りもライルが来てくれるの?」

「あー、どうかな…僕、今、試験期間中で終わりの時間がちょっとわからないから、もしかしたらリリアナに頼むかもしれないよ。」

「ふぅん、そうなんだ。」

 マリアンジェラはさほどがっかりした風でもなく、素直に受け入れたようだった。

「あ、マリー。僕お弁当忘れたよ。」

「え?あ、そう言えばお弁当って置いてあったっけ?」

 ミケーレとマリアンジェラが急にそんなことを言い出した。

「しまった…。ごめん、二人とも、僕もニコラスもお弁当の事を忘れてたよ。」

 慌ててリリアナに電話を掛け、話しながら学校の門を通過した。

 リリアナにお弁当をどうしたらいいか相談したのである。

 リリアナの回答はシンプルだった。

「保護者用のパス渡してカフェテリアで買わせたら?」

 保護者用のセキュリティパスでカフェテリアが利用できることをすっかり忘れていた。しかし、リリアナの回答には続きがあった。

「それか…、日本の幼稚園弁当で良かったら持って行くけど。」

 あぁ、リリアナのどや顔が見える様だ。日本の幼稚園にライアンとジュリアーノが通い始めて2か月ほど経つが、リリアナは毎日幼稚園弁当を作るのが楽しみらしいとアンドレが言っていた。

 アメリカの幼稚園ではなく、日本の幼稚園に行かせることにした理由がまさしくこの『お弁当』らしい。

 考えてみれば、保護者用のパスを渡してしまうと迎えに行く者が困るのだ。

 僕は少し不安に感じながらも、リリアナに『お弁当』を作って届けてもらうことにした。

 学校を後にして、足早に家に戻り、テーブルの上に保護者用のパスを置いてリリアナにメッセージを送った。

 ランチの時間の前に届けてくれるようだ。

 僕はすぐに大学の近くの方の家に転移し、そのまま家を飛び出し大学へ向かったのだった。


 今日までで、どうにか大学で選択している教科の筆記試験をあと一つ残したところまで終えた。あとはレポートや課題がいくつか残っているだけだ。

 試験中は切っていたスマホの電源を入れたのは午後3時を過ぎた頃だった。

 ニコラスに言っておいた通り、マリアンジェラとミケーレのお迎えに僕が間に合いそうもない時には、リリアナに連絡をしてニコラスを転移させてもらうことにしていた。

 無事にお迎えも終わり、もうイタリアの家に戻っている頃だろう。

 僕は安心したせいか寮に戻った直後に自分の部屋でベッドの上に倒れこんだ。

『あー、今はひとり静かにベッドに横たわり目を瞑りたい』

 しかし、僕にはそんな時間は許されていなかった。

 スマホのメッセージ受信の音が『ピロン、ピロン、ピロン、ピロン…』と激しく続いた。

「…」

 スマホの画面を見ると、それはニコラスからだった。

『ライル、早く帰って来てくれー』

『ライル、いつ終わるんだ?』

『ライル、助けてくれー』

 あはははは…、ニコラスも子供たちに手を焼いているんだろう。僕は課題のノートなどを持ったまま大学近くのアメリカの家へと徒歩で移動し、そこからイタリアの家へ転移した。


 家に着くなり、アディとルーが僕の足に抱きついた。

「らいりゅ」

「きゃは、らいりゅ~」

 ニコラスはエプロン姿で子供たちのおやつを準備していたのだろう、ものすごくやつれている。

「今日は今までで一番大変でした。リリィがいないと二人とも全然言うことをきかないんですよ。」

 アディとルーの方を見ると二人とも目を逸らした。

 僕は荷物を床に下してからアディとルーを抱き上げた。

 二人ともニコニコしながら僕に抱きついて来る。

「らいりゅ、あのね、あのね、アディね、らいりゅとあそびたい」

「じゃあ二人ともおやつを食べてからだよ。ニコラスの言うこともちゃんと聞いてあげて。」

 この様子では今日も勉強どころではなさそうだ。


 その後子供部屋にいたミケーレとマリアンジェラもダイニングにやってきて皆でおやつを食べた。

 リリアナはお弁当をすぐに届けてくれたそうだ。

「ライル、聞いて。リリアナってすごいのよ。今日のお弁当、皆にうらやましがられたんだから。」

 興奮気味に教えてくれたのはマリアンジェラだった。

「僕のもすごかったんだよ。皆、本当にうらやましがってたもんね。それに、すごくおいしかった。」

 ミケーレも嬉しそうに言った。

 話に聞くと、どうやらリリアナはキャラ弁を作って届けたらしい。

 アメリカのランチは簡単なサンドウィッチやスナック菓子なども多いけど、そこは文化の違いが大きいところだ。

「先生もマリー達のお弁当の写真撮ってたもんね。」

 二人にとっては初めての幼稚園弁当、めったにない機会が得られた日だったわけだ。翌日からはニコラスが作ったバケットサンドをランチ用に持参した。


 翌日、12月8日金曜日、期末試験最後の日だ。

 この日が期限のエッセイやレポートの提出、最後に残っていたペーパーテストを1教科受けて終了となった。

 何もかもが手探りだ。次から次と色々な課題やレポートが出され、生徒はホィールを回すハムスターのごとく毎日忙しなく走り続けている。

 全科目を終え、寮に戻り、アメリカの家に走った。

 普段ならそこからイタリアの家に転移するのだが、今日は家に入るなりいつもと様子が違ったのだ。

 ダイニングでは、TVが大音量でつけっぱなし、そして、リモコンを持ったアディが立ち尽くす。

 横ではミュシャをおもちゃのバットでバンバン殴るルーの姿があった。カオスだ。

「アディ、リモコンちょうだい。音でかすぎるよ。」

 僕に気が付いたのかアディがリモコンを持ったまま抱っこのポーズで僕にしがみついてきた。

 アディを抱き上げTVリモコンを受け取りTVの音量を下げた。

 次にルーを抱き上げバットを取り上げる。

「ルー、ミュシャにやさしくしないとダメだよ」

「らいりゅ、あしょんでくれりゅ?」

「いいけど、バットで叩くのはダメだよ」

 コクコクと頷き、僕の頬にチューをするルー。こんなに可愛い天使たちがどうしてこんな状態に?

 そう思っていたら、ダイニングのソファの前に足が二本見えている。

「お、おい、ニコラス、大丈夫か?」

 そこにはニコラスが倒れていたのだった。

 慌ててアディとルーを下ろし、ニコラスに駆け寄り息を確認した。

 息はしている。しかし、目の下にものすごく濃いクマができていた。

 僕は能力を使い、どこか病気やケガがないか確認したが、特に問題はなかった。

 そこへ2階の子供部屋からマリアンジェラが下りてきた。

「あ、ライル、おかえり~」

「ただいま、マリー。ねぇ、ニコラスがここに倒れてるんだけど、どうしてか知ってる?」

「えへへ、それ、マリーが眠らせたのよ。」

「え、どうして?」

「ニコちゃん、ずっとアディとルーのお世話でお疲れだったみたいで、フラフラしてたから。さっきそこにニコちゃんがしゃがんだ時に、ふふふ。」

 そう言いながらマリアンジェラは自分の首を触った。

 僕と同じ誰かを眠らせたり、その誰かの夢に入る能力を持っているのだ。

「なるほど…。で、どうしてアディとルーだけ放置してたの?」

「放置じゃないよ、ぐちゃぐちゃうるさいから、ミケーレも2階で眠らせてきたの。ホント、1分も経ってないもん。」

 その割にはダイニングの荒れ具合がすごい。

 僕の考えていることを察したのかマリアンジェラが説明を始めた。

 アディとルーはリリィがいないとニコラスの言うことを全く聞かず、ニコラスがおやつの準備をしている間にも散らかし、騒ぎ、走り回り、ニコラスを困らせていたのだと言うのだ。

「アディ、ルー、そうなのか?」

 僕がそう言うと二人は無言で目を逸らした。どうやらマリアンジェラの言うことは真実の様だ。

 僕はニコラスを僕とニコラスの共同の部屋のベッドに移動した。


 ダイニングへ戻り、ニコラスが途中までやっていたと思われる子供たちのオヤツの準備をした。

 ワッフルが大皿に何枚ものっていたので、小皿にのせ、アイスを盛り付けた。

 冷蔵庫の中にあったフルーツも出し、子供たちを呼んで食べさせることにした。

 マリアンジェラは眠らせたミケーレを起こし、連れてきた。

 ワッフルにフルーツをのせ、アイスに好きなシロップをかけて、ワイワイ楽しそうに子供たちはオヤツを食べた。

 ところで、なぜイタリアではなくアメリカの家の方にみんながいるのだろう。

 僕はマリアンジェラに事情を知っているか聞いたのだった。

 マリアンジェラはちょっと考えてからこう言った。

「うんとね、イタリアのお手伝いさんに用事ができて、今日の午後はお休みだから、晩御飯はリリアナがお寿司を持ってきてくれる予定でぇ、オヤツはアメリカのスーパーでお買い物したの。オヤツ買ったらすぐに食べたいってアディとルーが言い出して、それでここでニコちゃんが作ってくれてたんだけどね。」

「きょう、こーえんであしょんだ」

 アディがニコニコしながらそう言った。

「それで疲れちゃったのかな…」

 僕がそう言うと、コクコクと頷くアディとルー。

「あとね、ニコ、おくしゃんにモテモテ。」

「モテモテ~」

 どうやらアディとルーにせがまれてスクールの近くの公園で二人を遊ばせていたら、近所の奥様方にモテてしまったようだ。それはいつも通りだけど、なかなかその場から帰ることができず、マリアンジェラとミケーレのお迎えの時間までずっと寒い中子供達と公園で走り回っていたそうだ。

 それは疲れるだろうね。とりあえず僕はアディとルーに釘をさした。

「ニコラスは普通の体だからね、疲れるし、怪我もするし、死んでしまうこともあるんだ。気をつけてあまりわがまま言わないでね」

 僕の言葉を聞いて二人は渋々だが頷いた。

 まだオヤツも食べ終わらない頃、リリアナが大きな寿司桶2つとうな重を6個持って転移してきた。

「こっちにいたの?だったらこのままこっちで朝まで過ごしてからスクールに行った方がいいんじゃない?ライアンとジュリアーノも疲れちゃったみたいで、今日は日本にそのままいるのよ。アメリカとは時差が大きいから何かと大変だわ。」

 リリアナが言う通り、時差のある地域を行き来するより、今日はこのままアメリカにいた方がよさそうだ。

 リリアナは日本での朝の支度があるからと、すぐに帰って行った。


 僕は子供たちを夕食の前にお風呂に入れ、パジャマを着せてからアンジェラとアンドレに今日の報告をした。すぐに返事が返ってきた。アンジェラからだ。

 ニューヨークでは午後7時だがロサンゼルスでは午後4時で、これからライブの会場に入るらしい。

 途中で帰宅することも考えたようだが、さすがにバックバンドや他のスタッフを放置して雲隠れすることもできず、普通に航空機で移動しているそうだ。

 少し眠そうなルーをダイニングのベビーチェアに座らせ、アディも抱き上げたところで、ニコラスが目を覚ました様で起きてきた。

「ライル…すまない、いつの間にか寝てしまったようで。」

「あ、大丈夫。ちょうど僕が帰ってきたときに眠っちゃったところだったみたいでさ。すごく疲れてたんだろ。僕ももっと手伝うことが出来たらよかったんだけど、今日までが期末試験の最中でさ、明日からはもう大学には行かなくてもいいんだ。ずっと家に居られるから、なんでも言って。」

 ニコラスが僕の言葉を聞いて安堵のため息をついた。


 皆でお寿司とうな重を食べた。

 相変わらず、マリアンジェラの食べっぷりは見事だった。うな重2つの他に寿司を30貫は食べているだろう。心なしか、アディもマリアンジェラに食べっぷりが似てきた気がする。

「アディね、うなうな、おかわり」

「そんなに食べて平気なの?」

「うん、へーき。いっぱい食べたら大きくなれりゅよ。」

 そして、午後9時には、みんな笑顔で食事を終えた。

 普段何気なく普通にリリィがこなしているのはとても大変なことだったんだな。

 午後9時には全て片付け、子供たちに寝る準備をさせ、ベッドに連れて行った。

 アディとルーは数秒で眠り、ミケーレとマリアンジェラもすぐに寝息を立てていた。

 ダイニングに戻るとニコラスが一人でソファに座っていた。

「ニコラス、お疲れ様。疲れただろ、今日は早く休んだら?」

「いや、さっき少し眠ったせいか、まだ眠くないんだ。」

「そうか、じゃあ少し話でもしようか。」

 僕がそう言うと、ニコラスは満面の笑みを浮かべて手招きをした。

 ちょっと変な感じだ。いつも同じベッドで眠っている一番近い人なのに、考えてみるとあまり深く話したことがない。そんなことを内心思っているとニコラスが僕に質問を色々としてきた。

「ライル、大学はどう?楽しいのかい?将来は何になるつもりなんだい?」

「えっと、大学は楽しいというよりかは興味深いことだらけという感じかな。すべてが初めてだし、学ぶことは多いよ。将来は…そうだなぁ、たくさんの人を助けられる仕事がしたいかな。まだ具体的ではないよ。」

「そうか、まぁまだまだ10代半ばだからね、ゆっくりと決めたらいいよ。」

「うん、ありがと。」

 僕がそう言うと、ニコラスは小さい子にするみたいに僕の頭をポンポンと触った。

 でもそれが全然嫌じゃなかった。なんだか心が温かくなるような気がした。

「ニコラスはこれからどんなことしようと思ってるの?」

「うーん、そうだねぇ。私もまだ決めていないけれど、ずっとこの家の家族の一員として暮らしていきたいとは思っているんだ。そして、この家族のために出来ることをしていきたい。」

「ありがとう。今すでにニコラスがいないとこの家は家事崩壊すると思うよ。ハハッ…」

「それは私も同感だよ…。アハハ…。でも、そうだな…子供たちが大きくなって手が離れたら、私もどこか大学に通って、この時代に沿った仕事をしてみたいですね。」

「いいね、なんだか楽しそうだ。それに僕達には永遠に近いくらいの時間があるはずだから、やろうと思った時がやる時だよ。」

「ライル、私はもう一つやりたいことができました。」

「え、なに?」

「成人したライルとお酒を飲むことです。」

「いいねぇ、今から楽しみだ。」

 気が付けば、僕たちは深夜3時まで話し込んでいた。ニコラスは僕にとっては特別な人だ。

 兄のようでもあり、時には父のような存在だ。そして何より彼は僕に対してとても優しい。

 もちろん、アンジェラやリリィだって僕にはとても優しいけれど、いつもニコラスには何か特別なものを感じる。ニコラスもライルの事を特別だと感じていたがそれを口に出すことはお互いになかった。

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