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691. ワン・ワン・ワン(2)

 動物愛護団体の人たちと入れ替わりに長谷川さんが戻ってきた。

 ケージを組み立て、その後は僕がさっきまでやっていた犬を洗う作業を手伝ってくれた。

 先ほどの二頭は現在父様が診察中だ。父様が僕に小さく手招きをして呼んでいるのが見えた。

 作業の手を止め近づいて行くと僕の耳元に顔を寄せて言った。

「ライル、これやったのか?」

「ん?これって?」

 父様が重傷を負った方の雑種の犬を指さした。

「血がついているが、どこにも傷が無い状態になってるぞ。お前、治しちゃったのか?」

「え?いや、そんなつもりはなかったし、眠らせただけのつもりだったけど…。」

「うぅ、どうしたらいいか悩むところだな。手術痕もないのに反対向いてた足が治るとか、内臓破裂が治るとか、説明できないぞ。」

「ごめん、父様…。」

「他の犬はこんな風にはなってなかったのにな、まぁ仕方ない、こいつはおまけしてやるか。」

 僕が無意識に治癒してしまった犬をケージに移し、エサと水を入れて目が覚めるまで放置することになった。

 もう一頭の方は小型の室内ミックス犬のようだ。すこし打撲とかすり傷があるが洗って薬をつけておけば問題なさそうだと父様が言った。

 父様は全部の犬には能力を使うことはしなかった。骨折や筋肉の断裂など大規模な手術が必要だが手間も人員の確保も難しいもののみに限定していたのだ。

「父様は能力をなるべく使わないようにしているのですか?」

「あぁ、まあそうだな。自然に治癒できるものは手を加えない方がいいと思っているんだ。それに私には内臓疾患や破裂した内臓は治癒できないからな。せいぜい骨を繋いだり、傷口の治癒を早めたりくらいだ。それに誰かに見られたりしたら大変なことになるだろ。お前も気をつけろよ。」

 そういえば、初めて父様とこんな話をしたかもしれない。


 気が付けば夕方になっていた。全頭洗い終わり、父様と長谷川さんで傷の手当なども行った。翌日の午後には動物愛護団体の職員が全頭の血液検査の結果を見て、施設に収容するかどうかが判断するそうだ。

 これらの犬はしばらくの間、その施設で人間に慣れさせ、少し訓練をしてから里親を募集するらしい。

 元々ブランド犬ばかりを繁殖していたブリーダーだが、多頭飼いの結果、純血種ではないミックス犬ばかりが増えてしまったようだ。

 そろそろ帰ろうかと思っていた時、アンドレが動物病院に顔を出した。

「ライル、リリアナ達が戻ってきたから私たちはイタリアに戻るよ。」

「僕もここを片付けたら戻るから、また後でね。」

 そこにアンドレの足元からライアンがひょこっと顔を出して動物病院の中を眺めて言った。

「パパ、僕、犬飼いたい。」

「ライアン、それはアンジェラに聞いて許可をもらわないと無理だと思うぞ。それにうちは留守にすることが多いから家で飼うのは難しいのではないか。」

 そう言えば、ミケーレは温室でニワトリのピッコリーノを飼っているし、家の中ではアディがヤギに擬態している神獣のミュシャを飼っているが、ニワトリは温室の手入れをしている従者が世話をしているし、ミュシャは基本的には何も食べない。アンドレの言うことは間違ってはいない、イタリアの家で犬を飼っても散歩に連れて行く余裕は今のうちにはなさそうだ。

 残念そうな顔をするライアンだが、わがままを言うことはなかった。


 アンドレ家族が帰宅し、遅れること30分ほどで僕も後片付けを終え帰宅することになった。

「ライル、今日は本当に助かったよ。次はクリスマスの集まりで会えるかな。」

「多分、そうなるかな。」

 僕はまだわだかまりがあるが、父様は洗脳を解いて以来ずいぶんと普通に接してくる。それが何だかキモチワルイのだが、さすがに本人には言えない。

 アズラィールが用意してくれたお土産用のスィーツが入った大きな箱を渡され僕はイタリアの家へ転移した。

 自室のクローゼットに転移すると、何人かの足音がどたどたと聞こえ、マリアンジェラとミケーレとアディが入って来た。アディはマリアンジェラにぶら下がった状態だ。

「お土産~、おかえり~」

「うわ、ひどいな。お土産あつかいか…。」

「あ、間違えた。ライル~、おかえり~。」

「おかえり~」

 にへにへ笑ってマリアンジェラの真似をしているのはアディだ。

「徠神おじちゃんからメッセージ来てたんだよ。ライルがいっぱいおみやげ持って行くからって」

 そう説明してくれたのはミケーレだ。

 ミケーレに箱を渡すと子供たちはダイニングの方へ行ってしまった。

 僕も一度シャワーを浴びて着替えてからダイニングに移動した。

 ちょうどおやつ時なのか子供たちはテーブルの真ん中に大きな箱を置いたまま、2個目のスィーツを食べていた。

「あ、ライル、お疲れ様~。父様のお手伝いだったんだって?」

 リリィが僕の分のお皿とフォーク、淹れたばかりの紅茶を出してくれた。

「うん、40頭以上いたかな。ブリーダーの経営破綻だって言ってたよ。」

「えー、犬たちも災難よね。いい家にもらわれて行くといいけど。」

「そうだね。」

 僕とリリィの会話をスィーツを食べながら聞いていたライアンが急にリリィに言った。

「ねぇ、リリィおねえちゃん、うちで犬飼っちゃだめ?」

「え?うちで?うーん、うちではどうかなぁ…犬はさ、毎日お散歩に連れて行かなきゃいけないから、ここだとちょっと難しいかも…。」

「どうして?」

「エントランスからお外に出るのは禁止でしょ。ほら、パパラッチに家の場所がわかっちゃうと困るから。それに、バックヤードは絶壁で急な階段だもの、犬の散歩には向いてないの。」

「…」

 ライアンがしょんぼりしていると、ミケーレがリリィに言った。

「あ、じゃあ、朝霧のお家で飼ったらいいんじゃないの?ライアンは平日は日本で幼稚園に行ってるんだし、あっちでお世話して、お散歩も連れて行ったらいいんじゃない?それに徠紗と徠太もいるから、ライアンが行けないときは頼めばやってくれるんじゃない?じ~ちゃんもいるし。」

 ミケーレのアドバイスにライアンは思わず笑顔になっている。

「じゃあ、アンジェラと朝霧の方にお願いしてみなさい。そうねぇ、朝霧の方は、未徠おじいちゃまに聞くといいわ。」

 ライアンはこっくりと頷いて、スィーツの皿を片付けた後、アンジェラの書斎に走って行った。


 ほどなくしてライアンが戻ってきた。

「アンジェラパパは朝霧の方でいいって言えばいいんじゃないかって言ってた。」

「じゃあ、朝霧の方に電話する?まだ起きてるよね。」

「僕、朝霧に行ってお願いしたい。」

「え…、あ、そう?じゃあ、リリアナに連れて行ってもらう?」

「あ、ママは今疲れて寝てるから…」

「えー、そうなの?」

 ちょっと離れて傍観している僕の方に視線が集まっていることに気づいた。

「ライル、ちょっとライアンを朝霧に連れて行ってあげてよ。」

「あ…うん。いいよ。」

 ライアンが満面の笑みで僕の方に走ってきて抱きついた。そして、なぜかミケーレまで走ってきて僕の足にしがみついた。

「僕も行く。犬、見たい。」

「仕方ないわね、なるべく早く帰ってくるのよ。晩御飯は6時だからね。」

「「はーい」」

 僕は二人を連れて朝霧邸に転移した。


 ライアンとミケーレは振り返りもせず、サロンに走って行った。

 夕食時を過ぎた時間だが、みんなサロンにいることが多いからだ。

「未徠おじいちゃまー」

 ライアンがすごい勢いで未徠に突進して抱きついた。

「おぉ、どうしたライアン、さっき帰ったばかりだろう?ミケーレも来たのか…」

「あのね、あのね、お願いがあるの」

 ライアンが言葉を選んで犬を朝霧邸で飼って欲しい、自分が平日は散歩に連れて行くからと説明すると、おじい様はおばあ様の方を見た。おばあ様はニコニコしながら了承してくれた。

 その横で見ていた父様が、話に入って来た。

「ライアン、飼う犬は決まってるのか?」

「まだ」

「じゃあ、あれだ。今動物病院で預かってる犬から一頭選んで飼ってあげたらどうだ?聞いてみてやるぞ。とりあえず明日の昼間にもう一回来たらいい。」

「うん、おじいちゃんありがと。また明日来るね。」

 もじもじしながらも初めて自分の意思を見せたライアンに皆ほほえましく思った。


 翌日、日本の正午過ぎ、ライアンはリリアナに連れられて朝霧邸にやってきた。

 犬を飼いたいというライアンの希望を聞き、リリアナは少々困惑した。

 ライアンは常におとなしく、自分の意見を押し殺すタイプで、わがままなどは言ったことがないからだ。

「ライアン、犬って噛むかもしれないわよ。大丈夫?」

「…噛むの?」

「狂暴なやつは噛むわよ。」

「じゃ、狂暴じゃないやつにする。」

「そう、わかったわ。」

 リリアナとライアンがそんな会話をしつつ徠夢の動物病院に着くと、昨日の騒ぎとはうって変わってシーンとしていた。

「おじいちゃん、犬見に来た。」

「おー、ライアン。悪いな…昨日いた犬たちは動物愛護センターに引き取られちゃったんだよ。」

「えぇ…そんなぁ」

「今いるのは、この2頭だけなんだよな。一応、こっちの犬は野良犬だから手続きとかが必要なくてもらってもいいって話だったけどな。こっちはブリーダーの所有だから一度センターに行かなきゃならないそうだ。」

 ガッカリした顔をするライアンとリリアナがその野良犬をケージの外から見ていた時、ミケーレとマリアンジェラが朝霧邸の中庭から走って動物病院に駆け込んできた。

「ちわーっす」

「ライアン、犬、決まった?」

 マリアンジェラの軽い挨拶と、ミケーレのいきなりの質問にライアンがモジモジしていると、リリアナがいつもの調子でズバッと言った。

「気に入らないならまた今度にしたらいいんじゃない?」

「え、気に入らないんじゃなくて…」

 ライアンがモジモジしているとミケーレが助け船を出した。

「おじいちゃん、犬、いなくなったの?」

「そうなんだよ、動物愛護センターに保護されたんだ。その2頭は血液検査の結果待ちと野良犬なんだよなー」

「野良犬?」

 ミケーレが黒い犬のケージを覗き込んだ。

「あー、この犬、見たことあるよ。ライルが飼ってたのと同じ色と模様だ。」

 徠夢が一瞬固まってからケージを覗き込んだ。

「お、おぉ~、ミケーレ、お前なんでそんなこと知ってるんだ?確かに、こりゃアダムとそっくりだ。あの時の兄弟の子供かなにかだろうなぁ。不思議なこともあるもんだ。」

 ミケーレがライアンに耳打ちすると、ライアンがモジモジしながら言った。

「だっこしてみてもいい?」

「あ、あぁ、まだ予防接種してないから、ちょっとだけな。」

 ライアンはケージから出された犬を抱きかかえて嬉しそうに言った。

「僕、この犬に決めた。」

 ライアンは黒い野良犬を飼う事にしたのである。

 その後、予防接種などを経て、2週間後に朝霧邸の中で飼われることになった犬は『アーロン』と名付けられた。

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