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69. 結婚式と愛の代償

 六月十八日土曜日。

 徠輝が来てから一か月以上経った。

 徠輝を連れてきたときにライラに「親切にしてあげてね」と言ったことが印象に残っているのか、ライラはずいぶんと徠輝にやさしく接しているらしい。

 でも、食べきれないくらい食べ物を盛るのは親切とは言わないからね…。

 ごめん、徠輝…。ゆるせ。


 それから、徠人が蛹になってから一か月以上過ぎた。

 今のところ、蛹には変化はない。

 ライラにも特に変化はない。ちょっと徠輝にしつこいだけで、逆に僕に対しての依存が少し減ったようだ。


 午後、アンジェラが急に行きたいところがあるから一緒に来て欲しいと言い始めた。

 スマホで地図アプリを開き、場所を教えてくれる。

 あと三時間くらいしたら行きたいんだ。他に用事を作らないでね。

「おっけー。わかった。」

 僕たちはそれぞれ、やるべきことをして、それまでの時間を過ごした。

 ライラのたまった洗濯物を片付けたり、日記をつけたり。

 しばらくできなかった、ピアノの演奏も…。

 やっぱり、家のホールは広いから、グランドピアノを思いっきり弾くのは超気持ちいい。

 エネルギー補給のために弾きまくる。あーすっきりした。


 あっと言う間に三時間が経ち、約束の時間になった。

 今日は、そこに行ったらもう帰ってこれないね。

 地図で見るとドイツの川の側みたい…。アンジェラが言ってた別荘かな?

 アンジェラが、僕の手を取り転移を頼んでくる。

 なんだかピアノを弾いたせいか気分が上がっちゃって、向かい合ってアンジェラの腰に手を回して、転移してしまった。

 おや?見たことのない光景が…。

 ここは、川の中州にある土地なんだね。しかも、目の前にあるのは小さいですが、お城…。

「アンジェラ、ここでいいの?」

「あぁ。ここは私の別荘の一つだ。」

「えー?すごい。本物のお城~。」

「さぁ、中でスタッフが待っているから、着替えておくれ。」

「え、なになに?パーティー?」

 僕はアンジェラに言われるままに城の中の一室に入り、用意されてた衣装に着替えた。

 純白のウエディングドレス。そして、ブーケ。

 少しすると、アンジェラも真っ白なタキシードに着替え、髪を後ろで束ねて出てきた。

 ヤバい。マジでやられそう。アンジェラ、かっこいい。

 全然聞かされてなかったけど、今日が結婚式らしい。


 ほとんど待ち時間も何もなく、神父が連れて来られ、誓いの言葉を宣言する。

 よくドラマで見る、あのやつだ。

「アンジェラ・アサギリ・ライエン。汝、健やかなる時も、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、そして命ある限り真心を尽くし、共にあることを誓いますが?」

「はい、誓います。」

「リリィ・ライル・アサギリ。汝、健やかなる時も、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、そして命ある限り真心を尽くし、共にあることを誓いますが?」

「はい、誓います。」

 二人で、アンジェラが用意してくれた結婚指輪の交換をし、誓いのキスをする。


 それと同時にドイツでスタッフが代理人となり、二人の婚姻届けを出した。

 二人は書類上、そして、事実上、みんなの前で結婚したのである。

 その様子は関係しているメディアを通して、世界に発信された。

 結婚式を挙げたのが、アンジェラの別荘ということもあり、誰にも邪魔されず、無事に式を挙げることができた。

「皆さん、ありがとう。」

 スタッフ、関係者、メディアの皆さんにお礼を言って、僕たちはそこを後にした。

 僕達はイタリアの家に戻り、そこで夫婦として最初の夜を迎えた。


 アンジェラはいつもと変わらず、とてもやさしかった。

 二人でベッドに入り、抱き合った。

 いつもと違うのは…キスだけじゃないってこと。

 アンジェラが幸せになるために僕がしてあげられること。

 この夜、二人は初めて結ばれた。恥ずかしいけど、幸せだった。

 ずっとずっと一緒にいようね。ずっとずっと愛してる。二人で愛を確かめ合った。

 気付いたら、夜が更けていて、アンジェラはベッドからいなくなってた。

 アンジェラを探して、僕はアトリエに行った。

 アンジェラは椅子の背もたれをまたぐようにして一人で座って大きな三枚の絵を見ながらひとりでワインを飲んでいた。

 アンジェラは少し悲しい顔をしていた。

 アンジェラの背中に後ろから抱きついて、背中のぬくもりを感じる。

「愛してる。悲しい顔しないで。」

 僕は心からそう言った。その時、アンジェラが立ち上がった。まるで僕に気づいていないかのように…。僕はおどろいて、その場に倒れた。

 アンジェラは僕に気づかず、下の階のベッドルームへと行ってしまった。

 その時にアンジェラの叫び声が聞こえた。

「おい、どうしたんだ!起きてくれ!」

 でも、僕はその場から動くことは出来ず、意識を失った。

 僕の姿をしていたモノはキラキラと共に消えた。


 その時、アンジェラは、さっきまで愛を確かめ合っていたライル=リリィに意識がないことに気が付いた。

 目は半分開かれたまま、呼吸はかろうじてしているが、ゆさぶっても、問いかけても反応がなかった。

 アンジェラは救急車を呼び、リリィを病院へ搬送した。

 日本の徠夢とアズラィールにも電話で連絡を取った。

 二人は翌日の飛行機でイタリアに入った。

 全くの原因不明で、処置のしようがないと医師に告げられた。

 自発呼吸と心臓は最低限の鼓動はしているが、脳波にも反応がなく、瞳孔が開いており、いわゆる脳死の状態だという。

 アンジェラは涙が枯れるまで泣いた。

 泣いて、泣いて、誰に何を言われてもリリィの側を離れなかった。

 徠夢はアンジェラに一つだけ思い当たることがあると言った。

 それは、血液などを触った時にその相手の危機に直面した場面に入り込んでしまう現象だ。でも、相手が意識のある状態ではただ傍観するのみで、自分では何もできないという。

 徠夢はアンジェラにきっとライルなら問題を解決して戻ってくるよと言った。

 二日ほど滞在し徠夢とアズラィールは一旦日本に戻って行った。

 アンジェラの精神は崩壊寸前だった。

 アンジェラは、病院に置いていても何も変化もないとわかったため、リリィの体を家に移送した。

 日に二回、看護師が訪問し点滴を追加する。


 アンジェラは何を言っても反応しないリリィにずっと話しかけていた。

 どれだけ君の事を愛しているか、待ち望んだか、失ってしまったら自分は生きていけないと、反応のないリリィに訴え続ける。

 それをただ一人ずっと聞いている者がいた。それはリリィ=ライルその人である。

 リリィはアンジェラの中に入ってしまっていたのだ。

 徠夢が言った通り、魂が別の者の危機に直面したところに入り込んでいた。

 アンジェラは結婚式の日、今までで一番の幸福を感じていた。しかし、それは不安の始まりだった。失うかもしれない幸福、絶対に手放したくない愛する人。その危うい精神状態がアンジェラの危機であると判断されたのかもしれない。

 血液ではない、今回は体液により発生してしまった。

 ただ、今までわかっていることとして、誰かの中に入り込んでしまった場合、自分の意思でそこから抜け出すことは出来ないのだ。

 その者の危機を救うことが抜ける条件なのだ。

 リリィがこの状態になり一週間が過ぎた。

 アンジェラは、食事もとらずにずっとリリィの側で過ごした。やつれて、目は落ちくぼみ、声も弱くなってきた。アンジェラは自分もこのままリリィの側で死ぬ決心をしたのだ。最後にもう一度リリィに心からの口づけをし、抱いた。

 反応のない、人形の様な状態のリリィを…。

 アンジェラはそれでも愛を感じた。これ以上もう一人で生きていくことはできない。

「さよなら。私の愛する人。」

 アンジェラの中に入ってしまっているリリィもアンジェラが感じる愛を同様に感じていた。いや、それ以上かもしれない。

 リリィの横に添い寝をし、アンジェラは自分の手首を切った。

 少しづつ出血し、意識が遠くなる。最後に見える顔がリリィの顔であることを幸せに思いながら、口づけをした。そして、意識を失った。


 アンジェラが意識を失ったことで、リリィはようやくアンジェラの体を動かすことが出来た。急いで傷をふさぎ、水を飲み、体を洗い、血だらけのシーツを取り換え、リリィの腕から点滴の針を外し、リリィの体も洗い、またベッドへ寝かせる。

 今、自分はアンジェラだ。リリィは目の前で横たわっている。体は重い、動くのがやっとだ。

 リリィはまだ、元に戻らない。じっとリリィの顔を見る。確かにかわいい、唇もキスしたくなるようなかわいらしい色だ。魔が差した…というか、なんでだか、アンジェラの体で自分=リリィにキスした。

 その時、半開きだったリリィの目が大きく開いた。

 目の前にアンジェラがいた。アンジェラが意識を取り戻したのだ。と同時にアンジェラの生命の危機が去り、自分の体に中に魂が戻った。

「ん、んんっ。」

 リリィの激しいキスがアンジェラに届いた。

「リリィ…。あぁ、お迎えに、来てくれたんだね。」

 アンジェラがどっかで聞いたセリフをまた言ってる。

「勝手に死なないで。」

 リリィがそう言うと、アンジェラの意識がはっきりしてきた。

「リリィ…。」

 アンジェラがリリィを抱き寄せ、求めてきたところで、リリィが釘を刺した。

「アンジェラが心配ばかりして、死んじゃう死んじゃうって考え込んだから、僕アンジェラの中に閉じ込められてたんだよ。そんな考えしてたら、エッチするたびに同じことになっちゃう。絶対、そういうのやめてくれるって約束してくれないと、もうできない。」

「え?それは私のネガティブがゆえの…。」

「そう。約束できる?ネガティブ禁止。」

「は、はい。」

「じゃあ、大丈夫。あと、意識ないのに勝手にするのは…どうかと思うよ。」

 僕もちょっと顔が赤くなる。アンジェラに入ってて肉体的に感じちゃってたってのは言わないけど。アンジェラも顔が赤くなる。

「ごめん。もう最後だと思って。」

「最後なわけないじゃん。ほら、こっちにおいで。ちゃんとご飯も食べないで、馬鹿でしょ!もう。」

 リリィはぽふっと小さいげんこつをアンジェラに落として、抱きしめた。

「アンジェラ、あったかい。愛してる。」

「ん、あったかい。」

 いっぱい出血した割にアンジェラはそっちの方の元気はよかった。何回も、二人は愛を確かめ合った。お腹がぐぅ~ってなるまで…。


 アントニオさんに食べ物を用意してもらって、ベッドの上でもぐもぐ食べながら、父様に写真を撮って送った。

「二人とも無事生還しました。」

 というコメントと共に…。

 父様は「二人とも?」のところがよくわかんなかったみたいだけど、落ち着いたら一回帰っておいでと言っていた。

 二人の体力が回復するまで、更に十日ほどイタリアに留まった。


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