688. ヒューゴ・ロペス(2)
11月29日、水曜日。
アンドレとヒューゴの見舞いの話をしてから3日経った。
月曜から大学の寮に戻り、いつもの様にキャンパス生活を送っているのだが、僕の周りではあのライエンホールディングス本社前で起きた銃撃事件の動画の話しで騒がしい。
僕のルームメイトのうちの一人であるカールは、ただ単純に『すごい話』としてその話題に夢中だ。
それは、講義に行く前の朝の食堂で4人揃って朝食をとっていた時だった。
カールがその動画を友人から教えてもらい食事中に見たところから話は始まった。
「う、うそだろ…マジか…。おい、これ見たか?」
「カール、口から食べ物飛ばさないでくれよ、汚いだろ…。」
「ケヴィン、だって、ほら、見てみろよ。ここで、消えるんだよ、サァーッって…うわ、マジ鳥肌だ。」
「え?なになに?」
ケヴィンがカールのスマホの画面を見て手に持っていたスプーンを落とした。
「こ、これ…」
「な、すごいだろ?」
「あぁ、すごい…やっぱりただものじゃないと思ってたんだよ、これライルじゃないか。」
僕以外の3人が一斉に僕の方を見た。
「…」
「こ、これライルなのか?」
カールが僕の肩を掴んでブンブンと揺さぶる。
「や、やめてよ、頭が取れちゃいそうだよ…。」
「あ、ごめん。」
ようやくカールが僕を開放したかと思ったら、今度はスティーブンが僕の顔を自分の方に向けてまじまじと見つめる。
「んっ、確かに…そっくり。」
「…」
僕はいつもの様に髪は金髪の肩より長い長髪でボサボサだ。もちろん瞳は青い。
ここで何か言わないと、瞬く間に噂になってしまうだろう。僕は重い口を開いた。
「これは僕じゃない。髪色も目の色も違うじゃないか…」
「むむ…確かに…髪はこれ銀髪だな…目の色はこれじゃわからないけど…」
「カツラ被ってたのか?カラコンか?」
カールがそう言い出し、なかなか疑惑は晴れなかった。
その時、丁度メッセージがアンドレから送られてきたのだ。
『ライル、今日の夕方空いてる時間を教えてくれ。一緒に見舞に行こうと思う。アメリカの家で待ち合わせて車で向かう。』
僕は講義終わりの時間を返信した。
『15時に終わるから、15時30分には家に行けるよ』
『了解した』
それを横から覗き込んでいたケヴィンが僕に聞いた。
「ライル、その理解できない言語はなんだ?」
「え?あ、僕は日本人だから、同居している家族は基本的に日本語で話すんだ。」
「えー?日本人なのか?日本人って髪、金髪だったか?」
「あー、えっと僕の父とおじい様は金髪で…元々ドイツの方出身だから…」
「そういや、ライルってアンジェラ様の親戚って言ったか?」
「あ、うん。僕の姉とアンジェラが夫婦で…あ、でもその前に僕はアンジェラの遠縁なんだ。」
「すげー、うらやましいなー」
どうにかアンジェラのネタで話題が逸れた様で命拾いした気がした。
その後午後の講義も終わり、アンドレとの約束通りアメリカの自宅に寮から徒歩で移動した。
少し気を遣って、黒のキャップを被り、リュックを背負った大学生っぽい服装だ。
家に着くと、アンドレがスーツ姿で待っていた。
いつも通り仕事の時は黒縁眼鏡と髪を後ろで結わえている。
「アンドレ、待たせちゃったかな」
「いや、まだ約束の時間前だ。ライル、これに着替えてくれないか。」
アンドレは今日の衣装を僕に手渡した。
メディアに写真を撮られる可能性があるため、着るものなどには気をつけなければならない。
「あと、髪は短くした時のスタイルで頼む」
「あ、そうだね…。急に伸びたら変だもんね」
僕は着替えながら変化し、髪を短くした。黒のTシャツに濃い目のダンガリーシャツと黒の綿パンだ。
着替え終った頃、アンドレがスマホに来たメッセージを見ながら言った。
「悪いが、病院に行く前に予定が1つ増えた。アンジェラが記者会見をすることになった。そこに同席するようにとのことだ。」
「え?なんの記者会見?」
「ライルとあの神が別人である事を証明する会見だそうだ。」
「どういうこと?」
「リリィが演じるらしいぞ」
「…リリィが?」
どうやらアンジェラの会社にもあれはライルなのかと問い合わせが殺到して収拾がつかなくなったらしく、いっそ僕と一緒に会見をして、その場にリリィが変化した状態で現れたら僕への疑いが晴らせるのではないかということのようだ。
まぁ、その後にまた大変な事が起きそうであまり乗り気にはなれないけど、アンジェラの決定であれば仕方ない。僕はアンドレと共にライエンホールディングス本社へ行き、会見会場となっているホールに到着したのだった。
会場に着くと、普段は窓をパネルで閉じているホールなのだが、パネルが撤去され、外が見える状態になっていた。
窓を背にした真ん中に会見用のテーブルと椅子が置かれていた。
会場の端でアンドレと待っていると、そこに1つ上の階にある社長室からエレベーターで下りて来たのであろうアンジェラが入場した。入場と同時に記者たちがアンジェラをパシャパシャとフラッシュをたいて撮影する。
アンジェラは無言で記者会見用のテーブルの所まで行き、椅子に腰かけた。
マイクのスイッチが入ったのか、少しキーンという音がして、アンジェラがマイクを手に取った。
「本日集まっていただいたのは、当ライエンホールディングスグループのライエンエンターティンメントに所属するヒューゴ・ロペスが本社ビル前で銃撃された件に関することだ。」
『パシャパシャ』と更に激しくフラッシュの音が鳴り響く。
「ヒューゴ・ロペスは銃撃による怪我の治療を行っているが、命に別状はなく、全治まで約1か月。犯人はいずれ警察から発表があると思うが、防犯カメラの映像等からすでに判明しているという情報を得ている。捕まるのは時間の問題だろう。さて、この情報の他に、ライエンホールディングスへの問い合わせが殺到している案件について、今日は明確な回答を用意した。」
そう言ってアンジェラは僕に手招きをした。
ゆっくりと歩いてアンジェラの横まで移動した。アンジェラが僕に椅子に座るよう促したので、椅子に座った。
「ヒューゴ・ロペスが襲われたとき、その場所で撮影が行われていたため、ヤジウマが勝手に撮影した動画をネット上に上げたようだ。その件につき、ここにいるライルがその話題の人物ではないかと言われているが、それは違う。」
『パシャパシャ』フラッシュ音と同時に数名の記者が声をあげた。
「その証拠ってあるんですか。」
「じゃ、あれは誰だっていうんですか。」
「質問には答えない。今から見せるものを信じるか信じないかは君たちの自由だ。」
アンジェラはそう言って立ち上がり、少し日が傾いて赤くなりかけた夕日が見える窓辺に向かって近づいた。
窓の外に急に金色の光の塊が発生し、それが実体化した。それはルーナの姿をしたリリィだった。
翼を出し、ビル風にあおられながら、アンジェラが手を置いた窓ガラスの同じ場所に手を重ねるように、ビルの外で飛びながら微笑んだ。
『ワアッ』とほぼ全員の記者から歓声が上がった。
ものすごい勢いでフラッシュ音と撮影が行われている。そして、次の瞬間、ルーナが光の粒子になった直後に、銀髪の長髪で金色の瞳の僕が神様役をやった時の姿、男神に変ったのだ。
『おぉ…』今度はどよめきが起きた。アンジェラが窓ガラスから手を離すと、その場にいた男の神様コスのリリィは光の粒子になって消えた。
アンジェラは黙ってテーブルの場所に戻り一言だけ言った。
「私の守護天使だ。」
みごとな演出だったと思う。そういえば、以前にもリリィを守護天使だと言って報道関係者の前で見せたことがあったっけ。
触れることのできない窓の外に現れた天使、それを目の当たりにした報道関係者。僕がここにいる以上、僕を疑う者はいなくなるだろう。
記者会見はそこで終了となった。
その日の夜から記者会見の様子はネットニュースで取り上げられた。




