687. ヒューゴ・ロペス(1)
11月26日、日曜日。
朝になり、ものすごい騒ぎと共にリリアナとアンドレ達が過去のユートレアから帰ってきた。
アトリエでコーヒーを飲んでいた僕の位置からは、空になったクーラーボックスを物置小屋にフラフラしながらアンドレが運んで行くのが見えた。
騒ぎ…というのは、もっぱらリリアナの毒舌である。
「ちょっと、ライル聞いてよ。もぉ、あんなクソジジィとか、いくら隣国の王でも無理だっちゅーの。」
「リリアナ、なんでそんなに怒ってるのさ…」
「あ、覚えてる?アンドレのお父さん、アーサー王に隣国の来賓をもてなすよう言われて、今回仕方なく手を貸したんだけどさ…。」
「うん、それで?」
「王の他に従者とかそれ以外も含めて30人も連れて来てて、しかもその中の3人がその隣国の姫だっちゅーのよ」
「へぇ…ずいぶんいっぱい姫がいるんだね」
「そうなのよ、3人どころか全部で11人もいるみたいでさ、しかも王妃の他に側妃だとかが何人もいるらしくて…ただのキモイおっさんなんだけど。姫はブサイクばかりだし。」
「あはは…アンドレに比べたらそりゃ、みんなおっさんだろうけど…」
「それがさ、それだけじゃないのよ。もうホントムカツクったら…」
リリアナがそうして鼻息を荒げて話したのは、他でもない、その隣国の王は3人の自分の娘をアンドレの側妃にどうかと提案しに来国したらしいのだ。
もちろん、アーサー王やアンドレの母の王妃は全くそのことを知らなかったようなのだが、いきなり晩餐の席で『どの姫がいいか』と聞かれた時にはリリアナは平静でいられなかったらしい。
「危なくどこかの遠い島にでも飛ばしちゃおうかと思ったわよ。」
鼻息を荒くしていたかと思ったら、急に顔を赤らめるリリアナを見て全く理解が追いつかない僕だった。
そんな会話の最中にアンドレが物置小屋から戻ってきた。入れ違いでリリアナは子供たちをお風呂に入れると言って自室に戻った。
どうにも疲れた様子で、ため息をつきながら足元はふらついている。
「アンドレ、お疲れ様、言ってくれれば片付けたのに…」
「あぁ、すまん。ちょっと体が疲れていてな…はぁ…。」
確かに目の下にクマもできている。きっとリリアナがさっきの調子で夜中ずっと文句を言っていたのかもしれないな…。体の凝りとかなら僕にも治せるかも…。そう思い、アンドレに『治してやろうか』と言って触れた。
「ん?」
思いもよらないところで、昨夜のアンドレの記憶が僕の手を通して流れ込んできた。
アンドレはその隣国の王にはっきりと言ったのだった。
『私の最愛の妃、リリアナが最初で最後の私の伴侶です。側妃だろうと何だろうとお断りします。』
「ほぉ…アンドレ、かっこい~。」
アンドレが記憶を読まれたことを察したのか真っ赤になって身を縮めた。
「ん?」
また、その後の記憶が流れ込んできた。
それが頭に入った途端、僕も赤面した。
リリアナとアンドレは『もっと世継ぎがいた方が安心ではないか?』と側妃を娶るようにしつこく言い寄る隣国の王の言葉に反論するべく、ユートレアの王の間で一晩中夫婦で『激しい妊活』をしたのだった。
「あ、ごめん。記憶読むつもり全くなかったんだけど…。見えちゃった。」
「ら、ライル…、わ、私は決して…」
「いや、皆まで言うなユートレアの王太子よ…。なーんちゃって。仲良くていいじゃないか。二人で。」
「…す、すまん。」
「いやぁ、謝られても困るよ。ハハ…」
僕とアンドレはクスッと笑い合い筋肉痛を治してあげた後で、ライエンホールディングスの本社であったことをアンドレにも共有した。
アンドレは僕が動画を撮られたことをひどく警戒しているようだった。
「ライル、アンジェラにも言ってみるが、しばらくは表に出ない方がいいだろう。」
「うん、僕もほとぼりが冷めるまではそのつもりなんだけど…アンジェラがヒューゴのお見舞いに行って来たらどうだって言うんだよ。」
「うむ…ヒューゴ・ロペスは、実は何年も前から事務所に入れてほしいと母親から懇願されていたんだ。」
「ふぅーん、ねぇどうして今までは断っていたの?」
「ヒューゴはつい最近まで、俳優でもタレントでもない普通の学生だったんだ。」
「あれ、でも会議の時に俳優って言ってた気がするけど…」
「あぁ、事務所に所属せずにオーディションで主役の座を勝ち取ったんだ。それを引っさげてうちの事務所に入れてくれと言ってきたのだ。」
アンドレの話では、ヒューゴはSNSや動画配信などでは素人ながらすごくたくさんのフォロワーがいるらしく、若者の間ではかなり人気があるらしい。
しかし、その配信内容などを調査した結果、かなり『天使』に傾倒しており、崇拝と言ってもよいほどで、下手をするとアンジェラに危害を加えるのではないかと懸念されて事務所は拒否していたらしい。
そうはいってもライエンホールディングスの重役の息子であり、コネがない状態で映画の主役をもぎ取ったことから、実力を評価してようやく事務所に所属出来ることになったのだ。
「ライル、チーフマネージャーとして私も数日中にヒューゴの見舞に行く必要があるだろう。その時に一緒に行ってはどうだろうか。」
「あ、そうだね…。一人じゃなければ大丈夫だろうし、動画を撮られたのが僕だとは本人が知っているかどうかはわからないんだ。明日から大学に戻るから、夕方以降の時間でもよければメッセージを送って。」
「わかった。そうしよう。」
僕とアンドレは数日中にヒューゴの見舞に行くことにしたのだった。




