686. それぞれの土曜日(5)
僕はアンジェラの書斎に戻ってから、アンジェラと少し話をした。
今日、ヒューゴ・ロペスがライエンホールディングス本社に来たのは、俳優として契約をするためだったらしい。ちょうど契約を終え、本社の外に出たところを銃撃されたんだとか…。
銃撃の犯人はまだ捕まっておらず、本社ビルの監視カメラの映像も警察に提出しているらしい。
アンジェラは苦笑いをしながら僕に言った。
「まさかハリボテの代わりに撮影に参加して、その場で銃撃に出くわすとは…。まぁ、ヒューゴは運がいいのだろう。ライル、時間があったらあいつの見舞いにでも行ってやってくれ。これからうちで売り出す予定の俳優なんだ。」
「えー、それだとあれが僕だってばらしちゃうようなもんじゃないか。やめておいた方がいいと思う。」
「そうか?年も近いし、あんなに天使ラブな奴はいないぞ。」
「いや、例えそうだとしても…僕は基本的に自分の能力を家族以外には使うつもりないんだ。」
「うむ…そうだったな。」
僕の能力は他人に知られてはいけない。私利私欲のために利用される可能性があるからだ。
ようやく会社関係の話から解放されアトリエに行くと、いつの間にか帰宅していたニコラスの膝にマリアンジェラが抱っこされた状態で眠っていた。
「あ、ニコラス、おかえり。いつ帰ってきたの?気づかなかったよ。」
「ただいま。帰ってきたのは30分くらい前かな。仕事だったんだって?マリーに聞きましたよ。」
「そうなんだ…すごく色々なことがあって、1時間くらいマリーをここで一人にしちゃった。」
「大丈夫ですよ。彼女もそれはわかってましたから。」
そう言ってニコラスはマリアンジェラを子供部屋に寝かせるため抱きかかえたまま連れて行った。
そして数分後、ニコラスだけが戻ってきた。
「私も今日は散々でした。レイナの親族の葬儀だというので行ったのですが…、集まった人たちは腹黒いハイエナの様な奴らばかりでした。」
珍しくプンプンと怒りながらニコラスはその日あったことを説明してくれた。
長年フィリップ達と共に、商船事業と薬局事業に携わったアンナ叔母さんのひ孫娘に当たるニーナお婆さんが亡くなった。彼女もフィリップ達と共に70歳を超えるまで現役で働き続け、91歳で亡くなったそうだが、ニーナが退職してからもフィリップとルカはニーナに毎月給料を払っていたそうだ。
それも、ニーナの孫息子や孫娘が面倒をみないどころかニーナの預金を勝手に使いこんだりして散々迷惑をかけるような家族だったからだ。フィリップはニーナを施設に入れた後もずっと支援し、よく施設にも訪問していたらしい。
そんな彼女の孫二人は葬儀の席で自分の遺産の取り分について参列者の前で大騒ぎをした挙句、フィリップとルカがニーナの財産を横取りしたのではないかとありもしない話を大声で騒ぎ立て、結局は警察沙汰にまで発展したのだった。
レイナ…ニコラスの子供を産んだ女性の親戚だと言う話だが、実際にはレイナがいた村の人々は殆どが親戚関係だったらしい。従兄妹同士で結婚することも多くあったのだ。
理由はレイナの様な動物に変身する個体が度々生まれるため、村の中で結託し、それを隠していたのだ。
しかし、そのような個体もアンナ叔母さんが最後だと言う話を聞いている。
結局のところ、ニーナは施設に入る前に慈善団体に預貯金と家を処分した現金をほとんど寄付してしまっていた。ニコラスがいつもより興奮気味で言うのだ。
「ライル、聞いてくださいよ。アンジェラがライエンホールディングスの顧問弁護士をよこしてくれたから大したことありませんでしたけど、私とリリィを詐欺師だとか言って胸ぐらをつかみかかってくるんですから…。全く、恐ろしいったら…。」
「ニコラスも大変だったんだね。さぁ、もう今日はゆっくり休んでよ」
「今日、わかりましたよ、マリーがいつも言ってるアレの意味が…。」
「アレ?って?」
「『ライルが足りない』ってやつです。」
「ええっ?気持ち悪いよニコラス…」
「そんなこと言わないで私のことも抱きしめて下さい。」
半分ふざけてはいるようだが、ベッドに入ってからもニコラスは僕をぎゅっとしたまま眠ってしまったほどだった。このアンジェラが大黒柱の、この家が穏やかで、安心できる場所なのだと再認識する日だった。




