685. それぞれの土曜日(4)
アンジェラ達を連れ帰り、イタリアの家に着いた時には夕方になっていた。
マリアンジェラが本社ビル前で起きたことを不安に思ってか僕の側から離れないことを除いてはいつも通りの風景と何ら変わりない、そう思っていたのもつかの間だった。
アンジェラのスマホに本社から連絡が入り、急遽電話会議に入ったようだ。
僕は、すっかり疲れて眠ってしまったアディとルーとミケーレを子供部屋に運び、ベッドに寝かせた。
アンジェラの話では、彼らは日本で数時間前に夕飯を済ませているという。
そう言えば、僕とマリアンジェラは昼食も食べずにバタバタと過ごしてしまった。
ダイニングに待たせていたマリアンジェラの所に戻ると、疲れたのかダイニングテーブルに突っ伏している。
「マリー、疲れたのか?寝るなら子供部屋に…」
「う~…」
「どうした、マリー」
『ぎゅるる~、ぎゅるっ』盛大な腹の虫が壁にコダマするくらいの音を立てた。
「おにゃかすいた…」
「そ、そうか…そうだよね。ごはん食べてなかったからな。」
「うぅ…」
僕は慌てて冷蔵庫を漁り、ミケーレが未徠から持たされた本日の釣果のタイのお刺身を見つけた。
そしてパントリーの中に置いてあったレンチンできるパックのごはんを見つけすぐに加熱と盛り付けを行った。
お土産の『タイの刺身』があってよかった。僕には料理はちょっと無理だ。
目の前に出されたお刺身とごはんをもりもり食べ始めたマリアンジェラを見ているだけで僕はお腹いっぱいな気分になった。
マリアンジェラはパックごはんを3個たいらげ少し落ち着いた様子だ。
食後の歯磨きをさせて、アトリエに二人で移動してただボーッと過ごした。
アンジェラが電話会議に入ってから30分ほど経った頃、廊下でアンジェラが大きい声で僕を呼んだ。
「ライル、ちょっと会議に参加してくれないか」
今日の撮影に関して話があるのかと思い、少し面倒だなと思いながらアンジェラの書斎に行った。
一応髪型は金髪の短髪へと変えておいた。昼間会った人が驚いたら困るからね。
「来たよ。」
僕がそう言って顔をのぞかせると、アンジェラに部屋に入り椅子に座るよう促さた。言われた通りに座ると、電話会議ではなくビデオ会議だったようで、壁に掛けられた大きなモニターには本社の会議室に集まった人たちが6人映っていた。
どうやらこちらの様子もあちらに映されているようだ。
『ライルさん、今日はありがとうございました。おかげさまで映像データは間に合いました。』
制作担当者と思われる男性が僕にそう言った。
「あ、いえいえお役に立ててなによりです。」
僕も社交辞令的な返事を返した。
「で…、その撮影が原因で大変なことになっている。だったな?ジャクリーン、報告しろ。」
アンジェラが少しきつい口調で言った。
ジャクリーンという少し化粧の濃い『キャリアウーマン』って感じの女性が立ち上がってリモコンのスイッチを押した。
そして一連の撮影風景をスマホで勝手にヤジウマが撮影した映像と思われるものがネットで公開されて大騒ぎになっていると説明し、その映像をモニター上に再生したのだった。そしてジャクリーンは付け加えた。
『撮影シーンだけであれば特撮だと言い切れたのですが、たまたまその直後に起きた事件もその映像に写っていまして…』
再生された映像には、さっきのヒューゴ・ロペスが銃撃された瞬間も、犯人の様子も、そして直後に上から飛んできた僕と、光の粒子になって消える僕まで映っていたのだった。
『CEO、色々なメディアだけでなく、政府の機関からも情報提供の依頼が殺到しています。どう対応されるのか方向を決めて頂かないと、本社の電話はパンク寸前です。』
アンジェラは目を瞑り、しばし考えをまとめているようで無言のまま数秒が過ぎた。
「参ったな。」
目を瞑ったままアンジェラがボソッと言った。
モニターの向こうで会議中の会社の偉い人たちがどよめいた。
『CEO、ま、まずは私達に真実をお話し下さい。この映像に写っているのはライルさんで間違いないのですか。』
「あぁ、これはライルで間違いない。」
一人の年配の男性が聞くと、アンジェラが答え、そしてまた皆がどよめいた。
『ま、待ってください、ライルさんと顔は似ていますが、髪も瞳の色も違うではないですか…。』
また別の、今度は少し若い髪が薄い男性が映像の中の僕と、今映し出されている僕を比較して確認してきた。
「うむ…皆には理解しがたいことをこれから説明することになる。心して聞いてほしい。他言無用、社内の他の者にも言ってはならん。」
アンジェラはそう告げると僕を椅子から立たせ、僕に言った。
「ライル、今日の撮影時の姿になれるか。」
「え?マジで言ってる?」
「あぁ、仕方ないだろう。会議室にいる6人は私を裏切ることはないと私は信じている。」
「うーん。後悔しないことを祈るよ。」
僕はそう言いながら、髪を銀髪に、瞳を金色に、そして翼を出して大きく広げた。
どよめきだけではない、悲鳴のような声が会議室に上がった。
「おちつけ。さぁ、お前たちが見た通りだ。ライルは何だと思う?」
モニターの向こうでざわついたまま、しかし、誰も何も言わない。
「まだわからないか…。ライル、あっちの会議室に行けるか?」
「え?うーん、行けるけど…なんかヤバイ未来しか見えない気がするよ。」
「その時はその時だ、行ってきてくれ。」
「う、うん。」
僕はその姿のまま、モニターに映っている会議室のモニターの前に転移した。
「や、やぁ」
なんかバツが悪くて、片手を小さくあげ、ちょっと挨拶をした。
「う、うわぁ…」
「な、なんということだ」
「た、助けて…」
6人のうち3人は逃げようとして入口の方へ走った。
『おちつけと言っただろう。ライルはお前たちに危害を加えたりしない。ライルは私達天使の末裔の中では飛びぬけて能力の高い者なのだ。』
「天使の末裔?」
「そうだ。私達一族は翼を持ち、ライルの様に他の容姿に変化が出来る者もごく一部にいるのだ。」
アンジェラがそこまで言ったところで、僕は元の姿に戻った。そして、イタリアの家のアンジェラの書斎に転移した。
「そしてライルは負傷した者を治癒する能力まで持っているのだ。」
『CEO、治癒というのは、もしかして今日の事件の被害者を手当したということですか?』
「ライル、どうなんだ?」
「あ、うん。屋上から血がどばっと出てきたのが見えた気がして…慌ててビルから飛び降りて行っちゃったんだ。それで本当にぎりぎり息があったから…損傷がひどいところだけをすぐに修復してみたんだけど…」
『そ、それでどうして急にいなくなったのですか?』
「あの…そ、それが…10年前に、今日の被害者の彼が死ぬ寸前のところまでいっちゃったことがあったみたいで…そこへ飛ばされちゃって…。あ、でもその傷も治して911に通報して、救急車も来てくれたところまで見守ってきたんだ。」
その時、急に座っていたスーツ姿の女性が立ち上がった。
「どうした、オリヴィア?」
アンジェラがそう声をかけると、女性は両方の目から滝の様に流れる涙をぬぐおうともしないで深々と頭を下げた。
『う、うちの息子、ヒューゴを助けていただきありがとうございました。10年前、私の妹により誘拐、監禁、そして首を絞められた上、腹部にガラスの破片を突き刺され、息子は本当に死んでもおかしくない状態で港のコンテナの中から発見されました。その時から、ヒューゴはずっと天使が助けてくれた、と言い続けておりました。私達夫婦は半信半疑ながら通報してくれた方を探し続けておりました。そ、それがライルさんだったんですね。本当に言葉では言い表せないくらい感謝しております。』
昼間、銃撃されたヒューゴの隣にいた女性はヒューゴの母、オリヴィア・ロペスだったのだ。
彼女はヒューゴが10年前に自身の異母妹から殺害されそうになったことをきっかけに女優を引退し、芸能事務所で裏方として働くようになった。
ライエンホールディングスの中のライエンエンターテインメントでは副社長を務めているのだ。
それも全てヒューゴが『天使は絶対にいる』と言って探し続けていたからにほかならない。そんな中、アンジェラのステージを見たことで、アンジェラに近づけば天使に会えるのではないかと考え、移籍してきたのだ。
会議室は静まり返り、誰も言葉を発しなかった。もしかして、僕の返事を待ってる系?
「あー、あの…そんなに気負わないでください。とにかく無事でよかったですね。ところで会議なんかに出ていていいんですか?息子さん病院ですよね?」
『はい、少し輸血は必要でしたが、今は落ち着いているようですし、主人が付き添っていますので。それに私はどうしてもこの会議に出て真相を知りたかったんです。』
「な、なるほど…でも息子さんに僕のこと言うのはNGですよ。ね、アンジェラ…。」
「あぁ、ここにいる者以外知らせることは許可できない。悪いが口外できないようにさせてもらう。」
『ど、どういうことですか?』
会議室にいた中の一人が変に動揺している。
「ライル、悪いがもう一度行って、念押しして来てくれ。」
「ん?あ、あぁ、わかった。」
僕はそのまま会議室にまた転移し、皆が注目する中赤い目を使った。
「はい、皆さん、座って下さい。えっと、録音・その他の機器で記録したものはデスクの上に置いて」
6人の内さっき逃げようとした2人がポケットから録音動作中のスマホと動いているボイスレコーダーを出した。
「あぁ…残念だけど、これは没収の上、削除してから返すね。あ、あと…アンジェラ、何かある。」
『二人は即日解雇。そしてこの会社で知り得た記憶を全て消してくれ。』
「了解。悪いけど、秘密保持契約ってやつに触れる可能性があるからね、言いたくても思い出せなければ漏れる心配もないからさ。」
そう言って、僕はその二人の額を軽く触った。
「はい、じゃあご苦労様、もう帰っていいよ。」
そう言うと二人は普通にドアから退室した。
二人以外の人たちにも暗示は必要だと判断した僕は、4人にこう言ったのだ。
「天使のこと、何か聞かれても『そんなのいるわけないじゃないですか』って答えるようにね。あと、今後僕が普通じゃないことをしたとしても絶対に驚かないで。」
僕の目が赤く光ると皆の目に一瞬赤い輪が現れ消えた。その後、会議は終了し、僕はアンジェラの書斎に戻ったのである。




