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684. それぞれの土曜日(3)

 マリアンジェラの叫ぶ声を聞いたあと、完全なる静寂が訪れた.

 と思ったら、『ガーン、ガーン』という遠くて何かがぶつかるような音で僕は意識を戻した。

 僕は真っ暗闇の中にいた。いや目を開いたと言うべきか…。

 体が痛い、正直どこが痛いのかわからないほどだ。固い木材の床に座り、でこぼこした金属の壁に背をもたれかけて座っていた。

『ここはどこだろう…』

 初めて見た銃撃された男性に『また会えた』というようなことを言われた。

 そして僕は強制的に転移され、どこだかわからないところに来たのである。

 状況の把握ができない。

 立ち上がろうとしたが、体には全く力が入らなかった。

 どうやら負傷者の血液に触れたことで、さっきとは別の時間軸で、あの男性の体に入ってしまったようだ。

 僕が目を覚ましたということは、彼は意識を失っているのだろう。かろうじて指先が少し動く程度だが、生きてはいる。

 そしてふと思い出した。こうして転移して誰かの中に入ってしまった場合でも外に出ることができるようになったことを思い出した。

 少し呼吸を整えてから体の外に出た。自分で言うのもなんだが幽体離脱みたいな感じだ。僕が今まで入っていた体が力なく崩れて床に横になった。

 とにかく真っ暗だ、何も見えないのでまだわからないが、きっと怪我でもしているのだろうと思いキラキラを手のひらの上で強く光らせる。

「わっ…なんてことだ…」

 思わず声を出してしまった。僕が入っていたのはまだ小学校に入りたてくらいの子供だった。しかも首にはロープで絞められた痕がくっきりと残り、腹部には大きなガラスの破片が突き刺さっていた。床が濡れていると思ったが、それはその子の血だった。

 その子がいたのは港に置かれているコンテナの1つだった。能力の一つ、物質のすり抜けを行い、顔だけを少し外に出して確認したのだ。コンテナの外部を確認したが、ひどいことに外から施錠されていた。

 僕は今にも命を失いそうなその子の腹部からガラスの破片を引き抜き傷を治癒し、出血を止めた。

 どうしたものか…、もしこの子をこのまま病院にでも連れて行けば、僕が犯人にされてしまう可能性がある。

 しかし、完全に傷を治してしまえば、犯人に罪を問えなくなってしまう。

 迷っている時間もそんなに長くはとれない。僕は一か八かという気持ちでその子を抱えたまま朝霧のおじい様の医院に転移した。幸いなのだろうか、丁度診療時間が終わり、入り口の扉はすでに施錠され、中の灯りだけがついた状態だった。

「おじい様、助けて下さい。」

 思わずそう叫んで診察室の中に入ると、未徠が白衣を脱いで帰り支度をしているところだった。

 僕を見たおじい様がぎょっとした顔で固まった。

「だ、誰だ?私の孫はライル一人しかいないぞ。」

「僕です、ライルです。2028年から飛ばされて来てしまって…。それより、この子、死にそうなんです。お腹に大きなガラスの破片が刺されていたのは取って治癒したんですが、出血がひどくて、意識が戻らないんです。あと、首にも絞められた痕が…」

「なんと、ライルなのか?なぜそんな瞳の色をしている?そして、つ、翼が…」

 どうやらデスクの上のPCに表示されている日付からすると、10年ほど前のようだ。しかもこの頃には僕に翼があるという認識をおじい様はしていなかったのだろうか…。

「あ、ほら、僕です。瞳は今日撮影があったので変えてたんです。」

 抱きかかえていた男の子を診察台の上に寝かせて、僕は最近よく見かけていた9年前の自分の大きさに変化して見せた。もちろん、翼をしまい、瞳は元の色に戻す。

「ライル…。何が起きたんだ?」

 未徠は僕に事情を聞きながら、その子の血圧を測ったり、点滴を始めた。

 血液型を調べ、かえでさんが同じ血液型だとわかると、携帯電話でかえでさんを医院に呼び、献血をお願いした。

 その頃には僕は元の大きさに戻り、おじい様にある程度の損傷を残しておかないと犯人に罪が問えないことも伝え、首の絞められた痕は消さないが、切れた血管の主たる部分は治癒の能力で治すこととした。

 幸いその子は失血死寸前のところで命を取り留めた。


 意識が戻るまでにはもう少し輸血も必要だと言われ、犯人を特定するためにまずは彼の記憶を見た。

 ずいぶんと男前な父親と美人の母親と家にはベビーシッターを兼ねた家政婦がいた。

 その子供は親から『ヒューゴ』と呼ばれ、贅沢な暮らしをしている様に見えた。

 まだ小さい子供なので、暮らしの全般が記憶からは見えてこない。そんな中、記憶を辿っていると、こんなことをした犯人がわかった。

『やめて、叔母さん…痛いよ…』首を絞められながら最後に彼が絞り出した言葉がそれだった。

 僕は見えた記憶をおじい様に説明した。すると、献血後に少し横になっていたかえでさんが飛び起きて医院の待合室へと走って行ったのである。

「…?」

 戻ってきたかえでさんの手には日本の女性週刊誌が握られていた。来院した患者用に置いてある雑誌だ。

「ライル様、これ、これ見て下さい。」

 かえでさんが開いたページには日本には全く関係ない話題『アメリカ人トップ俳優とトップ女優夫婦の息子が誘拐され行方不明』という記事が載っていた。

『不明からすでに2週間、生存は絶望か…』

 記事の下に顔写真が載っていた。

「あ…」

 まさしくこの子である。この雑誌がいつのことを記事にしているのか不明だが、誘拐されてからかなりの日数が経っていそうだ。この子がずいぶんと痩せて写真よりも小さく見えたほどだった。ろくに食事も与えられずどこかに監禁されていたのだろう。年齢は8歳らしい。10年後の姿からはもう少し大人なのかと思ったが、さっき撃たれた彼は、まだ18歳の少年らしい。かえでさん『グッジョブ』である。


 さて、どうやってこの子を連れて帰るか…。

 僕はおじい様と相談した上で、点滴や輸血をした針痕を完全に消し、腹部の傷は内臓の損傷部分のみを癒した状態で腹部外傷は止血はしたが、大きく開いたままとした。

 首は圧迫骨折していたが、その部分は治し、組織の内傷を8割ほど治癒し、首のロープの痕はのこしたままとした。状態は良くないが、すぐに発見されれば回復できると確認してから、僕はヒューゴを元居たコンテナの中に転移して戻したのである。

 彼を元の場所に座らせた。そして、引き抜いたガラスの指紋をふき取り、それを彼のすぐわきに置きなおした。

 朝霧の家から持ってきたランタンでコンテナの中を照らし、最後にヒューゴの顔を撫でた。

 そこで彼はゆっくりと目を開けか細い声を発した。

「あ、あの僕…天国へ行けますか?」

「え?いや…まだ天国へ行くには早すぎだよ。その前に病院へ行かなきゃ。」

「あ、あれ…天使様が見えるのに天国に行けないなんて…」

「すぐに警察とか救急車を呼ぶから、頑張ってね」

「は、はい。」

 僕はそのままライエンホールディングスの本社前の電話ボックスから『911』へ電話をかけた。港のコンテナから子供が泣く声が聞こえると言ったのだ。

 匿名の電話から与えられた位置情報から、すぐに場所が特定され、警察官がヒューゴを保護し、彼は病院へと搬送された。僕は朝霧で借りたランタンを戻し、その後は現在の時間に戻った。


 彼、8歳のヒューゴの傷は僕が癒したため、見た目ほど重症ではなく、2週間ほどで退院できるほどに回復した。

 警察の調べで、ヒューゴの証言により、犯人は母親の異母妹で、ヒューゴの父親への一方的な片思いから、妬みへと変化し犯行に及んだとわかったのだった。と後でネットニュースで確認した。


 現在のライエンホールディングスの本社ビル前は、まだ大騒ぎの最中だったが、銃撃からはすでに2時間が経ち、ヒューゴはすでに病院で治療を受けているそうだ。

 社長室に戻った僕に、マリアンジェラが泣きはらしたのかで目の周りを真っ赤にした顔で僕の胸に飛び込んできた。

「ライル~、どこ行ってたのよぉ。うぇっ、うぅっ、うぇっ…」

「ごめん、ごめん。どうやらさっきの撃たれた人の血液に触ってしまった時に、彼の絶体絶命の状態の所に飛ばされちゃったみたいでさ。」

 マリアンジェラが涙を僕にこすりつけている横で僕のスマホが鳴った。

 僕のスマホでアンジェラに連絡を取っていたようだ。

 僕は自分の服にようやく着替え、衣装を返却し、そのまま日本の朝霧邸へアンジェラ達を迎えに行ったのだった。


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