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682. それぞれの土曜日(1)

 翌日、11月25日、土曜日。

 僕は珍しく誰の夢の中に入るでもなく眠っていたようだ。

 昨夜、マリアンジェラの夢に入り情報を操作したからだろうか、その後一度目覚めたにもかかわらずいつの間にか眠ってしまったようだ。

 顔を洗い、髪を整え、いつものようにいつの間にかアンジェラが用意している『今日の服』を着てダイニングに移動した。

 淹れたてのコーヒーのいい香りが漂っている。

 コーヒーをカップに注いでいるアンジェラが僕に気が付き、僕のカップにもコーヒーを入れて手渡してくれた。

「アンジェラ、ありがと。」

「昨日はマリーの件も世話になったな。」

「あはは…効果あったみたい?」

「これを見てくれ。」

 アンジェラはそう言うと、アンドレが朝霧家で徠紗から入手した僕の小さい時の日記を僕に手渡した。

「あ…。」

 日記の中はビリビリとページが破かれており、半分以上が無くなっていた。

 残っているページには、学校でのエピソードなどが多少書かれていたが、どうやらマリアンジェラが証拠隠滅のため破いてしまったようだ。やることは年齢相当という感じだ。

 多分、この時に僕の記憶も消したのだろう。まぁ、そうなってくれないと本当に今のこの家族が消滅するのかもしれないのだから、結果オーライとも言えるのだが…。

 そう言えば、マリアンジェラは僕とニコラスのベッドにいなかったな…。そう思った時、バックヤードに繋がるアトリエの方から声が聞こえた。

「ちょちょ、ちょっとアディ…まだ食べられないってばぁ。かじらないで~」

「アディ、これたべたーい。」

 アンジェラが慌ててアトリエに走って行った。僕も後に続いた。

 その先では、足だけで1メートルを超える巨大なタコを頭にのせたマリアンジェラとその横でタコの足にかじりついているアディとルーがいた。

「アディ、ルー…一旦それを放しなさい。」

 アンジェラが低い声で言うと、二人同時にピキッと固まり、手を離した。

 アディはまた食いついたままだ。

「アディ、口も放しなさい。」

「ふぁーい」

 しぶしぶタコの足を放し、アンジェラの方に駆けてきた。

「パーパ、アディ、あれ食べたーい」

「あぁ、わかった。朝食にカルパッチョとアヒージョにしてあげよう。」

 アンジェラはそう言うとアディを片手で抱き上げ、マリアンジェラの頭にのったタコをもう片方の手で持ち上げた。

「うほーーー、吸盤でくっついちゃっててマリーも持ち上がっちゃいそう。」

 マリアンジェラがケラケラ笑いながらそう言った。

「マリー、一人で海に入ったら危ないじゃないか…。」

 アンジェラがそう言うと『ニヤッ』と笑いながらマリアンジェラが反論した。

「一人じゃないよ。リリアナとアンドレもいたもん。」

 どうやら、リリアナ達が過去のユートレアに海鮮食材をお土産にしたいと言って、マリアンジェラに頼んだらしい。

 少し遅れてアトリエのガラス戸からずぶ濡れのアンドレと台車にマグロをのせて押してきたリリアナが入って来た。

「リリアナ…どうするの、その1本まんまのマグロ…。」

 僕は思わずリリアナに聞いたのだった。

「あ、ライル。おはよー。これね、マグロの解体ショーをユートレアのお城でやっちゃおうかな~って思ってて、マリーにお願いしたのよ。いいのが獲れてよかったわ。」

 500年前のドイツでマグロの解体ショーを企画していると言うだけでハチャメチャだと思うが、本人はマジで言っているようだ。で、隣にビチョビチョの旦那…。

「アンドレ、そのまま家に入るんじゃない。」

 アンジェラに怒られて、固まったアンドレをリリアナがちょいと触ったかと思うと瞬間的に移動させられたようで目の前から消えた。

 多分、浴室にでも移動させられたのだろう。

「ライル、ちょっと手伝ってほしいの。外のクーラーボックスをダイニングに持ってきてくれない?」

 リリアナに頼まれ、外に出ると3つの大きなクーラーボックスにイセエビやカニ、大きなサーモンまでまだぴくぴく動いているものが大量に入っていた。


 アンドレがシャワーを浴び、着替えて出てきたすぐ後に、リリアナとその子供達、そしてアンドレは500年前のユートレアへと転移して行った。

 どうやら外せない来賓があるらしく、王族としてもてなさないといけないらしい。

 以前お土産で持って行った海鮮が好評だったため、今回も持って行ったようだ。


 タコはその後アンジェラにより無事にカルパッチョとアヒージョへと調理され、アディとルー、そしてマリアンジェラのお腹におさまった。

 ニコラスは朝早くにドイツ在住の彼の息子たちに呼び出され、リリィが連れて行ったらしい。

 そんなわけで、今日はみんなバラバラに行動しているようだ。

「ところでミケーレはどこにいるの?」

 僕が聞くと、アンジェラが苦笑いをしながら言った。

「未徠からたまにはミケーレを朝霧の家に連れて来て欲しいと言われてな。今日はあっちで朝から遊びに行くとかで、ニコラスと出かける前にリリィがミケーレを送っていったんだ。」

 徠人の生まれ変わりであるミケーレを未徠は溺愛している。あまり普段は一緒にいられないが、ライアンやジュリアーノが朝霧によく行くようになって、ミケーレに会いたくなったのだろう。

「はは、そうか…今日は本当に自由行動の日だね。」

 僕がそう言うとアンジェラも静かに頷いた。


 しかし、大人が一人と問題児が三人プラス僕…そんなに平和でいられるはずがない。

 おとなしくアヒージョを食べていたかと思えば、急に床に座り込んでスケッチブックにお絵かきを始める。床にまで描いてしまいそうなので、慌ててダイニングテーブルのベビーチェアに座らせると、今度は何かのツボにはまったようにゲラゲラと二人で笑い始める。

 正直なところ、僕には1時間もこの二人の相手をする勇気がない。

 そんな僕を察したのか、マリアンジェラがアディとルーに耳打ちをした。

 その直後から、二人が急に静かになったのだ。

「ん?どうした。急に静かになって…」

 僕がそう言うと、アディがベビーチェアから器用におりてテトテトと僕に近づいてきた。

 そして僕の耳元に手を当ててひそひそと話す。

「あにょね、今日のミッションは…」

「ミッション?」

「シーッ…ほかの人にきこえにゃいようにお話しすること。いい?らいりゅもミッションらよ。」

「あ…う、うん、わかった。」

 僕も小声でアディに耳打ちした。

 満足げに大きく頷き、ルーと一緒に積み木で遊び始めたアディの頭をマリアンジェラがなでなでしている。

『すごいな…まるで調教師だ…。』

 感心している僕を見て、マリアンジェラが苦笑いをしている。


 食器などを片付け終わり、僕も子供達が遊ぶダイニングで以前買っておいた本を何冊か持ってきて読み始めた。

 時々聞こえるひそひそ話…、イタリアの家の立地もあってシーンと静まり返った家の中…。

 読書にはぴったりの週末の余暇だ。

 あまりにも静かで、子供たちの存在を忘れそうだ。

 そんな時、急にアンジェラのスマホが鳴った。

「はい、あぁ、わかった。すぐに行く。」

 アンジェラが電話に出て『すぐに行く』って…どこへ??と思っていたら、アンジェラが僕の所に来て言った。

「ライル、申し訳ないが私を徠神の所まで連れて行ってくれないか。」

 どうやら徠神が経営しているレストラン関係で何か問題があるようで、実質オーナーであるアンジェラが行かなければならないようだ。

「いいけど…アディとルーとマリーは?」

「あぁ、そうだった…。置いて行くわけにはいかないな。」

 少し考えてからアンジェラがどこかに電話をかけ始めた。

「すまん、頼めるか?あぁ、助かる。では、後で…。」

 そう言った後、アンジェラがアディとルーを抱き上げて僕の所に歩いてきた。

「ライル、まずは朝霧に行ってくれないか、二人の面倒を見てもらえることになった。」

「あ、うん。いいよ。マリーは?」

「マリアンジェラは…」

 マリアンジェラは静かにダイニングテーブルの自分の椅子に腰かけ、ボーッとしていた。

「マリー、ちょっと日本に行ってくるから3分くらい一人で待てるか?」

「…パパ、3分で用事終わるの?」

「あ、いや。私はいつ終わるかわからないが、ライルがすぐ戻るから…」

 アンジェラの言葉にマリアンジェラがコクコクと頷いた。


 アンジェラとアディとルーを連れ、朝霧邸の僕の部屋に転移した。

 アンジェラは二人を抱っこしたままアズラィールの部屋に直行した。

 どうやら預かるのを承諾したのはアズラィールだったようだ。

「おぉ…来たか~かわいこちゃん達…。」

 そう言いながらアズラィールが子供たちに頬ずりすると、アディもアズラィールにむぎゅっとハグした。

「じーじ、アディね、アイス食べたい」

「ルーもアイス、たべりゅ」

 目じりを下げてウンウンと頷き、何でもわがままを聞きそうな『ジジ馬鹿』丸出しのアズラィールを見て、なんだか不思議だった。

 その後、アンジェラを徠神の店のVIPルームに送り届けてから僕だけイタリアの家に戻った。

 マリアンジェラはまだダイニングテーブルの所でボーッとしている。

「マリーただいま…」

「あ、ライル、おかえり。」

 会話がそれ以上続かない。何かを話すと昨日の事に触れそうで、僕は無意識に口ごもってしまった。


 1時間ほど経っただろうか、マリアンジェラと僕は何も話すことなくダイニングで別々に時間を過ごした。その頃だ、僕のスマホに未徠からメッセージが送られてきた。

『ミケーレにお土産を持たせるから皆で食べてくれ』

 そして、そのメッセージには動画がついていた。どうやら未徠と徠夢、ミケーレの3人で船釣りに行ったようだ。少し大きい鯛の様な魚を釣っている様子が撮影されていた。

「マリー、これ見てみなよ。ミケーレが船釣りに行ったみたいだよ。」

 僕がそう言ってマリアンジェラにスマホの画面を見せると、ミケーレの釣り動画を見てマリアンジェラが言った。

「マリーは行かなくて良かったかも。」

「えっ?どうして?」

「マリーも誘われたんだけど、自由に海に入れないからつまんなそうだったし…。」

 確かに…いつも自由に海の中で魚を獲ってるマリアンジェラには修行レベルの面倒くささだろう。

「そっか…。」

「うん、それにライルと一緒に居たかったし…」

 マリアンジェラが元気のない声でぽつりと言った。正直なところ『重い空気』を感じる。何だろう…マリアンジェラはやはり落ち込んでいるようだ。そんなに過去の僕と遊ぶのが楽しかったのかな…。僕はそんな雰囲気をはねのけようと、1つマリアンジェラに提案をした。

「マリーさえよければ…なんだけど、二人でどこかに出かけようか?」

「え…いいの?お勉強いっぱいあるでしょ?」

「今はテストも終わったから大丈夫だよ。」

 マリアンジェラの瞳がキラキラと僕の方を見つめた。


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