表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
681/696

681. 守らなければならない約束(2)

 僕が眠ったふりをしていると、マリアンジェラが目を覚まし、もぞもぞと起き上がり、『ふぅ』と小さなため息をついた。

 僕はその時、目を瞑っていたので表情は見えなかったが、マリアンジェラは僕を起こさないようにごそごそと少しずつ移動してベッドから下りた様だ。薄目を開けてチラと様子を伺うと、マリアンジェラは足音を立てないように部屋から出ていくところだった。

 この時点では、まだマリアンジェラには何の暗示も掛けていない。ただ、夢の中でまるで現実で話を聞いたような錯覚を覚えさせただけだ。そしてその話は嘘でも作り話でもない、実際に僕が言われた『守らなければならないルール』に関することだ。


 マリアンジェラが僕とニコラスの部屋を出てから15分ほど経っただろうか…リリィからメッセージが届いた。

『ライル、マリーに未来には行っちゃいけないって話したのかな?』

 早速話の真偽を確認するためリリィの所に行って話を聞いたようだ。

『うん、過去の僕をこちらに連れてくることが、今までの僕たちの生活をおかしくする可能性があることについて知らせるため、ちょっと芝居を打ってみたんだ。これでまだ過去の僕を連れてくるような事があったら直接動かないといけないとは思っているよ』

『わかった。また何か動きがあったら教えるね。ありがと。』

 とりあえず、種はまいた。後はマリアンジェラがどう行動するかによって対応方法も変るはずだ。僕は、そんなことを考えながら眠りについた。


 同時刻、マリアンジェラは一度リリィに子供部屋で寝かしつけられた後で、こっそり部屋を抜け出した。家の中にはセキュリティのためいたるところに監視カメラが設置されている。

 マリアンジェラはカメラのある位置をきょろきょろと確認しながら移動し、結局子供部屋のすぐ横のトイレに入ったのだった。

 トイレの中で便器に腰かけ、『ふぅ』とため息をもらした。

 マリアンジェラはすごく焦っていた。さっきのライルとニコラスの話を何度も思い出しては頭の中で繰り返し意味を確認する。

『小さいライルがパパに出会った時に、ライルの中に隠れていたママが出てくるって言ってた…』

 小さな声で口から洩れた言葉に、不安が覆いかぶさる。

『もし、それが起きなかったら…。はっ、ど、ど、どうしよう…。マリーもミケーレもアディもルーも生まれてこないことになっちゃう。あ、リリアナだって…いないことになっちゃう…。やだ…、それはやだよぉ。』

 半べそをかきながらどうしたらいいか考えを巡らせる。マリアンジェラはいくら神の生まれ変わりと言っても所詮は幼児である。自分の欲望のままに好き勝手した結果、もしかしたら明日にでも自分と兄弟たちが消滅する可能性だってあるのだ。

『仕方ない…仕方ないよね…。みんなが幸せになるためだもん。』

 トイレットペーパーで鼻水を拭いて、マリアンジェラは、何かを決心したように立ち上がった。

 手を洗って、鏡を見て、髪を整えて、パジャマをパーカーとジーンズに一瞬で取り替えた。

 自分でやってしまったことだから、自分で決着をつけるつもりなのだ。マリアンジェラは両頬を自身でパチパチと叩くと、9年前の朝霧邸に転移して行ったのだった。

 着いたのはもうすぐ夜が明ける頃のライルの部屋だった。

 大きくなっても変らない右側に向いて、丸まるように寝ている姿を見てマリアンジェラはコクッと一人、確認するように頷いた。

 そーっと足音を立てずにライルの背後に移動し、首筋に手を当てた。

 目を見て精神を操作することもあるが、今回は眠っている相手の脳内の記憶に手を加えることにしたのだ。

 ライルの頭の中の全ての記憶から、自分や自分の家族と過ごした部分を呼び起こし、それらをすべてモヤのかかったような状態にした。記憶を完全に消すのではなく、思い出そうとしても思い出せないそんな状態にしたのである。

 そして一つ付け加えた。

『ライルが大きくなって、もしマリーの事を心から愛してるって思える時が来たら、全部思い出せるように…。それまではしばらくの間、さようなら…。小さいライルも大好きだよ。』

 声には出さず、そう心の中で念じた。パアッと紫色のキラキラが小さいライルを覆った。

 そんなに長い間ではなかったが、共に過ごした時間はマリアンジェラにとっても幸せな時間だった。マリアンジェラは自分に言い聞かせた。

『失うわけじゃない、記憶も感情も、無理に捻じ曲げて愛してもらおうとも思ってない。いつか、本当にライルがライル自身で私のことを特別に思ってくれるのを待ってるだけ…。』

 なんてことない、ちょっとした能力を使っただけ。それで家族、そして自分自身を救えるなら、ちょっとの思い出が思い出せないくらいどうってことない。

 頭の中で同じような思考が何度も何度も出ては消える。

 ハッと気が付くと、涙が溢れてポタポタと落ちていた。

『さよなら、ちびっこライル』

 マリアンジェラはライルの部屋のデスクの引き出しに入っている日記を取り出し、自分の事が書かれている部分を消した。物質の転移で紙の上のインクだけを移動させたのだ。

 日記を元の場所に戻し、マリアンジェラは金色のキラキラになってその場から消えた。

 彼女がいるべき、現在の居場所に戻って行ったのだ。


 マリアンジェラは、イタリアの家のトイレの中に戻り、洗面台で涙のあとを洗ったり、鼻をかんだりして整えた。

 思いのほか目がパンパンになっている。

「ブサイクになっちゃった、へへっ」

 独り言を言い、目の腫れを取るべく自分で自分を癒す。怪我をしているわけではないので思ったようにうまく腫れは引かなかった。

 そして、マリアンジェラはこそこそと足音を立てないようにライルとニコラスのベッドにもぐりこんだ。

『急にマリーがいなくなってたら、ライルがビックリしちゃうかもしれないからね』

 誰も聞いていない言い訳を一人で脳内処理すると、ライルの背中とニコラスの背中に挟まれるように静かに眠りについたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ