680. 守らなければならない約束(1)
アンジェラ、アンドレ、ニコラスの三人としばし雑談をしていると、リリィが子供たちを寝かしつけてダイニングに戻ってきた。
「ふぅ…やっと寝たわ。」
「お疲れ様」
「あ、それで…どうだったの?あっちの世界の方は…」
リリィにあっちの世界の状況を最初から一通り説明した。
「ふーん。そっかぁ…JKは転移がうまくできないのね。それは結構致命的だわ。」
「そうなんだよ…それさえできれば何とかなると思うんだけど」
「確かに…練習して出来るっていうものでもないものね…。特に転移の能力は、魂に刻まれてるって言うか…。私とリリアナが転移できるのはライルがいて、私達を自分の一部として認めてくれているからだと思うの。」
「え?リリィ、それはちょっと違うんじゃないか?リリィはリリィだし、リリアナはリリィの一部じゃないか…。」
「ライル…もしかしてわかってないの?あなたがこの世界からいなくなってしまった時、私もリリアナも意識がなくなって、何か月もの間、植物状態にまでなっていたのよ。」
「…」
リリィのその言葉に僕はショックを受けた。
確かに、目をつぶればリリィの視界が見えていた時期もあった。その時はリリィが僕の分身体だと思っていたが、まさか、植物状態にまでなっていたとは…。
「ごめん、知らなかったよ。」
「ライル、大丈夫よ。あなたはちゃんと帰ってきてくれたんだもん。」
なんだか少し気分が落ち込んでしまった。
僕に何かあれば他の二人にも影響があるとわかったからだ。
話は少し脱線したが、知るべきことを知った有意義な時間となった。
夜も更け、皆自室に戻り寝る支度をしていた時だ。
『コンコン』と開けっ放しのドアがノックされひょことマリアンジェラが顔を出した。
「マリー、まだ起きてたのか?」
そう僕が声をかけると、眠い目をこすりながらマリアンジェラが言った。
「のど乾いちゃって、お水飲みに行っただけ。」
「そうか…もう遅いから、部屋に戻って寝るんだよ。」
「うーん、ねぇ、マリーもこっちで寝ちゃだめ?」
僕はその言葉を聞き、『チャンスだ』と思った。
「そうだなぁ…マリーはもう赤ちゃんじゃないから、いつまでも僕達と一緒に寝るとかはまずいんじゃないか?」
「えーー、マリーまだちっちゃいよぉ。全然っ、おねえちゃんじゃないんだよぉ。」
意味不明の自己主張をしつつ、じりじりとマリアンジェラが近づいてきた。
結局のところ、許可はするが、一度否定してから許可することで、マリアンジェラは安堵し、気を緩めるに違いない。
「あ、それじゃあ、マリーはもう来年には小学生になるんだから、これが最後の添い寝ってことで…いいね?」
「…う、うっ…」
「あ、あわわ…マリー、泣くことないじゃないか…。」
マリアンジェラは、両目にいっぱい涙を溜めて、近づいてきていた途中で固まったまま泣き始めてしまった。しまった…地雷を踏んでしまったか…。
「ライル、マリーを泣かすのやめて下さい。一回泣きはじめると手に負えないんですから…。」
ニコラスが困り顔でマリアンジェラを抱き上げ、背中をトントンしながらなだめている。
「う、ううっ…。」
「ほら…マリー泣かないでください。ライルも意地悪で言ったわけではないですからね。きっとマリーがしっかりしてる子だから、一人でも眠れるってそう思っただけですよ。」
マリアンジェラは全く泣き止む様子もなく、ニコラスに抱き上げられたまま嗚咽を上げている。
「うっ、ううっ…」
僕は少し反省しつつも少し面倒になって強硬手段に出た。
「マリーごめんよ、そんなに悲しくなると思ってなかったんだ。」
そう言いつつ、立ち上がり、ニコラスの背後から近づき、マリアンジェラの首筋を触った。
スーッとマリアンジェラの頭がニコラスの肩の上に下りて、寝息を立て始めた。
「あ、あれ?」
ニコラスが少し驚いて僕の顔を見た。
「あぁ、これ、誰でも眠らせることが出来るんだ。そして、夢の中でマリーに言わなきゃいけないことがある。」
僕はニコラスからマリアンジェラを受け取ると、そっとベッドの上に寝かせた。
僕も横になり、マリアンジェラの額に手を当てた。
ニコラスはライルの手から紫色のキラキラが出てマリアンジェラを覆うのを見た。
僕はマリアンジェラの夢の中に入っていた。
ちょうどさっき僕とニコラスの部屋にマリアンジェラが入って来たところからマリアンジェラの夢をスタートさせる。
『マリー、まだ起きてたのか?』
そう僕が声をかけると、眠い目をこすりながらマリアンジェラが言った。
『のど乾いちゃって、お水飲みに行っただけ。』
『そうか…もう遅いから、部屋に戻って寝るんだよ。』
『うーん、ねぇ、マリーもこっちで寝ちゃだめ?』
『いいけど…、僕は少しニコラスと話をしなきゃいけないんだ。少しベッドに入って待っててくれる?』
『うん』
もぞもぞとベッドに入り、マリアンジェラはゴキゲンで僕とニコラスの話が終わるのを待っている。
僕はベッドの横のデスクの椅子に座っていたニコラスの方へ、壁際に置かれていたもう一つの椅子を持って近づき、椅子を置いて、それに座った。
『ニコラス、実はさ…僕…今日、あっちの世界に行ってきて、ちょっと思い出したことがあるんだ。」
『思い出したこと?あっちの世界に関することかい?』
『いや、あっちの世界とかこっちとか関係のないことなんだけれど、実はかなり前に、一度大天使に注意をされたことがあってね、そのことを皆に言ってなかったんじゃないかって、ふと思い出したんだ。』
『注意された、というと?』
『僕、今まで何度か未来に行って問題を解決したことがあるんだけど、その後に大天使アズラィールから、『守らなければならない約束が1つある。未来に行ってはならぬ』って怒られたんだ』
『え?そうなのか?』
『うん、生命の危機に面した親族の所、まぁ、ほとんどが過去なんだけど…そこに行って問題解決するのは構わないけど、未来に自分の意思で行っちゃダメだって言うのさ。』
『何が違うのだろうな…。』
『わからないけど…一つは知っちゃいけないことを事前に知るって事なのかもしれないよね。あと…危険だったり。』
『うーん、過去も未来も危険であることには変わりないと思うけれど…』
『確かにそうなんだけど…。そういえば、リリィが未来の月に飛んでしまって、核にヒビが入って危なく死にかけたことがあったんだ。そういう事が起こるって言っているのかもしれない。』
『確かに、それは無視できないことだね。それにもし、行った先で何かあって、帰る事さえできなくなったら、その後の人生が無くなるっていうことにもなりかねない。』
『そうだよ、ニコラス、きっとそういう事だ。ニコラスやアンドレは生きていた時代から消え、今ここで生きているけど、それは僕らが連れて来てしまったからだよね…。』
『ライル、一つ気になることがあるのだが…。もし、過去の君を今のこの時代に連れて来てしまったら…どうなると思う?』
『うーん、そうだな…。僕は9歳の時にアンジェラに初めて会って、その時に体の中に眠っていたリリィが出てきたんだ。でも顔見知りのアンジェラに会っても、同じことが起きるかどうか…』
『それは、大変な事なんじゃないか?』
『言われてみると、すごく重要な事だよね…。ニコラス…ありがと。ちょっとアンジェラに相談して対応策練ってみるよ。』
『そうだな、それがいい。』
『じゃ、そろそろ寝よっか。』
『私は、シャワーを浴びてから寝るよ。』
『じゃ、僕は先に寝てるね。』
『おやすみ、ライル。いい夢を…。』
ニコラスが浴室に行き、僕はマリアンジェラが眠っているベッドに入った。
マリアンジェラは狸寝入りをしているようで、目を瞑っている。
『おやすみ、マリー』
僕はそう言ってマリアンジェラの額にチュとキスをして、室内の照明をベッドの横のスイッチを操作して消した。




