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677. 二つの世界の相違点(1)

 もう一つの世界へと行った僕、ライルは、ブラザーアンジェラの家の倉庫で、いつものようによろけ、更に何かにつまずき、危なく転びそうになった、というか転んだ。

『ボフッ』という鈍い音と共に、すごく大きなビーズクッションに顔面から埋まり、痛くはなかったがあまりの想像していなかった出来事に思わず笑ってしまった。

「あはは…誰だよ、こんなところにこんな物置いてさ…」

『ダダダッ』と足音が聞こえたかと思うと、悲しそうな顔のブラザーアンジェラが走ってきて僕を抱き起した。

「ライル、大丈夫か?」

「あははは…ブラザー、元気そうだね。いや、ちょっとつまずいちゃって、顔面ダイブを…」

「あぁ、すまん。瑠璃リリィがいつもここで転びそうになるからこれを置こうと持ってきたのだ。」

「…あ、ところで瑠璃リリィは?」

「8月の夏休み中はこちらにいたのだが、学校が始まってからは日本で高校に通っているよ」

 そうだ…飛び級をして僕は大学に通っているが、本来16歳は高校1年生になる年齢だ。

「そっか。じゃ、ちょっと書斎に言って話そうか。」

「あぁ、そうしよう。」


 僕達はアンジェラの書斎に移動した。書斎の中は調度品や壁紙のデザインなどに若干の違いはあるものの、僕らの世界とさほど変わらない。机の位置なども同じだ。

 予備の椅子を移動してもらい、机を挟んで向かい合わせに座った。

「手紙を読んでくれたということだな?」

「あ、そうなんだ。今日、アンドレとニコラスが手紙に気づいて、持ってきたんだ。」

「手紙に書いた通り、惑星が地球に衝突する可能性が高まったと、しきりに報道され始めたのだ。そしてそれは日を追うごとに深刻な内容を掘り下げて報道し始めた。」

「え?どんな内容?」

「最初は月にかする程度の接近が予想されているという話だったのだが、現在のその筋の実力者や研究者がこぞって再計算を行った結果、その惑星は月の中心に当たり、月を破壊し、その破片が地球へと落ちるという予想へと変わり始めたのだ。」

「なるほど…僕の方の学者たちの予想でも月に衝突するのではないかとは言われているよ。」

「そうか。」

「でも、ちょっと心配なのは、そこじゃないんだ」

「ん?そこじゃないというのは?」

「うちのアンジェラから絵本見せてもらっただろ?あれのまだ未完成のものがあって、それがこれなんだ…」

 僕はスマホを取り出し、絵本を撮影した写真数枚を見せた。

「ライル…これは…なんだ?」

「惑星が衝突した時に地球に何かが起こると僕らは予想しているんだ。」

「この絵を見る限りただ事ではないな…」

「うん、そうなんだ。でも、僕らにもそれが何かはわかっていないんだ。」

「そうか…。それでなのだが…今回来てもらったのは他でもない、惑星衝突への対応について、ライルの方の世界と、こちらの世界に今どれほどの違いがあるのかを知りたくてな…。」

「じゃ、ちょっと僕たちの世界の方の状況を説明するね。」

 僕は、僕の世界の方の天文関係の学者などが世界を動かし、人工衛星を打ち上げて惑星の軌道に配置し、次々と人工的な衝突を起こし、惑星の軌道が地球から大幅にそれることを目標にしていることをあらかじめダウンロードしておいた動画を見せながら説明した。

 ブラザーアンジェラは眉をひそめて不安を隠しきれない様子だった。

 僕が今来ているこちらの世界では、今のところそのような対策が全く取られていないというのだ。

 僕はブラザーアンジェラと共に日本の朝霧邸へ移動し、現在この世界にいる朝霧家の者たちを交えて話をすることにした。

 イタリアでの時間は、もうすぐ午前10時というところだったが、日本では金曜の午後6時、ちょうどダイニングでの夕食が準備中だった。

 住み込みのお手伝いさんのかえでさんと、瑠璃リリィ、そして、その母親の留美がダイニングで食器を並べていた。

 瑠璃リリィの部屋へブラザーアンジェラと共に転移した僕たちは、家に誰かいないかとまずはダイニングを覗いたのである。

「こんにちは~」

 僕が、少し小さい声で入口から顔を出し中を覗くと、3人が一斉にこっちを見た。

「!!イケメン発見!!」

 大きな声が下から聞こえ、同時に僕の右手を引っ張った。

「え?」

 徠紗だ。顔は僕の世界の徠紗と変らないが、髪を両サイドで結わえ、リボンを着けている。

「徠紗?」

「わぁお、イケメン、徠紗のこと知ってる~。」

 僕の手をぐいぐい引っ張りながらダイニングの中に移動して行く徠紗は、僕の世界の徠紗とは比べ物にならないくらい積極的だ。

「徠紗、やめなさい。引っ張らないの。ライル君が痛いでしょ。」

「ライルくん?」

 そう言えばこちらの徠紗には赤ちゃん検診の時に会って以来だから、ほぼ初めましてかもしれない。

 瑠璃リリィも留美も全く驚く様子はなく、『あら、来たのね』という感じの対応だ。

「そうよ、徠紗は知らないけど、以前にも色々と助けてもらったうちの親戚のお兄ちゃんなの」

 瑠璃のその言葉が終わるかどうかというときにぞろぞろとダイニングの裏口からおじい様と父様が入って来た。

「ライル君じゃないか、久しぶりだな。元気だったかい?」

 そう言って抱きついてきたのはこちらの世界の父様だ。ちょっと衝撃である。

「あぁ、はい。おかげさまで…。」

「ライル君、アンジェラから話は聞いているよ。惑星が地球に衝突するかもしれないと以前教えてもらったそうだね」

 そう話し始めたのはこちらの世界のおじい様だ。

「はい、そうなんです。どうやらどちらの世界も起きることには大差ないようなのですが、対応の仕方によって結果が変わっていることもあるものですから。」

「そうか…まぁ、座って。一緒に食事をとりながら話すとしよう。徠太ももうすぐやってくるはずだ。」

 とりあえず食事をとりながらしばし近況を知らせ合った。

 当然のことながら、こちらの世界にはミケーレやマリアンジェラ、リリアナやアンドレ、そしてその子供たちも存在していない。

 そしてこちらには、すでに成人して大きな娘もいる徠太がいる。


 少し経った頃、玄関の方から徠太とおばあ様が入って来た。

「遅くなってごめんなさい。」

 こちらの世界のおばあ様は僕の世界のおばあ様とは違い、頭は白髪交じりで、顔にも大きなしわがいくつもある。年齢は60歳ほどのはずだ。

 ある程度の年齢になると老化が止まるおじい様や父様とは違い、普通に年齢を重ねている。

 おばあ様は僕の存在に気づくと、駆け寄ってきて僕の手を握って言った。

「ライル君ね。徠紗の赤ちゃん検診の時以来だわ。あの時はありがとう。」

 僕はペコリと頭を下げた。

「君がライル君か…兄さんにそっくりだと聞いていたんだが、思ったのと違うようだね。ずいぶんハンサムじゃないか…。」

 徠太が興味深そうに僕を見て言った。

 最終覚醒をして背が伸びたことを言っているのだろう。髪色は本来の銀髪ではなく、わざと金髪にしているからだ。


 全員がそろったところで、アンジェラがこれまでの経緯などを話し始めた。

 アンジェラの話が一通り終わると、意外にも瑠璃リリィの父様が質問をしてきた。

「ライル君、その惑星がもし衝突した場合、どんな状況に陥ると思う?」

「そうですねぇ…惑星アポフィスや月の破損度合いにもよると思いますが、かなりの大きさの破片が地球の大気圏に入ってしまうと、重力によって引き寄せられ地球に落下するでしょうね。そうすると、海に落下すれば大規模な津波、都市部に落下すれば直接的な大惨事となるでしょう。」

「そう考えざるを得ないな。」

「はい。あと大気圏に至らずとも、地球の周りに無数のちりが浮遊し続けた場合は、地球に到達するべき太陽光を遮り、気候が大幅に変わってしまう可能性もあります。」

「ふむ…そう考えるのが妥当だろうね。」

 僕の父様とはちょっと違って、瑠璃リリィの父様はちゃんと考えているようだと僕は思った。

 そこで瑠璃リリィが手を挙げた。

「はいっ!ライル君、質問なんだけど、いいでしょうか?」

「あ、どうぞ。」

「ライル君の方の世界では、人工衛星を惑星にぶつけて進路を変える試みが実行段階にあるって話だけど…ライル君たちは、惑星が衝突すると予測されている当日、どこかに避難したりするの?」

「あ、うん。僕達は現在生存している血縁者と配偶者全てをユートレアの地下にある封印の間に避難する予定なんだ。」

「なるほど…あの鍾乳洞みたいな色の石でできた部屋だったっけ?ライル君の世界で一回だけ行ったことがあるけど…あそこって安全なの?」

「えっと…外部からの衝撃に対して、安全かどうかはよくわからないんだけど、あそこは特別な空間で、怪我や病気をしていてもそれ以上悪化することがないんだ。あと…」

「あと…?」

「あ、いや何でもない…。まぁ、あの場所にとりあえず避難して、外の状態を見極めてから外に出ようって言う話をしてるんだ。」

「なるほど…。こっちでも使えると思う?」

「うーん、どうだろう…行くことは出来ると思うけど…」

「え?何かあるの?ライル君、教えてよ~。」

「えっと…何て言ったらいいのかな…僕らはそこに入ったら強制的に眠りについて、僕だけが活動しようと考えているんだ。」

「え?どうして?」

「狭い空間でどれくらい待てばいいのかわからない状況でひしめき合うのは辛いかなと思って…。」

「確かに、そう言われてみればそうかも…。」

「僕は肉体を持っていないから、どんな状況でも対応可能だけれど、他の家族は違うから…」

「な、なんと…肉体を持っていないとは?どういうことだ?」

 大声でリアクションしてくれたのは瑠璃リリィのおじい様だ。他の家族も顎が落ちちゃいそうなほど口を開けている。

「あ、驚かせてしまってすみません。僕は元々僕の妹のリリィと双子で、僕の方の世界ではリリィが僕の脳の中に入り込んだ方の個体だったんです。」

「えーーー」

 皆、同じように衝撃を受けている。彼らは異なる二つの並行世界で、たまたまこちらの世界では女の子として生まれた瑠璃リリィと別の世界では同じ個体がライルという男の子で生まれたのだと信じていた、いや、思い込んでいたのだろう。

「どういうことだ?」

「あー…こちらの世界で、摘出された脳腫瘍が僕だったってことですかね。ハハ…」

「そ、そんなぁ…」

 瑠璃リリィが急に下を向いてポロポロと涙を流し始めてしまった。

「悲しまなくてもいいよ、長い年月できっと人間として成り立つ形なんかではなくなっていたんだからさ。瑠璃リリィだけでも助かったことに感謝していたらいい。」

「ぐすっ。ごめんなさい。」

 僕は湿っぽくなった雰囲気を変えようと、話の続きを始めた。

 僕と双子の妹リリィが生き残ることができたのは、僕がたまたま生まれた時から覚醒していて何かの拍子に転移したため、別の個体であるリリィが体の外に出たことだと説明した。

 そして、幼少期は本人たちが知らないまま、融合して1つの個体として生きてきたことも話した。

「リリィは個体としては未熟で大きくなれなかったんだ。結局、1つの肉体を二人で使用していることになってしまったんだけど…。上位覚醒したら肉体は必要なくなったんだ。」

「じゃあ、ライル君の体はもう無くなっちゃったの?」

「いや、僕の肉体はリリィとして生きているよ。」

「え?じゃあ、あのかわいい子供達ってライル君の子供ってこと?」

「あ、あれはリリィの子供だよ。」

 僕が恥ずかしくて頬を赤くしてそう言うと、おじい様が咳払いをした。

「お、おほんっ。ま、話が逸れてしまったのは申し訳ない。では、どんな環境でも対応できるライル君だからこそ、何か災害が起こったりしていても外に出て行けるという事なんだな…。」

「そうです。それに転移できる者は、僕の世界にはあと何名かいるので、こちらの状況とは異なりますね。あそこは外からは人間でも自力で歩いて入ることが可能ですが、中から出ることができないんです。」

「でも、万が一のために私達もそこを使えたらいいんじゃない?」

 瑠璃リリィが『封印の間』の使用について食い下がった。

瑠璃リリィは転移で他の人をそこに連れて行けないだろ?」

 瑠璃リリィの転移能力は非常に限定的で、朝霧の家とアンジェラの家の往復以外には使えない。

「さっき言ってたじゃない。歩いてでもそこに行ってしまえば、家に転移で戻ってくることは出来るかもしれないでしょ?」

「まぁ、そう言われればそうかもしれないけど…。一度に全員を連れて出ることができなければ、飛行機で何回もわざわざ行って、また連れ出すということになってしまうけど…。」

「むむぅ…。」

 話が少し堂々巡りになってしまった頃、僕たちの食事は終わった。

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