675. マリアンジェラの秘密の彼氏(2)
イタリアの家では転移するときに自分の部屋のクローゼットを使っている。
他の家族に衝突したり、見られたくない人物に見られないようにという配慮だが…クローゼットに出た瞬間、目の前にいきなりニコラスが立っていた。
「う、うわぁっ。」
僕はマリアンジェラと荷物を両手に抱えていたためバランスを崩して転びそうになった。
「うわっ、申し訳ない。ライル大丈夫か?」
ニコラスが慌てて僕の体を支えた。
「ぶつかるかと思ったぁ…ニコラス、ここで何してるの?」
「ごめん、ライル。実は、今日は日本で子供たちの運動会の最中なんだけれど、保護者の綱引きに参加しろと言われて、無難な靴と服に着替えてこいって言われたんだよ。」
部屋の方からリリアナの声が聞こえた。
「ニコラス、早く、始まっちゃうわよ~」
僕は慌てて持っていた荷物とマリアンジェラを下ろすと、CM撮影の時にもらったスニーカーとGパン、パーカーを出して渡した。
「ほら、これでいいんじゃないか?僕のだけど、着れると思うよ。」
確かに、いつも高級な綿シャツにスラックスという組み合わせの『休日のお父さん』を絵に描いたような服装をしているニコラスだ、Gパンやパーカーなどは着る機会もほぼないだろう。ニコラスはその場で素早く着替えるとリリアナに連れられて転移して行った。
「ニコちゃん大変そうだね」
マリアンジェラがすました顔で言った。
「そうだな…アンドレは綱引きできるような服着てるのかな?」
「さぁ…マリーは知らにゃい。」
二人で『クスッ』と笑い合い、買った食材を持ってダイニングへ向かった。
イタリアはまだ朝の7時だが、日本では午後2時、ちょうど運動会もクライマックスを迎えていることだろう。
リリィはダイニングでアディとルーに朝食を食べさせていた。
二人ともまだ眠いようで目が開いていない状態で口だけ動かしている。
僕とマリアンジェラは買ってきた食材をキッチンのカウンターに並べ、不足がないかリリィに確認した。
「早かったわね、お疲れ様。おー、買い物も完璧。それにしても大きなターキーね。オーブンに入るかしら?」
リリィはオーブンの天板にビニールがついたままのターキーを乗せてオーブンへ入れた。
「まぁ…大丈夫そうかな…。二人ともありがとねー。凍ってないやつでよかった。すぐに用意して焼きはじめないと夕飯に間に合わないかも…。」
そう言いながら、どんどん野菜を切る準備をしている。
しばらく見ないうちに料理の腕は上がったようだ。
マリアンジェラも手を洗った後、髪をリリィにツインテールに結んでもらい、エプロンを着けてターキーの表面に無数の穴をフォークで開けるお手伝いを始めた。
さすがにどうしてもターキーが食べたいと騒いだだけあってお手伝いに積極的だ。
それにしてもマリアンジェラのエプロンとツインテール姿が可愛くてしかたがない。
とうとう自分も親馬鹿の仲間入りを果たしたのかと心の中で自虐した。
姿が見えなかったミケーレがバスケットを抱えてバックヤードから戻ってきた。
バスケットの中にはキウイフルーツ、洋梨、その他にも野菜などが入っている。
「ママ~、これ食べちゃわないとダメなやつだって」
どうやら温室の管理をしている従者から預かったようだ。
「ありがと、ミケーレ。美味しそうね。夕飯の時に一緒に食べましょう。」
リリィに頭を撫でてもらいミケーレはうれしそうだ。
「で、マリーは何やってるの?」
ミケーレがマリアンジェラがフォークでターキーをぶっ刺してるのを半笑いでツッコミを入れた。
「見たらわかるでしょう。お・て・つ・だ・いよっ」
マリアンジェラは椅子の上に仁王立ちし、片手は腰に、そしてもう片方の手でフォークをしっかりと握り、確実にターキーの表面に突き刺している。
しかし、眉間にしわを寄せて真剣な顔をしているのを見ると、あまりの可愛さに僕もリリィも顔がほころんでしまった。
「笑っちゃダメぇ」
「だってマリー、とってもかわいいんだもん」
リリィがそう言ってマリアンジェラの額にチュとキスした。恥ずかしそうに頬を赤くしたマリアンジェラと微笑むリリィを見て僕は家族との時間がとても楽しく貴重な物だと実感したのだった。
数時間経ち、ターキーの下ごしらえが済みオーブンへ入れられた。
「出来上がりは夕方5時ってところね。」
リリィが料理本を見ながらオーブンをセットして言った。
「ママぁ、マリー暇だから遊びに行ってきてもいい?」
「どこに行くのか、何時に帰ってくるのかちゃんと言ってから行くならいいわよ」
マリアンジェラが嬉しそうにニヤニヤしてリリィの耳元に何か言ってからエプロンを外して元気よく『行ってきまーす』と言ったかと思うと走って子供部屋の方へ行ってしまった。
僕もすることがないので自室のベッドでゴロゴロしながらスマホで動画を見ていた。
その時だ、急に部屋にドヤドヤとアンジェラ、アンドレ、ニコラスが入って来た。
「ライル、ちょっといいか?」
第一声はアンジェラだ。
「え?どうしたの、みんな揃って?」
「今、日本から戻ったところなんだが、倉庫にこれが…。」
そう言って、アンドレが封筒を僕に手渡した。
封筒の中の手紙は、もう一つの世界のブラザーアンジェラからだった。
『皆、元気だろうか。
以前そっちから情報提供のあった惑星衝突の危険性について、こちらの世界でも専門家たちが急に騒ぎ始めたところだ。
しかし対策という対策は何も行われていない。そちらで有用な情報があったら知らせて欲しい。アンジェラ・R』
数か月の差だ、もしかしたら未来にも影響が起きてくる可能性もある。
しかし、あくまでも僕たちの存在する世界とは異なる並行世界である彼らの場所で起きていることである。僕らが関与してよいものかどうかさえ判断がつかないのだ。
「ライル、どう思う?何か私達にできることはあるか?」
アンジェラが僕の目を見て言った。
「それは僕にはわからないよ。アディに聞いた方がいいんじゃないかな」
僕はそう言うと、ベッドから下りて皆を誘導しダイニングのテーブルでおとなしくルシフェルと一緒にお絵かきをしているアディのところへ行った。
「アディ、遊んでいるところ悪いんだけど…」
僕がそう言ってアディに声をかけると、アディは僕たちが訪ねていくことを知っていたかのようにスクッと立ち上がり僕にソファへ座るように手招きをした。
僕がソファに座ると、アディは僕の膝の上に座り、僕の頬に手を当てる。
『関与しても無駄だ。結果は変わらぬ』
僕の口から僕の意思とは関係のない言葉がツラツラと出てくる。まだ質問してもいないのに。
「しかし、あちらにも私達と同じ血が流れた血族がいるのでしょう、どうにかできないんですか?」
アンドレがいつになく感情的な様子でアディに向かって言った。アディはきゅっと口を一文字に結んでアンドレの言葉には応えなかった。
『…』
赤ちゃんを大人が囲んで傍から見たら異様な様子だろう。しかし、僕達にはアディは大切な家族の一人であるとともに僕たちの祖たる大天使の意思を持つ者なのだ。
アンジェラが口を開いた。
「もし、もしもだ…、こちらに彼らを連れて来ている時に惨事が起こったらどうなる?」
アディは少し伏し目がちにしながら僕の口から言葉を発した。
『もし、連れてきたとしても、結果は変わらぬ』
皆、その後は何も聞こうとしなかった。アディは解決する方法がないと言っているのだ。
僕達はアンジェラの書斎でもう一つの世界のアンジェラから来た手紙のことで話し合いをすることにした。
アディとルシフェルは、また何もなかったの様にお絵かきを始めた。
書斎に入るとアンジェラがドアに鍵をかけた。
普段は壁際に並べてある予備の椅子を出し、アンジェラのデスクの前に僕達3人が並ぶように座った。
「うむ。アディはああ言ったが、少しでも彼らのために出来ることをしてやりたいと思っている。」
「同意する。私も、このまま放っておくのは反対だ。」
アンジェラの意見にアンドレもすかさず反応した。
「しかし、こっちの世界とは違ってあちらでのアンジェラにどれだけの力があるのかわからないんじゃないか?」
ニコラスがもっともな事を言った。
僕も同じ意見だ。
「ニコラスが言うことももっともだと思うよ。あっちのアンジェラはこっちのアンジェラほど事業規模も大きくないし、業界や政界にコネとかがあるようには思えない。」
「…では、どうしたらよいのだ…。」
少しの間沈黙が訪れ、その後で僕が口を開いた。
「僕、行ってこようか?ちょうどあと数日は大学も休みだし、時間はあるよ。何ができるかはわからないけど、情報収集くらいまでなら数日で十分だと思うんだ」
「そうだな…そうしてくれるか?」
アンジェラの心配そうな顔を見て、僕は小さく頷いて立ち上がった。
「じゃあ、時間もったいないから、今から行ってくるね。」
僕は自室に戻り上着を着て、ボディバッグを持った。
出掛ける前にアンジェラにメッセージを送った。マリアンジェラへ向けたメッセージだ。
まだマリアンジェラはスマホを持っていないので代わりにアンジェラに送って後で見せてもらうためだ。
『マリー、用事が出来たから出かけてくるよ。日曜の夜までには帰るけど、ターキーを一緒に食べられなくて残念だよ。』
送信ボタンを押した直後に、僕は倉庫からもう一つの世界へと移動して行った。




