674. マリアンジェラの秘密の彼氏(1)
11月25日、金曜日、早朝。
すでに僕の通う大学とマリアンジェラとミケーレが通うボーディングスクールは感謝祭休日中に入っており、イタリアの自宅に2日前に戻り、久しぶりののんびり生活を楽しもうと思っていた矢先のことだった。
「やーだー、アメリカのお家で、おっきいチキンを食べるの~」
「マリー、わがまま言わないでよ~。イタリアにはサンクスギビングがないから、あのバケモノみたいに大きなターキーは売ってないのよ。それに、パパのお仕事が忙しいからアメリカに行っていられないの。」
「ママのバカ~」
そんな大きな声でやりとりしているのが聞こえてきたところで、『バンッ』と大きな音がした。
「マリー、ドアが壊れるでしょ。もうっホントに誰に似たのかしら、馬鹿力なんだから…」
はいはい、それは君だよ、リリィ…。頷きながら、心の中で独り言を言ってしまう僕だった。
僕は少しマリアンジェラが心配になってダイニングへ向かった。
リリィが一人で朝食の準備をしていた。
「おはよ、あれ?リリィ一人なの?」
「あ、うん。アンジェラはまだ電話会議中で、ニコラスはリリアナとアンドレ達と一緒に日本に行ってるのよ。」
「僕も手伝うよ」
「あ、悪いんだけど…私の手伝いより、マリー探してくれない?」
「ん?」
「さっき、サンクスギビングのターキーが食べたいってしつこいから今日は無理だって言ったらね、怒ってアトリエのドアからバックヤードに出て行っちゃったのよ。」
「あ、うん。わかった。探してみるよ。あと…もし嫌じゃなかったら、ターキーとか僕が買ってこようか?」
「え?ホント?それ、すごく助かる~。おチビちゃんたちもいるから一人じゃ無理そうだったのよね。」
「ははは…確かにニコラスがいないと一人じゃ手に負えないよな…」
「本当にそうよ。じゃ、悪いけど頼むわね。午前中に食材が手に入れば私でも料理できると思うから。」
「うん、わかった。じゃ、あとで。」
僕はそう言ってその場を離れ、アトリエのガラス張りの部屋から外に出た。
マリアンジェラはその場にいるわけもなく…、なんとなくだが歩いて崖沿いの階段を下りプライベートビーチの方へ進んだ。
やはり見当たらない。怒りに任せてタコでも捕獲してると思ったのだが…。
歩いて探すのは効率が悪い、そう思いマリアンジェラの現在地に転移をする。
僕の全身が金色の光の粒子に変り、サラサラと砂の様に崩れ…。
「ん?」
僕は全く同じ場所で再び実体化した。転移に失敗したのである。
これが意味するところ…それは、マリアンジェラが現在の時間軸に存在しないということだ。アメリカの家でも、日本の家でもなく、現在とは違う日時のどこかに転移して行ってしまったということだ。
うーん。微妙に面倒なことになったかもしれない。誰にも行先を告げず別の時間軸に行ってしまったということは誰にも見つけることはできない。
とりあえずリリィのところに戻ってそのことを伝えた。
「リリィ、マリーが時間軸の違うところに転移してしまってどこにいるか見つけられないんだ」
「え…やだ…。どうしよ。困ったわね」
そこへアンジェラが電話会議を終えやってきた。
「どうした?」
「アンジェラ、マリーが自分で別の時間軸に行ってしまって見つけられないの」
「それはいつもの事ではないか…。どうせまたあそこで遊んでいるのだろう。」
「え?アンジェラ…何か知ってるの?」
「…あ、あれだ…あ、あの彼氏ってやつだ、最近仲良くしている…。」
リリィがアンジェラの言ったことを聞き、ニヤリと笑って言った。
「あー、そうかもね。ノア君だっけか…最近よく行ってるみたいだから、そうかも…」
僕は二人の会話にちょっと違和感を感じた。
「ねぇ、何か隠してるんじゃない?友達だか彼氏だか知らないけど、時間軸の違うところに行くっておかしいじゃないか。」
リリィとアンジェラの目が泳いでいる。
「あ、そうだ!私迎えに行ってくるね。アンジェラ、悪いけど朝ごはんの準備途中なのよ、よろしくね。すぐ戻るから。」
「わかった。そっちは頼んだぞ。」
二人の会話が終わるかどうかというときにはリリィが転移でどこかに行ってしまった。
なんともスッキリしない。
10分ほど経ったとき、リリィがマリアンジェラと手を繋いだ状態で戻ってきた。
「マリー、心配したよ、どこに行ってたんだ?」
僕がそう声をかけると、少し涙目の状態でマリアンジェラが僕に駆け寄ってきて抱きついた。
「うぇ~ん。ママがイジワル言った~。」
「ちょ、ちょっとぉ、イジワルなんかじゃないってば。今日はお買い物に行けないからターキーは作れないって言っただけでしょ。もぉ…。」
「うぇ~ん。ターキーじゃなきゃやだ~」
どこに行ってたかなんてすっかりどうでもよくなった状態で母娘のバトルは続く…。
マリアンジェラは涙を僕のシャツにこすりつけながら泣き続ける。
「わかったよ、ほら、マリー泣き止んで。せっかくの美人さんが台無しだ。」
「え?美人さん?」
僕の言葉に食いついたマリアンジェラが鼻水をすすりながら顔を上げた。
「あぁ、美人さんには泣いてほしくないから、僕と一緒におっきなターキーを買いに行くのはどうだ?」
「え?いいの?一緒に行ってくれるの…お買い物…。」
「あぁ、24時間営業の大きなスーパーへ行けばいいよ。」
アメリカは今、真夜中なのである。
「うれしい。ライル、ありがと。」
「少し寒いかもしれないから、上着来ておいで。」
「うん」
マリアンジェラは涙をふきつつ子供部屋へと上着を取りに行った。
その間に買ってくるものをリリィにメモしてもらい、自分も上着を取りに自室に戻った。
上着を着て、ボディバッグを持ち、アトリエに戻るとマリアンジェラも戻って来ていた。
まだ目の周りは少し赤いが、泣き止んでいる。
「準備はいいかい?」
「うん」
僕はマリアンジェラを抱き上げ、アメリカの家に転移し、ガレージに停めてある車に乗ってスーパーへと買い物に行ったのである。
アメリカの大手チェーンスーパーは24時間営業のところも多い。
夜中ということもあって、広い駐車場には車はまばらだが、店内には買い物客が思ったよりも多い。
さすがに6歳にもなると日本ではカートに子供を乗せるのは少し無理があるが、アメリカのカートだとまだまだ余裕の大きさだ。
僕はマリアンジェラを大きなカートに座らせ、カートを押しながら店内を歩き回り、リリィがメモした商品をカートに入れて行った。
「ジャガイモ、ニンジン、リンゴ、ブロッコリー、牛乳、食パン…、あとはターキーだね」
「おっきいやつにしてくれる?」
「マリー、リリィから『うちのオーブンに入るやつ』にしてって言われてるんだよ。」
「あ、しょっか…入らないと焼けないんだ。」
肉を売っているコーナーで、ビニール袋に入ったターキーを選んだ。
かなりの大きさだ、焼けるのに何時間かかるんだろう…。
「22ポンドって何キロなんだろう…」
「わぁ…ミケーレの半分の重さだね」
「そうなの?」
「うん、スクールではかったの。ミケーレは44ポンドでキロだと20だって。」
「あはは…結構でかいな…」
そんなこんなで追加のアイスクリームとともに買い物を済ませアメリカの家へ車で戻り、荷物を持ってイタリアの自宅に戻ったのだった。