67. サプライズ
五月八日日曜日。早朝。
マルクスはすぐに目を覚ました。
最初は戸惑った様だが、成長した息子アズラィールが付き添っていると知り、混乱もなく落ち着いて話が出来たそうだ。
少しばかり、親子の話があった後で、アズラィールが僕を
呼びに来た。
「ライル、悪いんだけど、父さんに日本語を話せるようにしてやってくれないか。」
「え、うん。いいよ。ちょっと待ってて。服に着替えるから。」
またネグリジェでうろついたら父様がコワい目で見るからね。
「おまたせ~。」
っと、マルクスがいる部屋に行った時、マルクスの目が恐怖に震え、急に赤い目になり威圧してきた。
「ちょっと、待ってくださ~い。あ、日本語わかんないんだっけ。アズちゃん、止めて。」
僕には赤い目は効かないようだけれど、念のため僕は危害を加えないことをアズラィール経由で知らせる。
マルクスの額に手を置いて、日本語の知識と情報を与える。ついでに、今まで救出した人たちの情報も…。
「マルクスさん、どうですか?日本語大丈夫?」
「あ、あぁ。ありがとう。わかるようになったよ。さっきはすまない。」
突然部屋に入ったため、驚いて能力を使ったそうだ。
マルクスを拉致した人たちは、アズラィールが言ってた通り、同じ村の若者で特別親しい人物ではなかったようだ。多分金が欲しくて誘拐に加担したのだろう。
マルクスが運び込まれた教会だが、表向きは普通の教会だが、実際にはユートレアという小国の国王が組織している悪魔信仰の宗教団体【Enigma】だというのだ。
この件に関してはアンジェラと一緒にあの本を中心にもう少し詳しく調べてみようと思う。
マルクスは年齢的には八十歳を過ぎた頃だと思うのだが、見た目は父様より少し若い。
肉体労働とは言わないが、薬草採取で山中に入ることも多く、他の金髪組より筋肉質だ。
マルクスにも拉致の危険がなくなるまでここに留まることは可能だと伝え、いつでも帰りたくなれば送っていけると伝えた。
彼は、アズラィールと話した上で今後の事を決めたいということだ。
「オッケー。じゃあ決まったら父様か僕に知らせてね。あと、食べたいものがあったらダイニングのホワイトボードに書いておいて。名前もね。かえでさんが買っておいてくれるからね。」
これは、最近うちで決めた新ルールだ。
人数が多くて顔もそっくりなので、誰に何を頼まれたか覚えてられないと言うことらしい。
そこへアンジェラが入って来た。
「ここにいたのか…。」
「お、お前は…悪魔…。」
「あ、大丈夫、大丈夫。悪魔にはなってないし、アズラィールの息子だから、」
僕が慌てて割り込むと、アズラィールが紹介してくれた。
「父さん、さっき説明したけど、僕には二人息子がいて、こっちが弟のアンジェラ。日本名は徠牙。もう一人は徠神、徠神はここの隣の部屋に僕と一緒に住んでいるんだ。」
「…。」
「あ、じゃあそろそろ僕たちは朝ご飯を食べに行くね…。」
アンジェラと手を繋いでサロンへ移動した。
サロンへ食事を運んでもらい、二人で食べる。今日はパンケーキとフルーツがメインだ。
パンケーキにメープルシロップをいっぱいかけて食べると最高においしい。
「ん~。おいちい。」
口の周りのシロップをアンジェラが微笑みながら拭いてくれた。
アンジェラもいっぱいメープルシロップをかけて食べた。アンジェラの唇にもメープルシロップがちょっとついてた。やだ、もう。かわいい…。
ペロッ…あ、我慢できずに舐めちゃった。
「…。」
「ご、ごめん。アンジェラ。」
アンジェラが赤面して、下を向いちゃった。やっぱり、子供っぽかったよね、ごめん。
その時、アンジェラが突然立ち上がって僕の手を掴み、引っ張って行く。
え?怒っちゃった?
部屋に戻るとアンジェラが部屋の鍵をかけた。
「…。」
アンジェラは何も言わない。僕は下からアンジェラの顔を覗き込んだ。
泣いてた…。アンジェラはなぜか泣いてた。僕はアンジェラをベッドに座らせてまたぐように上に座って向かい合った。
「どうして泣いてるの?」
「言いたくない。」
「嫌だった?」
アンジェラは首を横に振った。
よくわかんないけど、抱きしめてあげた。アンジェラの体が後ろに倒れた。
「あっ。」
バランスを崩して自分も前のめりになる。勢い余ってアンジェラの顔と自分の顔が重なった。ゴチンと音がして、頭突きみたいになっちゃった。
「イテテ~っ。アンジェラ、大丈夫?」
あ、あれれ?目の前でアンジェラの目の周りに痣が出来ている。顔も切れたりして、ひどい状態だった。えー?やっちまった?
かと思ったけど、そこはなぜかどっかの路地裏で、気絶したアンジェラの上にまたがっている自分がいた。ここ、どこ?とりあえず、アンジェラをイタリアの家に連れて行く。
アンジェラの状態はものすごく悪かった。息も弱く、意識はない。
頬骨、肋骨、スネ、鎖骨の骨折に加え、内臓も破裂している。
とりあえず、治してみよう。内臓の修復、骨を繋ぎ周りの組織も修復する。
顔もこんなに痛々しくなっちゃって…。そっと撫でながら癒す。
お湯を汲んできてタオルで汚れを拭いていく。一通り治した後で、脳に問題がないかも確認する。頭も殴られていた。脳内にも出血箇所があったが、修復はうまくいったと思う。
お水とか飲ませた方がいいよね…。
あ、そうだ。いいこと考えた!家に転移して、冷蔵庫のクラッシュアイスをコップに入れて持ってきた。小さいのをひとかけ口に入れてあげる。
口の外には出て来てないから、きっと中に入って行ってるはずだよね。
またここでチューとかするとアンジェラが起こるから。氷を時間をかけて口に入れて水を飲ませた。
「うーん。」
あ、ちょっと回復してきたみたい。
なんか食べる物あった方がいいかな?さっきまで食べてた朝食のパンケーキ、余ってたから持ってこよう。
家に戻り、お皿に盛って、メープルシロップをいっぱいかけて、フォークとナイフも一緒にトレイにのせて、運んだ。
もう大丈夫だと思い、目覚める前に自分の部屋の浴室に戻って来た。
ちょっと時間かかちゃった。あと、結構泥だらけ…。
服を脱いで自分についた汚れも洗い流す。後ろからアンジェラが浴室のドアを開けて入って来た…。
「エッチ。」
「そうかも。」
アンジェラはそのまま僕に抱きついてキスをした。
「さっき、なんで泣いてたの?」
「パンケーキ、お前が持ってきてくれたのか?」
「あ、あぁ。それ、さっき行っちゃったとこだ、きっと。あれ、なんであんな所で死にかけてたの?あれは、ヤバかったよ。」
「能力がなかったからだ…。どっかの国王の配下に捕まって、予言をしろと強制されたが、私にはそんなものはないからな。拷問されて、捨てられたんだろう。」
「だったらもうちょっと早く助けに行けたらよかったのに。」
「いや、きっと死んだと思われるように運命が運んでいるのだろう。」
「…。そっか。あ、チューはしてないよ~。浮気だって言われるの嫌だから。」
「あぁ。わかってる。愛してるよ…。」
「うん。僕も。」
どうやら、メープルシロップたっぷりのパンケーキでアンジェラの過去の記憶が蘇り、戸惑ってしまった様だ。
僕たちはその日の午後、久しぶりのデートをした。
デートと言っても、服が泥で汚れたから、アンジェラが買ってくれるというので、ついでにランチも外でしようというのだ。
普通にエントランスから外に出たら、まだ報道陣のカメラが数台だが待っていた。
「ご婚約おめでとうございます。」
「あ、ありがとう。」
報道陣の人に言われ、僕がつい笑顔で返事をしてしまったら、アンジェラがくすって笑ってた。何がおかしい?
僕たちは最近免許を取ったアズラィールの運転する父様の車で、隣町のショッピングモールへ行った。ランチはアズラィールも一緒に三人で食べた。
なかなか家の中では話す機会もないが、外に行けば、また違った感じだ。
「ねぇねぇ、アズちゃん。マルクスって他の金髪組と雰囲気違うよね。コワイ。」
「まぁ、確かに古い人なので堅物という感じはしますね。でも僕は未徠さんが一番コワイですよ。」
「お前、なんでアズちゃんとか呼んでるんだ?」
「あらあら、やきもちですか、アンジェラ君?婚約者の弟君ですからね、表向きは…。それに九歳から知ってるし。そういうことでは、アンジェラも七歳から知ってるけど。」
「こ、婚約者の弟だったな…。うん。」
顔を赤くしながらアンジェラが納得した。そこは、いいんだ。かわいい…。
アンジェラがアズラィールのために車を買ってをあげると言っていた。
洒落たレストランでランチを食べたのだが、僕はゴージャスハンバーガーを頼んだら口の周りがソースだらけになった。アンジェラが朝の仕返しだと言って僕の顔を舐めてきた。
アズラィールはちょっと白目がちになりつつも温かく見守ってくれた。
楽しいひと時だった。
アズラィールがマルクスや徠神の服などを買っている間に、僕とアンジェラも買い物を済ませた。帰りにドーナツをたくさん買って帰った。
家に着いて、また報道陣に話しかけられた。
「結婚式のご予定は?」
そ、そうか婚約の次は結婚とかも当然聞かれるよね…考えてなかった。
「そ、それは、まだ…。」
僕が言いかけた時、すごい真面目な顔でアンジェラが遮った。
「来月です。」
「え?」
聞いてないけど…。僕とアズラィール、おもいっきりポカン…ってなった。
報道陣、大騒ぎ…あちこち電話かけてて、カメラ回してた人たちは大喜びしてる。
アンジェラさん、やらかしましたよ、これはきっと。
僕たちは騒ぎから逃げるように家の中に入った。
家に入ってかえでさんにドーナツを渡して、僕とアンジェラはイタリアに戻った。
すぐにアズラィールからメッセージが来た。
徠神がドーナツを食べて感動してるっていう内容だ。そういえば、お土産で持って行ったのと同じドーナツだね。
あと、父様からもメッセージが来てた。結婚の話なんて聞いてないっていう内容だった。
うん、僕も聞いてないよ。
とりあえず、アンジェラがどう考えてるのか聞いてみよう。
「アンジェラ、結婚式の予定とか、あんな簡単に言っちゃっていいの?」
僕がそう言うと、アンジェラは顔を赤くして下を向いた。
「ダメかな?」
「え?ダメではないけど…。アンジェラって世界的なアーティストで、ファンがいっぱいいて、結婚なんかしたら人気がなくなるかもしれないよ。」
「そんなこと、どうでもいいんだよ。」
「え?」
「どうでもいいの?」
「あぁ。お前がいれば他の事はどうでもいい。」
すみません。状況がよくわかりませんが、とてもうれしい。ごちそうさまです。
アンジェラは日本に滞在しているマネージャーにアズラィールの車を買って朝霧家に納車するように言っていた。
後で聞いたらBMWが納品されたらしい。アズちゃんこわくて乗れないって言ってたよ。
そのまま三日だった水曜日、五月十一日。
アンジェラが東京で雑誌の取材、とかで昼間、三時間ほど留守にするらしい。
午後一時に事務所が用意した都内のホテルの会議室に転移で送ってあげた。
家に戻るなり、よーし、やるぞ~と気合十分。僕は、チャンスとばかり、かえでさんに教わったレシピを元に料理をする。
めちゃくちゃキッチンを汚しまくって頑張った。かえでさん、ごめん。
アンジェラから帰るから迎えにきてというメッセージを受け取り、十分待ってと返信をする。
ふふふ、作戦はうまくいくのか…。
予備のものも3つ作った、よし、行くぞ!
僕は作った料理をイタリアの家に持っていき、アトリエに置いてあるテーブルの上に置いて電気を真っ暗にしておいた。
よし、行くぞ!
僕はアンジェラを迎えに、都内のホテルの会議室に転移した。
え?真っ暗…。
そこに、ろうそくの火がついた。
「Happy birthday to you... ♪」
やさしいとろけるような声でアンジェラがバースディソングを歌っている…。
え?かわいい花束を持ったアンジェラが近づいてきた。
「お誕生日おめでとう。」
え?会議室の電気がついた。
スタッフが集まってお料理を用意してくれていた。
涙があふれた。今日は僕の十歳の誕生日だった。表向きは二十一歳だけど。
一時間ほどそこで過ごした。
その後、僕はアンジェラを連れてイタリアの家の真っ暗なアトリエに転移した。
「あれ?ここ、アトリエか?」
「うん。ちょっと待って。」
僕はライターで、グラスに入ったろうそくに火をつけた。
小さいテーブルに僕の作った小さなケーキと、僕が作ったローストビーフがのっていて、僕はアンジェラに向き直り小さい声で言った。
「アンジェラ、お誕生日おめでとう。」
僕はケーキに立ててあるろうそくにも火をつけて手に取り差し出した。
アンジェラは、涙腺が崩壊している。そして、僕に一歩二歩と近づいていて、そこで、さっき火をつけたグラスに入ったろうそくの灯りが急に消えて、部屋が真っ暗になった。
ケーキのろうそくに照らされた暗い室内で、目の前に 僕を見つめるアンジェラがいた。
「アンジェラ。アンジェラもお誕生日でしょ?おめでとう。」
そう言ってケーキを渡した。アンジェラがろうそくの火をふっと吹き消した。
ケーキをテーブルに置いて、アンジェラが僕を抱きしめる。
すごく強くて、激しいキスをされた。ん、やだ、こわい。
「アンジェラ、痛いよ。やめて。」
「だって、また行っちゃうんだろ?そして戻って来ないんだ…。」
「え?」
そこは過去のいつか、アンジェラが愛に飢えてて、僕を必要としていた時だったのかもしれない。
「君が必要なんだ、ここにいてよ。どこにも行かないでよ。」
アンジェラが僕を激しく抱き寄せる。
「アンジェラ、聞いて!僕が愛してるのは百三十二歳の時のアンジェラなんだ。今の君じゃない。ごめんね。僕はここにはいられないよ。」
あっ、僕はその時に気が付いた。
目の前にいるアンジェラがその手首を切って血を流していることを…。
「い、いや~。」
僕は、とっさに手首を掴んだ、アンジェラを抱きしめ、泣き叫んだ。
「お願い、僕のアンジェラを奪わないで。君が死んだら僕のアンジェラもいなくなっちゃう。」
僕はアンジェラの手首の傷を癒し、彼を抱きしめて言った。
「お願い、二人が出会えるまで待って。僕のアンジェラを殺さないで。」
アンジェラは黙って僕を見つめていた。
僕は転移してイタリアの家のアトリエに戻った。
「ごめん、アンジェラ。またどっかに行っちゃって。」
「…。」
アンジェラが僕の手を取ろうとあゆみ寄ったが、僕は手が届く前に日本の家に転移した。
そこで、血のついた服を着替えて、予備のケーキにろうそくを立て、イタリアのアトリエに戻った。
「お誕生日おめでとう。アンジェラ。愛してる。ごめんね。ちょっと時間かかちゃった。」
アンジェラは黙ってケーキを食べてくれた。
僕がアンジェラの顔についたクリームを舐めて、二人で笑いながら寝転がった。
アンジェラがぼそりと言った。
「ごめん。」
「そこは、愛してるの間違いじゃない?」
「そうだな。愛してるよ」
「うん。」
その夜は、二人で行ったことのない場所へちょっとした旅をした。
エジプトのピラミッドのてっぺんと、グランドキャニオンの断崖絶壁。
そこで二人のラブラブな写真を撮って、父様とアズラィールに送ったあげた。
「父様、アズちゃん、お誕生日おめでとう。ケーキとローストビーフを作ったので、食べてください。冷蔵庫の中に入っています。僕たちはお誕生日の旅行中です。」
二人の天使が飛びながら写った自撮り写真。
そう、五月十一日は、僕たち家族全員の誕生日なんだ。
父様とアズラィールは写真を見て苦笑いをしただろうか…。