669 エゴサーチ
10月16日、月曜日。
まだ暗いうちに起き、誰もいないアメリカの家でシャワーを浴びて大学の寮に戻る準備をする。いつもなら家に戻った時にはニコラスが隣で眠っているのだが、家族はまだ全員フロリダのホテルに宿泊したままのため、静かなものだ。
CM撮影が急に入ったため、忙しいことこの上ない週末だった。
外が少し明るくなってから更に少し経った頃、『ピロリン』とメッセージを受信する音がした。スマホを見るとニコラスからのメッセージだった。
『ライル、よかったら、朝食はフロリダで食べて行かないか?』
あぁ…確かにこの状況で一人で朝食ってのは…ないかな。そう思い返信をした。
『ちょうどシャワー終わったとこ、もう少ししたら行く』
僕は、寮に持って行くつもりの着替えやタオルをリュックに詰めて背負い、フロリダに移動した。
転移するなり僕の顔に枕が何度も叩きつけられた。
『バフッ、ボフッ、バン…』
「なっ、何?」
僕が慌てて枕を掴んで止めると、涙目のマリアンジェラがいた。まだ僕と同じくらいの年齢の大きさのままだ。
「マリー、何するんだよ。」
僕がそう言ってもマリアンジェラは何も言い返さず、黙っていた。
反抗期なのかもしれない。最近、単独行動も多いようだし、こういう時は放っておいた方がよさそうだ。僕はそれ以上話しかけず、朝食が用意されている広い部屋へと移動した。
「ライル、来たか…。CM撮影なんだが…」
アンジェラが少し申し訳なさそうに話しかけてきた。
「おはよう…ん?何か問題でもあった?」
「4本目に少し追加したいことがあるそうで、もう一日撮影したいそうなんだ」
「えー…僕、朝食食べたら大学に戻らないと…。週末まで無理だよ。」
「そうだよなぁ…。ところで、おまえ…髪が…。」
「あぁ…融合を解いたら、元に戻ったんだ。あ、でも短い時の髪型にも変化は多分できると思うけど。」
「そうか…それならまた週末に時間を空けておいてくれ」
「わかった…。ところで、今回のCMはいつ公開予定なの?」
「それなんだが、音が決まっていないらしいんだ。そのため、いつになるかわからないらしい。」
「やっぱりそうなんだ…。」
アンジェラはそんな会話をしながらも子供たちの面倒を見つつ、テキパキと動いている。
それに比べ、リリィは何もしていない。
「はぁ?どうした、リリィ…。」
アンジェラの横に座っているリリィの様子がおかしいのだ。
僕の方をチラッと見て、右手で髪を横に払った。
「あっ…髪…。」
リリィの髪が今までよりも20cmも長くなっていた。
「ふふん、どう?女子力アップしたでしょ…」
「はぁ、子供4人も産んでる人に女子力アップとか言われてもピンとこないけど…」
僕がそう言った言葉を打ち消すかのように、アンジェラがベタベタとリリィにくっついて色々と世話を焼いている。
「ははは…わかりやす過ぎてなんだか恥ずかしくなるよ」
僕は朝食を少し食べ、さっさと切り上げてそのままアメリカの家に戻った後、徒歩で大学の寮へ戻ったのだった。
寮に戻ると、リビングで僕以外のルームメイトがコーヒーを飲んで僕を待ち構えていた。
「おっ、来た来た…。おはよう、ライル」
ケヴィンが僕に声をかけると他の二人も声をかけてきた。
「おはよ。三人とももう食事は済んだの?」
僕の問いかけに三人とも頷くと、真面目な顔をして質問をしてきた。
「なぁ、ライル…。君、CM撮影とかしたのか?」
カールが僕の顔をまじまじと見ながら言うのだ。
「あ、あぁ、うん。昨日、急に言われてさ…。言うの忘れてたっていうんだよ、ひどいよね。ははは」
僕がそう言うとカールが少ししょんぼりした顔で言った。
「マリアンジェラって、前にここにも連れて来てた子だよな…」
「ん?どうして?」
「昨日の昼間からSNSですごい話題になっててさ。君のCM撮影の話がね…。」
まぁ、そこまではよくある話だ。一般客を入れないで撮影はしたものの、海岸やコテージなどは利用者の目にも触れる場所ではあるからだ。
「一般の人もいる所で撮影だったからかな…、なんだかちょっと恥ずかしいね」
「ライル、そういう話じゃないんだよ。話題に上ってるのは、君と彼女が本物の恋人だっていう説だ。」
「えぇっ…いやぁ…何それ…彼女は親戚だよ。それ以上でもそれ以下でもないから…」
「本当なんだな…?」
「ちょっと…やめてよ、僕もマリーも頼まれて、仕事でやってるんだからさ…」
僕は話を中断して自分の部屋に入った。家から持ってきたものを少し整理して今日の講義の準備をした。
そして、ぎりぎりの時間まで部屋から出なかった。その間、エゴサーチでどんなことを書かれているかをチェックした。
信じられないほどの数の写真がアップされ、そのほとんどがスタッフからリークしたものと思われるほど近い位置で撮影されていた。
それはある意味想定内だったのだが、その中で想定外の写真を見つけたのである。
金髪の髪を後ろでまとめた眼鏡をかけた緑の瞳の青年と、どう見ても15歳ほどの大きさになっているマリアンジェラが手を繋いでアミューズメントパークの乗り物に乗っている写真とその二人が1つのソフトクリームを一緒に食べている写真だ。
間違いなくマリアンジェラは楽しそうに笑っている。
『な、なんだこれ…?』
マリアンジェラは幼稚園に通っている男の子と出かけたのだというのはニコラスの夢の中で見た。
それにスマホで撮影された写真も見たのだ。間違いなく小さい男の子と小さいマリアンジェラだった。
頭の中が混乱する。この青年は誰なんだろう…。
ものすごくモヤモヤする。親の片割れとしての感情なのだろうか、まるで自分の娘か恋人を取られたのかのようなそんな嫌な感情がこみあげてきた。
『くそっ、僕の事だけを愛してくれてると思ってたのに…』
僕は、衝動的にマリアンジェラの居る場所に転移した。僕が出たのは浴室だった。マリアンジェラはフロリダのホテルの部屋の寝室でニコラスと言い合いをしている真っ最中のようだ。
「マリー、この写真ってどういうことだい?いつの間に大きくなってたんだ?」
「むー。らって、せっかく彼氏とデートらったのに、ちびっこのままだとつまんないからぁ」
「いやいや、だからってライルをそそのかして、こんな写真まで撮られて…」
僕がちょうど寝室に入ろうとした時、ニコラスが言った言葉である。
「僕をそそのかした?」
僕は思わずその場で立ち尽くした。まだ大きい姿のままのマリアンジェラが僕の方へ駆け寄り僕の腕を掴んだ。
『ハッ』と気が付くと僕とマリアンジェラはユートレアの城の王の間に転移していた。
「マリー、説明してくれないか?僕をそそのかしたって、どういうこと?あの、緑色の目の男は誰?」
マリアンジェラは少しうつむいた後で、顔を上げ、僕の目をまっすぐに見た。
「ライル…」
僕の名前を呼んだマリアンジェラの瞳が赤く光った。
ハッと気が付くと僕は大学の寮の自分の部屋にいた。
さっき何か調べものをしていたような気がするが、スマホのブラウザは何も開いてはいなかった。
『コン、コン、コン』とドアをノックする音が聞こえた。
「ライル、そろそろ講義に行かないと…」
ケヴィンが声をかけてくれたのだ。
「あ、ありがと。今行くよ。」
僕は講義に必要な教材やタブレットを持ち、部屋から出てルームメイトに合流した。
一日中頭がボーッとして、ふと我に返る、そんなことを繰り返した日だった。




