668. CM撮影(4)
深夜まで撮影に時間がかかり、途中で家族たちはホテルのスィートルームでお泊りとなってしまった。というのも、リリィと僕が融合したまま撮影中で、マリアンジェラも撮影中、アンドレはマネージャーとして現場に残る必要があり、アンジェラはマリアンジェラが心配だとべったり撮影現場に張り付いているため、リリアナとニコラスの大人二人でのお子ちゃま達5人の面倒を見るのがキツイという判断である。
ホテルに滞在中はルームサービスなどで必要な物は部屋に届けてもらえるしね。
深夜1時過ぎ、ようやく全ての撮影を終え、ホテルのスィートルームに戻ると、メインの寝室ではニコラスとミケーレ、アディとルーがベッドの上で仲良くくっついて眠っていた。
とても暑そうである。それを見たアンジェラは何も見なかったふりをして、別のベッドルームに移動し、そこでシャワーを浴びていた。
僕は一番広いクローゼットの中でリリィとの融合を解除した。
「きゃっ」
全裸のリリィが前面に飛び出た。
「あ、ごめん。」
そう言って僕がその場にあったバスタオルをリリィに掛けた。
「びっくりしたー。」
「こっちもびっくりしたよ。」
そういえば、昼間融合した時、僕が外側に出ていたため、リリィの服はその場に落ちていて、その後で拾い上げた気がする。僕はタオルで体を巻いて振り返ったリリィを見て思わず絶句した。
「あ…リリィ…ちょ、ちょっと…。あ、どうしよ。」
「え?なによ、ライル。何かあるの?」
リリィの髪が、とんでもないことになっていたのである。それはところどころが短くなったりして、結構衝撃的なヘアスタイルだった。
リリィの頭をガン見する僕の視線に気づいたのかリリィが洗面台の方に向かって行き鏡を見た。
「ぎゃーーーーー」
リリィの悲鳴に驚いたシャワーを中断したアンジェラがものすごい勢いで全裸のままクローゼットに入って来た。
「リリィ、どうした?え?え?」
「アンジェラー、私の髪の毛が、変になっちゃった~。」
メソメソ泣くリリィにアンジェラは背中をトントンしながら困り顔だ。
「ライル、おまえの能力でなんとかならないのか?」
「うーん、やってみるけど、怪我とかを治すのとはちょっと違うよねぇ…。」
騒いでいるうちに、マリアンジェラも眠い目をこすりながらやってきた。
「ママー、何大騒ぎしてるの?って…ぷっ。プハハ…。マリーね、それ知ってる。虎刈りっていうやつでしょ?」
いやいや、虎刈り…というほど短くはないぞ…。内心そう思ったが、言葉に出したらリリィに殺されそうだ。
「あーぁ、しょっか…融合した時に髪の毛切ったら、そうなっちゃったんだね。でも、ママは髪の毛伸ばせないの?マリーできるよ。」
「そう言えば、朝、家で髪を長くしていたわよね、どうやってやるの?」
リリィが目に涙をためてマリアンジェラに聞いた。
「にゅ~って伸ばす感じをイメージしてねぇ」
そう言いながら、鼻の下を伸ばしている。何の参考にもなっていない。
リリィには全くそんな能力がないのか、目を瞑って力んでいるようだが何も変わらないままだ。結局のところ、僕とリリィは封印の間へ行き、リリィが生身の体から出て僕が生身の体に入り、また封印の間から出て、頭に手を置き髪が伸びるよう念じた。
そうして、生身の体をリリィに戻し、僕たちは長い一日を終えたのだった。
え?僕の髪はどうなったかって?
それはもちろん、髪を切る前の背中まである長髪のままだ。
僕の体は僕が生身の体を持たなくなった時のまま成長もしなければ、老化もしない。僕の核が体の状態を覚えていて具現化しているのだと解釈しているのだが、永遠に15歳のままの容姿で過ごすことになるのだろう。
とりあえずフロリダのホテルに戻ってリリィがアンジェラの元へ帰るのを見送ってから、僕は一人でアメリカの家の寝室で過ごす事にした。
なぜかって?スィートルームにはベッドルームが3部屋あるが、全部使われていたからだ。
特に眠りたいわけでもないが、静かな時間を一人で過ごすのも久しぶりだ。
『ピロリン』とスマホにメッセージが届いた音がした。
ん、こんな夜中にメッセージが来るのは珍しい。
そう思いながら内容を確認すると、さっきまで撮影していたCMの編集途中のデータが送られてきたので確認してほしいというアンジェラからのメッセージだった。
データは2つあり、先行して仕上がった2本が送られてきたようだ。
特に急いですることもないので、早速見てみることにした。
一本目は『夏の恋人編』とタイトルがあり、内容もほぼ台本の通りだ。
正直なところ、海での撮影もあっという間に終わったのであまり期待はしていなかったが、実際の編集済映像を見てみると、マリアンジェラがほぼ主役で、僕の姿は添え物程度にしか映っていなかった。
そして、なんともマリアンジェラがキラキラと輝いて見える。姪っ子に対してこういうのもなんだが、ものすごく女優としての才能があると感じる。
全体を通して『楽しい夏の思い出』感を出す事が作品の目的であるため、そういう点ではなかなかの出来栄えだと思う。ちょっと笑えるのは、僕の汗がたらりと流れるのとか、眩しそうに目を細めたりしてるのもいつの間にか撮影されていたようで、ところどころに使われていた。ある意味生身の体を使っていたからできた副産物ではあるけれど…。
次は二本目だ。
これもほぼマリアンジェラのシーンばかりで構成されていた。
約束の時間に恋人が来ないことで不安でいっぱいの彼女と、他の女性が電話に出たことでの悲しみの感情の動きがとてもうまく表現されている。
ほぼセリフはない状態で、現段階では音楽も入っていない。
具合の悪そうな表情までもかなりの演技力だと言えるだろう。そういう点ではカエルの子はカエル…アンジェラの子供だけあるという事なのだろうか…。
二本の映像データを見終わり、とりあえずアンジェラに『特に問題はないと思う』と返信した。それからどれくらい経ったころだろうか、ボーッとしながら薄暗い部屋の中で天井を見ていた時、またメッセージが送られてきた。
アンジェラからだ。動画ファイルが1つ添付されている。
再生すると、小さい普通のマリアンジェラと男の子が二人でアミューズメントパークで乗り物に乗っているところが映っていた。
『ニコちゃーん、ほらぁ、こっちこっち~』
そう言いながら手をブンブン振るマリアンジェラと、対照的に物静かで落ち着いた様子の男の子だ。どうやらニコラスがスマホで撮影した動画を送って来たみたいだ。
動画はさほど長い物ではなかったが、いくつかの動画を繋ぎ合わせて1本にしたようだった。
途中で場面が変わり、ニコラスのソフトクリームの味見と称して半分ほどを1口でばくっと食べる様子が映っていた。
『あ、これ昨日のニコラスの夢の中で見たやつだな』
既視感から思い出したのだが、ニコラス目線じゃない部分も映っていた。
ニコラスがその男の子を抱っこして膝に乗せ、一緒にソフトクリームを食べているのだ。
『目の色こそ違うが、ずいぶんと親子みたいな雰囲気だな…変な感じ…』
そう思った時に違和感を感じた。
いくら家で父親がいないとかそういう事情があったにしても、他人の大人に『パパ』って言うかな?それに、あの親ばかが服着てるみたいなアンジェラが、こんな自分の娘とその彼氏の楽しそうな場面の動画を僕に送ってくるなんて、意味がわからない。
何かを見落としてる。そんな気がしてあれこれ考えるのだが、頭の中に雲がかかっているかのように何も思い浮かばなかった。
『何だろう…僕はこんな子供相手に嫉妬でもしているんだろうか…』
そんなことを悶々と考えているうちに眠ってしまった。




