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667 CM撮影(3)

 あまり明確には覚えていなかったが、昔撮影したCMでは、デートのクライマックスにネックレスをつけてあげて恋人同士になるという内容だった。

 どうやらその続編というだけあって、付き合う恋人たちの『幸せな日々』とか、ちょっとした『すれ違い』とか、色々なことを二人で乗り越え、そして次の段階へという四部作らしい。

 まず1本目は、大学生である若い二人が夏休みに短い旅行に行くというストーリーだ。

 離れている時間が長いほど、会った時の喜びも多くなる。夕暮れのビーチで寄り添い流木に腰かけながら、以前贈ったジュエリーとお揃いのデザインのアンクレットをビーチを裸足で遊んだ後、足の砂をはらってあげてつけてあげ、最後にキスをするというもの。

 またキスだ…。

 マリアンジェラはこれを知っていて今朝駄々をこねたのかもしれない。


 アンジェラ所有の高級ホテルのプライベートビーチを貸し切りで撮影が開始された。

 砂に反射した光がまぶしいが、影ができないよう更に反射板で照らされる。10月とは言え快晴のビーチは少々暑い。

「ん?暑い…。」

 汗が流れて頬を伝った。忘れていた。今日はリリィと融合した生身の体でここに来ているのだ。汗もかくし、のども乾く、そしてものすごく暑い。太陽光で日焼けしそうだ。

「ライル、大丈夫か?」

 マネージャーとして来ているアンドレが飲み物を手渡してくれた。

「ありがと。早くしないと暑くてヤバイ。」

「わかった、早く終わらせるようプッシュしてくるよ。」

 アンドレが撮影ディレクターのところに行って話をつけてくると、すぐに撮影が始まった。

 僕とマリアンジェラが砂浜を歩き、マリアンジェラが途中でサンダルを脱いで少しだけ海に入るシーンの撮影だ。サンダルを左手に持ち上げたまま、膝丈のワンピースの裾を気にして髪をかき上げるという指示の通りにマリアンジェラが演技をする。

 僕は砂浜に立って見つめるだけ。ものの3分ほどでOKが出た。

 次は砂浜の流木に座ってマリアンジェラの足に着いた砂を払い、ポケットからアンクレットを取り出し、彼女へプレゼントするシーンだ。

 何もない砂浜の中央に、どこからかずいぶんと立派な流木が7人がかりで運ばれてきた。

 後ろから、横から、そして前方からと3台のカメラで同時に撮影する。

 今のところセリフは全くない、言われるままに動くだけだ。

 このシーンでは僕が3回もNGを出してしまった。

 アンクレットがうまく着けられなくて、落っことしたり、すごく時間かかったり、顔がどんどん足に近くなったりでようやく4回目でOKが出た。

 失敗するたびに汗を拭いたり、飲み物を飲んだりでやたらと時間をロスしてしまった。

「ごめん、マリー。僕が失敗してばっかりで…。」

「しょんなのだいじょびだもん。らって、その分長く一緒にいられるからねっ。」

 撮影に入ってからは非常にゴキゲンなマリアンジェラだった。


 次のシーンは宿泊先のホテルの入口に飾られた大きなコルクボードに、ホテルのスタッフが撮影したチェキへメッセージを書いてピンで留めるというものだ。

 チェキを撮りまくり、その中から表情のいいものをディレクターが選び、メッセージを書くのだが…。アンジェラ所有の高級ホテルではなく、個別のコテージが並ぶ別のリゾート施設の入口で撮影が行われた。どうやら、アンジェラのホテルだと高級すぎて学生が旅行に来るという設定に無理があるとのことで、近隣の同系列リゾートを使うことにしたようだ。

 元々そのボードのようなものは設置していなかったが、この撮影を機に設置を検討することになったそうだ。

 チェキに書く言葉はスタッフに言われたものを書いた。

『Come here back soon!』

『またここに来ようね』ということだが、マリアンジェラは嬉しそうに赤のマーカーでハートマークを書いていた。

 どうにか1本目の撮影を終え、途中でランチタイムとなった。アンジェラが撮影チーム全員をホテルの高級レストランのバッフェへ招待した。

 撮影現場に飽きたうちの家族はすでにレストランで食べていた。そういえば昼ご飯を食べにフロリダに行くって言ってた気がする。


 撮影ディレクターがうちの子供たちを見て、目をキラキラと輝かせていたが、アンジェラは首を横に振っていた。家族の顔を晒すのはなるべく最小限にしたいからだ。

 食事を早めに切り上げ2本目の撮影に取り掛かることになったが、その前にホテルの会議室でヘアアーティストが僕とマリアンジェラの髪を整え、衣装を着替えた。

 そのストーリーは、別々の大学に入った二人のスレ違いを演出したものだった。

 1本目の撮影の内容からは数か月過ぎたという冬の設定だ。

 時間が合わない二人がやっと約束したアミューズメントパークでのデート、しかし彼女がいくら待っても彼が来ない。

 イルミネーションのきらめくアミューズメントパークの入口で待ち合わせをするが、彼は大学の寮で体調を崩し寝込んでおり、携帯電話への着信にも気づかない。何度も電話をかけているうちに、寮の同室の学生の彼女がたまたま訪問し、机の上で鳴りっぱなしの僕の電話に出てしまう。女性が電話に出たことで慌てて電話を切り、涙があふれ悲しむ彼女。数時間経ってから同室の学生にそのことを聞き、慌ててタクシーで待ち合わせ場所に向かうが彼女に会うこともできなかった。電話をかけると彼女の兄が電話に出て彼女が体調を崩し入院したことを聞いた。というストーリーだ。

 マリアンジェラの撮影はほぼ一人でフロリダのアミューズメントパークの入口で行われた。

 冬設定なので、トレンチコートを着て撮影したらしく、撮影スタッフがマリアンジェラの辛抱強さに感心していた。暗くなるまでの絵が必要だということで、夜までかかって撮影された。その合間に3本目と4本目のカットも少しずつ撮影された。


 僕の方は大学の寮という設定で、普段ホテルの従業員が生活している二人部屋を撮影のために空けて準備してくれたようだ。

 撮影チームは時間の関係でマリアンジェラの方と僕の方に分かれてそれぞれのシーンを撮影した。

 僕は狭いシングルベッドに横になり、顔に霧吹きで水をかけられ、汗をかいている風に演出され、苦しそうに寝ている様子を撮影された。

 その終盤、彼は彼女の誕生日のために用意したピアスを持って病院に駆け付けた。でも兄と名乗る男性に拒まれ、会うことができず、寮に歩いて戻るというストーリーだ。


 時系列でどんどん髪を切られ、3本目の撮影の時には肩にもかからないほどの髪の長さまで短くなってしまった。元々胸元より長かった髪がいきなり短くなり、なんだか恥ずかしく感じた。


 3本目の撮影に入るが、僕の方も髪を切られた後に、明るいうちに撮影が必要なシーンはすでに撮り終えていた。こちらも二人で撮影するシーンは1回もなかった。

 3本目のストーリーは、それからしばらくの間、お互い電話もかけず、時間が過ぎてしまった。

 大切な人はお互いしかいないのに、全てが望まない方向へと二人の心を誘導しているかのようだ。彼女は楽しかった旅行の場面を思い出し涙が落ちる。彼は何度か彼女の家を訪れていたが、家族が取り次いでくれなかった。

 気づけば次の年の夏が訪れ、それぞれの日々が過ぎていく。あきらめきれない彼と、裏切られたと思う彼女は1日違いで1年前に二人で泊まったリゾートホテルを訪れていた。

 彼が1日早く来ていたのだ。ここでも二人はすれ違う。

 しかし、彼女はリゾートホテルのエントランスにある掲示板に小さな箱がピンで止められていることに気づき目を止める。

 その箱の後ろには、1年前に二人で撮った写真、そして新たに留められた彼が一人だけの写真にはメッセージが書かれていた。

『miss you.』

 そして、箱には小さなメッセージカードがついていた。

『愛する20歳の君へ』

 彼女はリゾートホテルのフロントでメッセージとプレゼントの事を説明し、それを受け取って彼の元を訪ねた。しかし、彼は寮にはおらず、電話も繋がらなかった。


 マリアンジェラとは別行動の時間がかれこれ4時間以上となった。

 あっちの撮影はうまく行っているのだろうか?僕の方はセリフもないし、言われるままに立ったり座ったり、歩いたり、走ったりなので、特に困ったこともなかった。


 4本目の撮影の前に、更に髪を切られた。

「まじ?聞いてないんですけど…」

 少々抵抗してみたものの、無情にも髪はバッサリと切られた。人生初の短髪である。

 恥ずかしいを通り越して力が抜ける。家に帰って融合を解いたら元に戻るのだろうけど、なんとも不思議な気分だ。

 社会人になった後という設定のため、サラリーマンっぽくスーツを着せられた。

 ドレスコードのあるホテルのラウンジでの撮影だからだ。

 最後のストーリーは、彼女と彼はその後誤解を解き、あまり会えないながらも恋人同士のまま時が流れた。大学をそれぞれ卒業し、全く違う分野の仕事に就いた。

 大学の時よりもさらに二人で過ごす時間が少なくなり、彼女の周りからはもう別れた方がいいとまで言われた。

 1年半ぶりに会うことになり、ホテルのラウンジで待ち合わせた二人。

 二人はお互いの姿の変貌ぶりに驚きを隠せなかった。

 彼女はより美しく輝き、彼は髪を短くしてハンサムに磨きがかかっていたのである。

 あくまでも台本に書かれている言葉を借りてだけどね。

 彼はホテルのラウンジにあるピアノの使用許可を取ってあり、彼女と合流後、彼女を近い席に座らせるとリストの『愛の夢第三番』を弾き、最後に跪いて彼女にプロポーズをする。

 手にしているのは婚約指輪だ。大勢のお客さんたちが見守る中彼女が頷き二人は抱き合う。


 と、ここまでが渡された台本に書かれていた内容なのだが…。

 ちょっと待ってくれよ…弾いたことのない曲まで登場している。

 ディレクターは後で別の人が弾いたのを編集するからピアノの前に座って手だけ広げてくれと言うが…なんかそれは自分が嫌だったんだ。

 僕は撮影の前にスマホでプロのピアニストが弾いている動画を探し、とりあえず覚えたのだった。

 どうにかピアノ演奏も含め、無難にこなした。最後にプロポーズを受け入れ抱き合うシーンでは、マリアンジェラの体がフワッと浮き上がり、なぜか僕の真正面からの完全なキスをされた。やられた。これがマリアンジェラの今日の目的だったのだ。


 そして、僕は1つあることに気づいたんだ。

 ベリー味のソフトクリームの味と香りのするキスだ。

 それは初めてではなかったと、前にも体験した気がする…。

 なんでこんなに思い出せないんだ…。


 何度もNGを出しつつもどうにか撮影を終えた。終わったのは深夜になった頃だった。

 マリアンジェラは僕の横で僕の膝を枕にして爆睡中だ。

 深夜だというのに、あのCM撮影を依頼した会長と孫娘があいさつに来た。

 一緒に写真を撮って欲しいと頼み込まれ、マリアンジェラを膝に乗せたまま座った状態でならと撮影に応じた。

 そんなこんなで僕のとてつもなく長い一日が終わったのである。

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