666 CM撮影(2)
フロリダのアンジェラが所有する高級ホテルのスィートルームに一瞬で移動した。
結局、同居家族全員がぞろぞろとついてくる羽目になった。
スィートルームはいくつものベッドルームと中央の大きなリビングで構成されているのだが、ホテルのマネージャーが気を利かしたのだろう、リビングにスィーツがたくさん用意されていた。
子供たちはそこへまっしぐらだ。
しかし、マリアンジェラはお仕事の時間が迫っているのでアンジェラによって打ち合わせをする別室に連れて行かれた。
「ライルも来てくれ。」
「あ、はい。」
スィートルームの中には6人くらい余裕で着席できるビジネス用の小会議室も用意されていた。
「うわっ、豪華だね。」
さすがスィートルームだけあって置かれている調度品も全て豪華である。
アンドレが手帳を取り出し、今日の流れを説明してくれた。
「まず、今日の撮影は、以前出演したアクセサリーのブランドの続編ということで承知してください。」
「了解」
「それで、マリーには以前と同様、大きくなった状態で撮影に参加していただきます。」
アンドレの説明にマリアンジェラはコクコクと頭を揺らし、同意したと同時にキラキラで包まれ大きいマリアンジェラへの姿に変化した。
服装は変わらず、サイズだけ大きくなっている。
「あ、マリー、すまないが、もう少し髪を長くできるか?」
アンジェラがそう言うと、秒も経たずに髪が腰の辺りまで伸びた。
知らない人が見たらホラーだと思う。
その時、会議室の電話が鳴った。フロントからCMの撮影スタッフが到着したというものだった。アンジェラはフロントの者に撮影スタッフをホテルの貸大会議室に案内するよう伝え、僕たちもその場所にエレベーターで移動した。
大会議室に入ると総勢20名ほどの撮影チームの他にちょっと偉そうな男性と高校生くらいのブロンドで茶色の瞳の女性がいた。どうやら今回CMを撮影する宝飾品有名ブランドの会長と孫娘らしい。
偉そうな男性が僕に話しかけてきた。
「ライル君だったね。今回は続編のオファーを受けてくれてありがとう。前回のCMで爆発的に売れたものでね、どうしてもライル君でまたCMをと社内でも声が上がっていたんだが、なかなかライエン社長のOKが出なくてね。今回ダメなら別の人で行こうかと考えていたところなんだよ。」
「あはは…そうなんですか…。」
いやいや…撮影あるって聞いたのさっきだし…。アンジェラが断っていたのだろうか。
「あ、あのライルさん、私、クレアと言います。今日CM撮影だと聞いて無理言っておじいさまに同行させてもらったの。会えてうれしい。」
そう言って近づいてきた会長の孫娘と僕の間に一瞬で割り込んだのはマリアンジェラだ。
「はじめまして、マリアンジェラです。ライルは人見知りが激しいのであまり近づかないでね。ごめんね。ほら、ライル、衣装着なきゃ、あっち行こ。」
そう言って僕の腕をつかみぐいぐいと引っ張ってというより、引きずられて行ったのである。
衣装合わせが始まった。いくつかのパターンで何本か撮影するらしく、マリアンジェラと僕に衣装を着せてはサイズの調整をし、出来上がったものには使用する順番の番号が書かれた紙が貼りつけられた。
衣装合わせの後は、身ぐるみはがされてパンイチにされ、顔にメイクをするようだ。
メイクさんらしき人が僕の全身をじろじろ見る。うぇ~。
「ライルさん、お肌のケアはどうしているの?」
小柄なオネエという表現がぴったりの白人の男性メイクさんが僕の顔を覗き込んで言った。
「お、お肌のケア?というのは特にはしていないです。」
「うそ。うそうそうそ…、じゃあどうして毛が一本も生えてないのよ。」
「えー、そっ、それは…うちの家系はみんなそうなんです。あ、頭は、髪の毛は生えてますよ。でも他の所は、みんな生えてないです。」
メイクさんの顔が真っ赤になった。そして一言…。
「まぁ、そ、それは珍しいわね。ホホホ…」
そう言いながら、光の反射を抑える粉を顔にはたかれた。
「残念だけど、これ以上私のできることはないわ。だって完璧なんですもの。お肌も、顔のパーツも、逆に手を加えるとバランスを崩してしまいそうだもの。ただね、髪の毛は切らせてもらいます。全部で4本撮影があって、そのうち2本は長めの髪で、残りの2本は少し短めにしますね。」
「あぁ、はい…。」
ん…これってマズイ状況だったりするのか…僕の髪は切り離された途端、単なるエネルギー体へと戻ってしまう。そう、金色のキラキラの光の粒子となりその場で立ち消えるのだ。
そして、髪を切ったとしても別の場所に転移すれば空間に存在するエネルギー体がまたデフォルトの僕の体を形成するのだ。
『どうしよう…。』
僕はトイレに行くと言ってアンジェラの元へガウンを羽織った状態でこそこそと移動した。
「アンジェラ~、ちょっといい?」
「どうした?そんな甘えた声を出して、心細くなったのか?」
そう言って僕の腰に手を回す。
「いや…だからそういうサービスは僕には要らないって。」
僕は手を払いのけながらアンジェラに耳打ちをした。
「なるほど…それはまずいな。私にいい案がある。ちょっとこっちに来なさい。」
アンジェラがそう言って会議室の物品庫のような場所に僕を連れて入った。
「ライル、いいか、今すぐスィートルームに行ってリリィと融合するんだ。そして戻ってこい。」
「あ…それね。さすがアンジェラ…。」
アンジェラのドヤ顔を見た直後、僕はスィートルームでお昼寝をさせられているアディとルーの横で自分もお昼寝をしようとしているリリィの所へ行った。
「リリィ、説明してる時間ないから、触るよ。」
リリィの頬に触ると、さっきの僕の記憶がリリィにも入っていった。
「あら~、面倒なことになったのね。いいわよ。融合して一緒にいくわ。ニコちゃんに子供たちを頼んで行かなきゃ。」
そう言うとリビングでミケーレ達とケーキをほおばっていたニコラスに簡単に説明をして戻ってきた。
「さぁ、行こ。」
「うん、よろしく。」
僕達はお互いの指を嚙み合った。一瞬で二人は融合体となり、僕が主導権を握らせてもらう。そう、表面上は僕の容姿が出ている状態だ。
しかし、体はリリィの肉体を含んでいるため、髪を切れば毛が落ち、怪我をすれば血も出る状態だ。
そしてすぐにアンジェラのいる物品庫へ転移した。
「お待たせ」
「ん?無事に融合できたのか?」
「うん、今その状態だよ」
アンジェラが僕の頬を両手で抑え、僕の顔を覗き込んだ。
「あぁ、間違いない。キスしたくなるからな。」
「うぇ~、ちょ、やめてよ。もう。」
逃げるように物品庫から出るとメイクさんが探しに来ていた。
僕とアンジェラがそんなところから出てくるのを見て、なんだか見ちゃいけないものを見たとでも言いたそうだ。
「あぁ、すみません。ちょっと内緒の話がありまして…。」
僕が取り繕うように言うとアンジェラはしれ~っとした様子でちょっと小芝居を入れつつ話をごまかした。
「ライル、プロなんだから髪ぐらい切っても文句は言うんじゃない。わかったな。」
「あ、うん。わかりました。」
メイクさんは、『そういうことか』というような顔をして妙に納得していた。僕が髪を切るのが嫌だとアンジェラに泣きついたと思ったらしい。
そして、指定された衣装へと着替えを終え、1本目のCM撮影に入ることになった。
僕を含む撮影スタッフ全員とアンジェラ、そしてなぜか僕の家族全員が最初の撮影場所であるビーチへと移動した。
僕は思わずアンジェラに小声で言った。
「どうして皆でついてくるんだよ」
アンジェラはニヤニヤした顔で僕の耳元へ顔を寄せて言った。
「マリーが暴走しないように監視したいんだとリリィが言い出してな。」
「え?」
『暴走…』まぁそれに関しては否定はできない、暴走する可能性は少なからずあるのだ。
僕は家族に演技を見られる恥ずかしさより、そっちの方が確かに心配だと妙に納得したのだった。




