665 CM撮影(1)
10月15日、日曜日。
朝起きて皆で朝食を食べた。少し目の下のクマが薄くなったリリアナもどうにか気力を回復し始めているようでテキパキと子供たちの世話をこなしている。
テーブルについた僕の膝の上にはなぜかアディが座り、口を開けて食べ物が入ってくるのを待っている。
「らいりゅ、はやくぅ、次はういんにゃー」
「はいはい、ウィンナーね。」
「ん~っ、おいちいね~。」
ちなみに僕の左隣の席にはニコラスとその膝の上にルーが座っている。
「あ~ん」
「はいはい、いい子ですね。なんでもよく食べて。」
ルーもアディと同様食べさせてもらうのが目的で膝の上によじ登ったようだ。
僕の右隣には機嫌の悪いマリアンジェラが座っている。
「アディがマリーの場所取った。」
そう言ってアンジェラに訴えていたが、赤ちゃん優先だと却下されたのだ。
それにマリアンジェラは重量がすごいのでそろそろ膝の上に乗せてとか言うのは終わりにしたいところだ。
全ての料理をテーブルに運び終えたところでアンジェラとリリィ、アンドレとリリアナも席に着いた。
うちは食事の前にお祈りなどは一切しない。わいわいがやがや大勢で大皿から好きなだけ取って食べる方式だ。アメリカの家で食べるときは近くのスーパーで食材を調達する場合が多いらしく、これぞアメリカっていう食材もちらほら見かける。
今日はパンの代わりにブルーベリーマフィンとプレーンのマフィンが山盛りになって置かれていた。フレッシュサラダ、スクランブルエッグ、ウィンナーと数種類のチーズの盛り合わせが並ぶ。ちょっとしたホテルのブッフェ並みの量だ。
食事も中盤に差し掛かった頃、アンジェラが僕に話しかけた。
「ライル、すまないが、一つ伝え忘れていたことがある。」
「ん?なに?」
「急で悪いんだが、今日の正午からCMの撮影でフロリダに行ってもらいたい。」
「あ、うん。特に予定はないから大丈夫だよ。言い忘れるなんてアンジェラらしくないね。」
「あぁ、すまん。最近は業務の一部をアンドレに任せていたため、アンドレが休みを取った日に話が進んでしまった案件の対応に遅れが出てしまったのだ。」
アンドレも申し訳なさそうに僕を見る。
「まぁ、それだけアンドレもアンジェラの会社に馴染んでるってことだね。」
「あぁ、助かっているし、辞められたら困るな。ふふっ。」
ニヤリとアンジェラが笑うと、アンドレが少し頬を赤らめた。アンジェラにしてみれば、絶対に裏切らない身内のアンドレである。生きてきた時代のギャップを超えて活躍してくれればこれ以上の信頼を置ける相手もいないだろう。
アンドレの方の立場も同様だ。この自分の本来存在しない時代に大きな富と名声を持ち、生活に不自由しないだけではなく最愛の家族も一緒にいられる、これは全てアンジェラのおかげと言っても過言ではない。
食事を終え、バックヤードで子供たちとボール遊びをしたが、どうもおかしい。
ボールが全部ルーの方にばかり飛んで行くのだ。しかしルーは意識して何かしているわけではないらしく、逆に自分ばかりが忙しくて嫌になったようで途中でぐずって退場してしまった。
きっと誰かの能力で物質の移動とか誘導とか、そんなことができる者がいるのだろう。
ニコラスとそんな話をしながらボール遊びを終え家の中に入ると、何やらマリアンジェラを中心にちょっとした言い争いが起きていた。
マリアンジェラは半べそをかいて椅子に腰かけているアンジェラの背中をバシバシ叩いている。その横で困った顔のマリベルとリリィがバツの悪そうな顔で様子を伺っている。
僕は少し離れたところにいたミケーレに何があったのか聞いた。
「うんとね…CMの撮影の話、聞いたでしょ?」
「あぁ、聞いた。もう少ししたらフロリダのホテルで待ち合わせだっていう話だよね。」
「そう、それね…。マリベルが一緒に行くことになってたんだって。」
「ん?マリベルが?」
「あ、ライルは知らなかったっけ?マリーがメンドクサイからって芸能活動したくないって言ってわがまま言ったから、ここ最近のお仕事はマリベルが代わりにやってたんだよ。それが結構ちゃんとやれてるみたいで、それに学校行ってないから時間も自由だしね。」
「ふぅん。それでそれがあの半べそと何か関係あるのか?」
「今日のCMはライルとマリーが一緒に出るやつだったらしくて、マリベルが行く準備を始めたところでマリーが知って怒ってると言うわけ。」
自分が放棄した仕事なのに今更やりたくなったというわけだ。どんな内容か全く聞いていないがさすがにマリアンジェラが自分勝手と思われても仕方がない。
「パパのばかー、マリベルのばかー」
大きな声でそう怒鳴ってマリアンジェラが走って子供部屋に入っていった。
アンジェラが困った顔をしてリリィの方を見た。見られたリリィも困り顔だ。
リリィがマリベルにこそっと話しかける。
「ねぇ、マリベル、今日だけマリーに行かせてあげてもいい?」
「えー、だってぇ、あたちもライルおにーちゃまとお仕事したいんらもん。」
「はぁ…そうだよねぇ、やりたいやつだけ選んでちゃだめだよねぇ…」
ためいき交じりでリリィがつぶやいた。
マリベルは何も悪くはない。これは完全にアンジェラの判断ミスだ。
そうこうしているうちに怒りのおさまらないマリアンジェラが子供部屋から出てきて言った。
「マリーが二人もいるからこんなことになっちゃうんだよねぇ」
正論である。そしてそれを利用していたのはあくまでも大人だ。
言葉が終わるか終わらないかのうちに、マリアンジェラが突然すごい勢いで走り出した。
『ダダダ、ドン』
マリベルに体当たりしたのである。
「「マリー!!」」
アンジェラとリリィが同時に叫んだ。その視線の先には白い光の粒子が発生しおさまった。
駆け寄ったアンジェラが抱きかかえたのは一人の少女だけだった。手には白い核を握っていた。
「マリー、大丈夫か?危ないじゃないか…痛いところはないか?」
マリアンジェラは薄目で周りを確認した。その顔にはうっすら笑みが浮かんでいる。
自分の目的のためにマリベルを回収したのだ。
本来、自然な生を受けていない核で作られたコピー体であったマリベルが消滅したのである。
アンジェラとリリィは予想外に冷静な様子で、マリアンジェラに外傷がないかを確認し、無事であることがわかると抱きしめた。
「マリー危ないことしちゃダメよ。」
「マリー、私が悪かった。今度からはマリーに聞いてから仕事は決めるよ。」
リリィもアンジェラも単なる過保護な親だ。
あんなに膝の上にのせたりしてマリベルの事を可愛がっていたのに、僕には到底理解できない感じだ。
僕の横にいたニコラスが僕に耳打ちをした。
「ライル、マリベルはマリーそのものだったんですから、元に戻ったということで皆安堵しているんですよ。」
「そういう感じなの?うーん…」
そんなことがあってから30分もしないうちにCM撮影に行く時間になった。
マネージャーを兼任しているアンドレが仕事をしている時の服装で部屋から出てきた。
紺のスーツに髪を後ろで結わえ、今日は少し色のついたガラスが入った眼鏡をしている。
「ライル、準備出来てますか?」
「あ、ちょっと待って、スマホ持ってくる」
僕は自分の部屋に戻り充電中のスマホをポケットに入れた。衣装は現地でスタイリストが用意してあるとのことなので、何も持参するものはないらしい。
ジーンズとTシャツの上にジャケットを羽織ってリビングに戻ると、マリアンジェラが待っていた。
そして、アンジェラまでブレザーを着て出かける気満々な様子で待っていた。
「あれ?アンジェラも行くの?」
「ちょっとな、今回のCM撮影は前回のCM内容のその後を描いているとかで、スポンサーの社長がが現地に来るそうなんだ。しかもかなりの金額を積まれたと報告を受けていてな、挨拶くらいはしておこうかと思っているのだ。」
「そうなんだ…。」
「そうなにょ。」
最後の声の主はアディだ。わかりもしないくせに返事してるのだろう。僕のすぐ横でルーと色違いのパーカーを着て、こちらもお出かけする気満々な様子で手をつないでいる。
そして、周りを見ると、いつの間にか皆が僕を囲んでいた。
「ど、どうしたのみんな…」
「え?どうって…みんなでフロリダのホテルで夕食食べることにしたのよ。」
リリィがドヤ顔でサラッと言ってのけた。
「したにょよ。」
またアディが大人の言葉尻を真似ている。
アンジェラがそんなアディを目を細めて抱き上げた。
「アディはおしゃべりが上手だな。」
「じょうず~?」
あざと可愛いという言葉がぴったりなアディの仕草に皆騙されているのである。
そういう僕もアディがかわいくて仕方がない。
そうこうしているうちに僕達は数人ずつ転移による移動を開始したのである。




