664 マリアンジェラの彼氏(2).
夕食を終えた僕は、一人で部屋へと戻り、最近の出来事を日記に書き綴っていた。
そこでふとした疑問が脳裏をかすめた。
『レイナって…人間なのかな?』
考えれば考えるほどどんどん疑問が大きくなっていく。
もしかして、エイリアンとか?いや…さすがにそれはないか…。人間だけど、特殊な人種っていうだけなのか?あー、もう頭が混乱する。
答えてくれるかはわからないが、この件はいずれアディとルーに聞くことにしよう。
大学に入り寮生活をするようになって、日記からすっかり遠のいていたため、やたらと書き留めておかなければいけないことが多い。
小さい僕が今の僕を召喚した話や、黒い杯を触って過去に飛んだ出来事、マリベルがマリアンジェラから分離したままになってしまったことなど思い出しながら書き込んでいく。
今日のマリアンジェラの彼氏ができた話も最後に付け加えた。
ダイニングルームの方からは子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。いつもなら僕もその中に入って一緒に笑っているんだろう。だが、なぜか今日は皆がいる場所には居たくなかったのだ。どうしてかはわからないが、なんだかすごくむしゃくしゃする。
疲れがたまってるのかな…。そんなわけないか…。最終覚醒してからは眠ることも食べることもせずともなんの疲労も感じることもない。
もはや僕は生物ではなく、いわゆる霊体と同じ状態なのだと自分でもわかっている。
自問自答を何度か繰り返し、なんの結論も出ないまま僕は気分を変えるためにシャワーを浴び、パジャマに着替えてさっさとベッドの中に入った。
考えてみればさっき起きたばかりなのだが、正直に言うと『することがない』のである。
いつものことだが、結局眠ることもできず、ベッドの中でスマホをいじって時間を潰しているのだ。我ながら子供っぽいことをしている。
部屋の明かりもすべて消していたため、夜9時を過ぎてニコラスがベッドに入って来た時に僕がベッドに入っていることに気づいて大慌てだった。
「ら、ライル?家にいたんですか?てっきり寮に戻ったのだとばかり思っていました。」
「え?ずっといたけど…。」
「どうしたんです?何かあったんですか?私でよければ、話してください。」
そう言って僕の肩に手を置いたニコラスに、僕は背を向けたまま言ったんだ。
「なんでもない。騒がしいのが嫌だっただけだ。」
ニコラスはそっと手を引いた。
「そうですか…。おやすみなさい。」
ニコラスも僕に背を向けた状態でベッドに横になった。
気まずかった。ものすごく気まずい空気だった。つーか、僕がやらかしたんだけど…。
完全なる八つ当たりだ。ますます頭の中で色々な思考が駆け巡る。
僕、どうしちゃったんだろう。なんだかいつもと違う。こんな事言いたかったわけじゃないのに。むしゃくしゃが収まるどころか、更に悪化している状態で、ふと僕は寝返りを打った。ニコラスは疲れていたのかすぐに静かに寝息を立てて眠っていた。
『あ、そうだ!今日のテーマパークへ行ったというマリアンジェラの彼氏でも見てやろう。』
僕は眠っているニコラスの首筋に手を当て、ニコラスの潜在意識の中に潜り込んで今日起きたことを夢の中で再現するように命令した。
それは朝の8時ころ、ニコラスがシャワーを浴びている時に浴室にマリアンジェラが転移してくるところから始まった。当然のことながら全てニコラスの目線での展開だ。
『ま、マリー、ちょっと浴室にいきなり入ってくるのはレディーとしていかがなものかと思いますよ。』
前を隠しながらニコラスがマリアンジェラに注意するが、マリアンジェラは全く動じない。
『だって、ニコちゃん。ライルが起きちゃったらかわいそうだから、仕方ないのよ。』
マリアンジェラは結局ニコラスが身支度を整えるまで、浴室の脱衣所でスマホをいじって待機していた。どうやらアンジェラが連絡用にスマホを渡したようである
準備を終えたニコラスの手を引きいきなり転移する、アメリカのもう一軒の家、今現在マリアンジェラとミケーレが通うボーディングスクールの近くの家だ。
マリアンジェラは着くと同時にニコラスを置いてどこかへ行ってしまった。
『ちょっと連れてくるから待ってて』
1分ほど経ったところでマリアンジェラは彼女より少し背の低い金髪で緑色の瞳をした男の子を連れてきた。黒縁眼鏡をかけていて、髪は肩よりも長い長髪を半分ほど後ろにまとめて結わいてある。
ニコラスの存在に気付くと、男の子は少し頬を赤らめ挨拶をした。
『あの、こんにちは。ぼ、ぼく…』
『あ、この子はねマリーの彼氏のルイ・ラリギサーア君よ。で、こっちはマリーと一緒に住んでいるおじさまのニコラス・ユートレア。』
『ルイ君、こんにちは。』
『こんにちは…ニコラスさん。』
ルイと紹介された男の子はニコラスの顔を見て少々挙動不審気味だ。
『あ、あのねニコちゃん、今日はルイがニコちゃんのことをパパって呼んでもいい?』
『え?どうしてパパなんだい?』
『…う~ん。ルイのお父さんとニコちゃんがちょっと似てるからかな。』
『まぁ、別にいいですけど…。そんな風に呼ばれたことないですから、少し変な感じです。』
その会話の間、ルイはモジモジとうつむいているだけだった。
マリアンジェラはどこで用意したのか自分の着ているのとお揃いの服を寝室のクローゼットから取り出し、ルイに着るように促した。
『ねぇ、ルイ、やっぱりペアルックじゃないと、デートだから、ね。』
『あ、う、うん。』
渋々のようにも見えるが、マリアンジェラに言われるがまま着替えを済ませた。
『それじゃ、フロリダのお部屋に移動するね』
マリアンジェラはニコラスとルイの手を取り転移をした。
移動後のフロリダのホテルのスィートルームでニコラスがマリアンジェラに耳打ちをする。
『マリー、大丈夫なんですか?人前で転移なんかして、それに彼のお家の人には言ってあるんですか。』
『だいじょび~、ルイのお家のお手伝いさんにテーマパークに行くって言ってきたから。帰りは12時間後位っていうのも言ってきたし。マリー、今日はお仕事のギャラでおごっちゃうもんね。ふふ。』
そう言うと部屋の電話でフロントに電話をかけている。
すぐにホテルの前にリムジンが到着したとフロントから折り返しの連絡があった。
三人でフロントまでエレベーターで移動し、マネージャーに案内されて車に乗り込む。
『マリアンジェラ様、こちらがアンジェラ様より手配するように言われておりましたパーク内で使用できるマジックバンドでございます。ショップやレストランなどでお使いください。お帰りは12時間後の午後8時でよろしかったですか?』
『はーい、おなしゃ~す。』
『かしこまりました。』
三人はリムジンに乗ってテーマパークの入口まで送ってもらった。
それからはマリアンジェラとルイが次から次と乗り物に乗り、ニコラスがスマホで写真を撮るというのを繰り返し、疲れたらレストランで食事をしたり、フードスタンドで食べ物を買って休憩したりだった。
マリアンジェラがソフトクリームを食べたいと言い出し、フードコートで食べていた時のことだ。お店の中でニコラスとルイがテーブル席に座って待っているとき、妙な雰囲気になった。
『ルイ、楽しんでいるかい?』
『うん。楽しい。あ、あの…パ…パパは、楽しい?』
そう言えば、マリアンジェラに変なロールプレイ縛りをされたのを思い出したニコラスが、ちょっと一呼吸間があいてから返事をした。
『あぁ、とても楽しいよ。』
その言葉を聞き、ルイがうれしそうな表情を見せた。
マリアンジェラがソフトクリームを3個抱えて危なっかしい感じで戻ってきた。
『おまたしぇ~、ほら、パイナップルとオレンジとベリー味、どれがいい?』
『…』
『ルイ、遠慮しないで選びなさい。』
『うん、パパ。じゃ、僕パイナップル。』
マリアンジェラが嬉しそうに『うんうん』と頷き、パイナップルのソフトクリームを渡す。
ニコラスがベリー味を取ろうとすると、マリアンジェラがオレンジ味をニコラスに渡した。
『ま、マリー、私には聞いてくれないんですか?』
『え?こっちが良かった?じゃあ、ちょっとだけ味見させてくれる?』
『いいですよ。』
ベリー味のソフトクリームをニコラスに手渡す前に半分ほどの量を一口で『味見』をするマリアンジェラだった。
『あはは…マリー、すごーい、頭痛くならないの?』
『しょんなのなるわけないじゃん。マリーはねぇ、結構強いのよ。』
全く…自慢するところではないと思うのだが…ニコラスは食べかけのアイスクリームにも動じず、ニコニコしながらそれを受け取って食べた。
ルイは不思議そうにニコラスとマリアンジェラを見つめていた。
殆どの乗り物に乗り終え、最後にお土産ショップで好きな物を買わせている。
と言っても、意外にもちゃんと選んで使えそうなものをカゴに入れているようだ。
『マリー、何を選んでいるんですか?』
『うーん、ライルのおパンツとパパのおパンツ…あ、アンドレとニコちゃんもおそろいのがいい?』
『いえ、結構です。』
『えーかわいいよ~、ほらぁクマちゃんくっついてるやつとか…。』
うわ…世界のトップアーティストにキャラもののパンツ履かせようとしてるぞ。
ルイは控えめにキャップを1つだけ選び、そのほかにはクッキーの詰め合わせをカゴに入れた。
『ルイ、もっと買ってもいいんですよ。』
『パパ、ありがと。でもこれで十分だから。』
あっという間に12時間が過ぎ、リムジンでピックアップされ、ホテルに戻る。
スィートルームに入るとマリアンジェラがルイに言った。
『その服、持っててくれる?また今度デートの時に着たいから…。』
『あ、でも着てきた服…。』
『あ、おうちに置いてきちゃったね。』
そう言うか言わないかのうちにマリアンジェラは一瞬消え、また服を抱えて現れた。
『ま、マリー…』
ニコラスの心配をよそに、マリアンジェラは何も気にしていない様子で、ルイの手を取りニコラスに言った。
『じゃ、ちょっと送ってくるね。すぐ戻るから待ってて。』
そう言って二人は消えた。そして3分後、マリアンジェラは戻ってきた。
『じゃ、ニコちゃん帰ろっか。』
『はい』
そうしてニコラスとマリアンジェラは大きなお土産袋を抱えて家に帰ったのである。
夢から覚め、ふと目を開けるとニコラスがやさしく僕の頭を撫でていた。
「ん?いやだなぁ、子ども扱いしないでよ。」
僕はそう言ってまた反対側を向いた。少し冷たい手が僕の首筋を触った。
僕は一瞬のうちにまた夢に落ちた。
あれ?なんだろ…さっきと全く同じ夢だ。
しかし、目線がニコラスではない。ルイだ、彼の中にいる状態で夢に入っている。
始まったのはテーマパークに入ったところからだ。
何かの誤作動か?なぜ知らない子供の中に入っているのだろう。
そんな心配をよそに、全く同じ夢が別の登場人物の中に入ったまま進行していく。
しかも、そのルイの感情が、僕の脳内に広がり、本当に楽しんでいるのがわかる。
特にニコラスを『パパ』と呼んだ時の至福の感情はなんとも言えないものだった。
ルイは父親がいない子なのだろうか…。
夢は終わりに近づき、マリアンジェラとルイが転移した。
その先は、見たことのある部屋の中だった。
日本の朝霧邸の僕の部屋だ。
え?え?えええぇ?
『おちゅかれさま~。ライル、もう元に戻っていいよ。』
『はぁ…マリー、こんな変装しててばれてないかな?しかも名前…あれ僕の名前を逆さまにしただけじゃないか。』
『大丈夫じゃない?眼も緑色にしてたし、髪の毛も長くしてしばっておいたし。さすがに顔は殆ど変わらなかったけど、この眼鏡かけたら結構違って見えたよ。』
マリアンジェラがそう言って眼鏡を外してくれた。窓ガラスに映った僕の顔が緑の眼から元の碧眼に戻る。髪は長いままだ。
『髪、長いのも素敵よ。』
『マリーに言われたから伸ばしたんだ。えへへ』
『それじゃ、また今度ね。』
『うん、またね。』
そう言ったところで、マリアンジェラが僕の唇にチュとキスをした。
顔が熱くなってるのがわかる。
『マリー、恥ずかしいよ。』
『ライル、恋人同士はチューしなきゃダメなんだから。リリアナが言ってた。』
『ふーん、そうなのかぁ…。わかった。』
そう言うと僕の方からもマリアンジェラの唇にチュとキスをした。
マリアンジェラが喜びのあふれる笑顔で言った。
『今日あったことは、私が思い出していいって言うまで忘れていてね。』
そう言ったマリアンジェラの瞳が赤く光った。
僕の夢はそこで途切れた。
目を開けたら朝だった。
ニコラスがシャワーを浴びるためベッドから起き上がった振動で目が覚めたようだ。
「ライル、ごめん。起こしちゃったかい。」
「あ、ううん。大丈夫、すごく長い時間眠れたみたい。ニコラスは昨日テーマパークにマリーと行ったんだって?」
「そうなんだ…マリーの彼氏のルイ君って子と一緒にね。なかなかのイケメンだったよ。」
「ふーん、僕も行きたかったな。その子に会ってみたかったよ。」
僕は目覚めた時には夢の内容を全く覚えていなかったのだ。




