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661. 謎の黒い杯(4)

 白い光が消え、視界が開けた時、僕は床に落ちた黒い鍵を拾う形でしゃがんでいた。

 僕がいる場所は真っ暗で、窓がなく陽が差さない場所であることは確かだ。

 黒い鍵を体から離すと元の家に戻ると思うが、何か理由があってここに来たに違いないと思い、鍵をポケットにしまった。目が少し慣れてきた頃、すぐそばにかなり大きめの机、わりと豪華な椅子、壁には肖像画かなにかがかけられており、身分の高い人物の書斎ではないかと想像できた。

 その時、部屋の外に足音が近づいてきた。

 ランプを持ち、部屋の中に二人の男が入って来た。僕はドアが開く前に机のくぼみに隠れて様子を伺った。

「おい、どこで落としたんだよ、まったく困ったもんだぜ。」

「ないなぁ、仕方ないから他の鍵持ってるやつに借りようぜ。」

「あの鍵は、もうお頭しか持ってないはずだ。」

「まいったな…怒られちまう。」

「あ、そうだ。中にいるやつに開けてもらえば大丈夫だろ。」

「そうだな。とりあえずはそうしよう。」

 二人は鍵の落ちていた辺りをうろうろ探し回った後、部屋を去った。

 二人が去り暗くシーンとした室内で僕は光の粒子を手のひらの上で発光させ部屋の中を見渡した。

 壁にかかった肖像画はニコラスだった。ここは教会の司教の部屋だったのだ。


 色々な思考が頭をめぐる。ニコラスが悪魔信仰の宗教団体の主なのか?

 いやいや…あのニコラスがそんなはずない…。少し不安を抱きながら部屋の中を見て回ると、床に散乱したティーカップや、片方だけの靴があるのを見つけた。

 どうやら客だと思っていた輩が誘拐犯に豹変したのだろう。ニコラスは拉致されたに違いない。そして、先ほどの鍵は犯人たちが所有していたものに違いない。


 僕は物質の中を通過できる能力を使い、建物の壁や柱などの中を通り抜けながら先ほどの犯人と思われる男たちを追った。

 少し進むと男たちは建物から外に出て教会の裏手にある森の中に入っていった。

 すでに深夜というくらいの時間帯なのか、月明かりも全くない真っ暗な空だ、

 僕は建物の陰で翼を出し、上空へと浮上した。空の上から彼らの後を追うことにしたのである。

 どれくらいの時間が過ぎただろうか、かなり森の深いところにまで進んだ先に大きな岩山があり、その陰に二人は入っていった。僕も少し離れたところに降り立ち、また岩の中に体をすり抜けさせて男たちの後を追った。

 洞窟のような通路になっているその先にその場所には似合わない大きな扉があった。

 あの、本の表紙に描かれていた金と緑、銅が腐食して緑になっているのか、とにかく重厚そうな立派な扉があった。

 男たちは『ドンドン』と扉を叩き、中にいる仲間に話しかけた。

「サイモン、俺だ、開けてくれ。」

 少ししてから『ギィー』という音と共に扉が開いた。中の様子が見えた。

 固そうな木の台の上に半裸のニコラスが寝かされている。中は、いくつかのろうそく、そしてランプがあるようで、真っ暗というほどではない。

「お前たち、何やってたんだよ。急にいなくなって。早くやらないとお頭に怒られちゃうじゃないか。」

「悪い、鍵を失くしちまったんだ。それで探しにいったというわけさ。」

「まぁ、いい。早く入れ。」

 中にいたサイモンという男を入れて計3人が中に入っていった。

 僕はさらに壁をすり抜け、そのドアの向こうが見える所まで移動し、様子を伺った。

 こいつらが何をしようとしているのか探るためだ。

 男の一人がナイフを出し、ニコラスの手首に傷をつけた。

 ポタポタと流れるニコラスの血を、あの黒い杯で受けている。

 台の上の黒い杯は2つ。杯の中に半分ほど血が入ったところで杯に蓋をした。

 そしてもう一つの杯に同じように血を入れる。

 ニコラスはなぜ目を覚まさないのか…。その時別の男が言った。

「こいつはいつまで眠ってると思う。」

「さあ、朝まで目を覚まさないんじゃないか。かなり強力な薬を飲ませたからな。」

「そうか…じゃあ、もしかすると…その…眠っているうちに死んじまうってことも…」

「今日はもうこの杯で終わりだから、死ぬことはないだろう。」

「そ、そうだよな…。なんかよぉ、司教様を殺したりしたら呪われそうで…」

 2個目の杯も半分ほど血がたまったくらいで蓋をした。

 その時、『ガーン、ガーン』と扉を激しく叩く音がした。

「な、なんだ。お頭か?」

 サイモンが扉の鍵を外し、扉を開けた。そこには、一人のきれいな女性が斧を持って立っていた。

「う、うわぁ、レイナじゃねえか。何すんだよ。」

「あんた達、私の王子様をどうするつもりよ。」

「な、何言ってんだ。こいつは王子なんかじゃなくて、教会の司教だろ。」

 女性は中の様子を一瞬うかがった後、一気に中に突撃した。そして3人の男たちはほぼ即死の状態で床に転がった。ひぇ~、怖すぎる。

 レイナがニコラスに近づいて行った。レイナはニコラスの傷ついて血を流している手首を舐めた。げー、何してるの、この人…。しかし、不思議なことにニコラスの手首の血が止まった。レイナはニコラスの体に床に放り投げられていたニコラスの衣服を着せた。そしてニコラスをおぶったかと思ったら、大きな鹿に姿を変えた。

 あーっ、見たことあると思ったら、ルカとフィリップの母親じゃないか…。


 いつ出て行こうと思ってた矢先の殺人現場を目撃したことも衝撃だが…レイナが崖から落ちたニコラスではなく、拉致されて命を危険にさらされていたニコラスを助けたのだ。

 鹿の背中に乗せられたニコラスを遠くからそっと転移しつつ追った。

 更に山奥の小さな一軒家、多分、僕の記憶の中のレイナの家と同じだ。

 僕は過去を変えないように配慮しなければいけないが、ニコラスに脅威が及ぶようならば黙って見ているわけにはいかない。

 庭先の木陰から様子を伺っている時、窓が開いた。

「ちょっと、こそこそ見てないで中に入んなさいよ。そこのでかい天使。」

 え?まじ?見えてた?やだー…。

 どうしていいかわからず固まっていると、大きい声で怒鳴られた。

「ちょっと、聞こえたんなら返事しなさいよ!」

「あ…はい、すみません。」

 僕はしょんぼりしながら玄関に回り、翼は収納して家の中に入った。

 ニコラスはベッドの上に服を脱がされて寝かされていた。

「あ、あの…それ、僕の親戚なんですけど…ニコラス…。」

「あ、あん?あら、そうみたいね、そっくりだもんわかるわ。まぁ、座ってて。」

 僕は言われるまま近くにあった椅子に座り、しばし沈黙の時間が流れた。

 レイナはニコラスの体をお湯と布できれいにふき取り、きれいな下着を着せた。

 つーか、何なのこの人…。ニコラスの服どころかパンツも脱がせてるじゃん。

 僕は恐る恐るレイナに声をかけた。

「あのぉ…、これどういう状況ですかね…。」

「あ、あん?」

 こ、怖い。なんでこんなに怖いんだろう…。

「ま、いいわ。説明するわ。いわゆる…神託が下りたのよ。このお方、ニコラス王子様を私が助けて、二人の子を授かりなさいって。」

「え?子…って…。」

「し、仕方ないでしょ、神様からの依頼なの。司教になんかなっちゃったから、お嫁さんももらえないし、一生独身になっちゃうとこの後天使が生まれないんですって。しかも、放っておいたら食べられちゃうって言うから、冗談じゃないわよ。」

「神様…ですか?」

「そうよ、神様…ってあなたも神様?天使かと思ったけど、なんか違うわね。」

 レイナの話では、レイナの家系は時々超越者と呼ばれる超能力者が生まれ、未来を見たり、不思議なことが出来たりするらしい。

 そんな未来を見る能力があるレイナが『神託』という名の『夢』を見たそうで、その夢に本人が関わっている場合、その夢通りに行動しなければ、レイナ自身に何かしらの問題が発生するのだとか…。

 それで今日は斧を持って、山を越えてニコラスを助けに行ったそうだ。ちなみに、レイナは元々教会でニコラスを見てからずっと密かに想いを寄せていたらしい。そして、また違う日にニコラスのために悪魔崇拝のあの拠点を潰しに行くつもりだと言った。

「へぇ…僕らと同じような人達っているんですね。」

「僕ら?え?あなたみたいな人って他にもいるの?」

「あ…、いえ、今、この時代にはニコラスとアンドレしかいません。」

「え?じゃああなたは?」

「あ…、あの…この鍵、ニコラスの部屋に落ちてて…。」

 僕はとっさに鍵を出してごまかした。立ち上がり、レイナに鍵を渡すと、鍵が僕の手から離れた瞬間に、僕の手が金色の光の粒子になりサラサラと崩れ落ちた。

「ニコラスをよろしくお願いします。僕の大切な家族なんです。」

 体が全部消える前に、僕はそう言い残した。

 驚きのあまり口が開きっぱなしのレイナが小さく頷いたのが見えた。


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