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659. 謎の黒い杯(2)

 目の前が真っ白く光り輝いた後、真っ暗になった。

 どこかに転移してしまったとは思うが、何も見えない。そう思っていると、体のあちこちに痛みが走った。しかし体を動かすことができない。

 その時だ、目の前に少し光が見え、自分がどこかの室内にいることがわかった。

 薄暗い部屋、椅子に拘束された足と手…そして、僕の瞼を無理やり開かせている知らない男たち。

「ほら、さっさと白状して楽になれ。供物になる天使はどこにいるんだ?」

「に、ニコラス・ユートレア…」

 間違いなく僕の口が言っているが、声が…女性の声だ。どうやら僕は女性の体の中に入った状態のようだ…。ということは、さっきの赤いのは本当に血だ。この、今僕が入っている体がその主であるのだろう。一体誰なのか…。

 体のあちこちが痛い。そして、直後にその原因がわかった。

「ニコラス・ユートレアって、お前…大司教様じゃないのか。ふぁ~、天使が神様に仕えてるってか。おい、他にもいるだろ、もっといなきゃ足りないんだよ。12匹必要なんだからよ」

 ガラの悪い言葉遣いで男が顔を近づける。なんだか、僕が入っている体の頭部には袋がかぶせられており、顔だけが出るように一部が裂かれているようだ。

 男の一人が僕の入っている体の左腕にナイフを刺した。

「ほら、早く言わねぇとお前死んじまうぞ。なぁ。」

「ううっ」

 うめきながら、痛みをこらえるが、袋の裂け目から見えた光景が僕を凍り付かせた。

 あの黒い杯で腕から流れ出る血液を受けている。

 その男が杯に蓋をして、横のテーブルの上に置いた。そこには、すでに10以上もの杯が蓋をされた状態で置かれていた。マズイ…このままでは失血死してしまう。

 だが、今の状況では僕にはどうにもできなかった。体の持ち主の意識があるうちは僕はただ傍観しているしかすべがないのだ。

「兄貴、もう今日はこれ以上無理じゃないっすかね、こいつ何も食わないでもう10日以上ですぜ。本当に死んじまったら、これ以上情報を集めるのが無理になっちゃいますぜ。」

 少し図体のでかい男がそう言うと、痩せた小柄な男が冷ややかな目でこちらを見て椅子から立ち上がった。

「仕方ないな、今日はここまでだ。しっかり縛り付けとけよ。」

「へい、兄貴。」

 小柄な男が部屋から出ると、大柄な男は手足の拘束を確認して、僕が入っている体の持ち主に小さい声で言った。

「悪いな、あんたには恨みはないんだけどよ。お頭の命令なんだよ。」

 体の持ち主は、何も返事もせず瞬きもしなかった。ただ、その大柄な男が部屋を出るのを見つめ、鍵が閉まる音を聞いた時、明かりを消された真っ暗な部屋で、ポタポタと自分の膝の上に涙が落ちた。

『ぐわっ』

 胸が締め付けられるような苦しさを覚え目を開けた。そう、体の持ち主が意識を失い、僕が体の主導権を持ったため、目を開けることができたのだ。

『痛い、痛い、痛い』

 とにかく体中が痛い。椅子に拘束されている体を転移で少し横の床に移動する。しかし、何か薬物でも盛られているのか、ふらついてしまい立っていられないほどの状態だ。

 とりあえず、切られた傷を片っ端から癒し、頭にかぶせられている袋を取り除いた。

『ん?』

 その時僕は気づいたのだ。頭にあるはずの髪ではなく、頭部を切られたような蛇の胴体が頭に生えていることを…。この体は『ライラ』だ。

 しかしひどいことをするものだ。頭に蛇が生えているとはいえ、女性を拷問して血を抜き取るとか、やはりイカレてる。

 僕はテーブルづたいに這うように移動し、男たちが何かしていた作業台の上を見た。

 手のひらにキラキラを集めて少し照らして見ると、ここに来るときに触っていた本の下書きと思われる文書やら挿絵の一部が散乱している。

 あいつらはライラを襲い、拉致監禁して拷問し、悪魔崇拝の情報を得ていたのだ。

 僕は怒りに震えた。ライラはほぼ全裸の状態で拷問を受けていたのだ。

 僕はそこにあった杯の蓋を外し、全て床にぶちまけた。

 そして、いつの時代でも存在しているであろうユートレアの地下の封印の間へ転移で移動したのだった。


 僕はライラのその体から出ることを試みた。今までこういう状況で外に出たことはないが、もしかしたらという希望を込めての挑戦である。

 ここにいれば死にかけていてもそのままの状態をキープできるはずだ。

 歩くこともままならないフラフラの全裸に近い状態のライラで外を歩き回ることはできない。

 転倒を防ぐため石座ではなく、床に腰を下ろし目をつぶった。自分だけをこの体の前に向かい合わせに座らせることを意識して転移を試みる。

 目の前が白い光で覆われ、目を開けると目の前に体育座りをしたライラが見えた。外に出ることができたのである。

 念のため中に入っている時には見ることが出来なかった背面や後頭部などに傷があるか確認する。

 痛々しい頭部の蛇の千切れた胴体も癒せるか試してみるが、手を当てて能力を使うたびに蛇の胴体が消滅していった。最後にはリリィにそっくりな薄いクリーム色のようなブロンドのライラになったのである。

 いいのか悪いのかわからず少し焦りながら、骨折させられている翼の付け根に気づき癒していた時だ、ライラの腕がピクッと動いた。

 わずかに目を開け、こちらを見たライラがゆっくりと口を開いた。

「あ、アズラィール、ごめんなさい。傷つけるつもりはなかったの。ずっと一緒にいたくて、気を引こうと思ったら、とんでもないことしてしまって、私、どうしていいか…。」

 どうやらあの神々の住む場所で起きたアズラィールを襲撃した時のことを言っているようだ。罰としてメッセンジャーをしていると聞いたことがあったが、ライラは僕が過去を変えて、アディ…アズラィールが死ななかったことを知らないようだ。

「ライラ、大丈夫だよ。アズラィールは死んでいないよ。君の罰ももうおしまいなんだろ。だから頭の蛇が消えたんだと思うよ。」

 都合のいい適当についた嘘だ。

 ライラはまたピクリと指を動かし、一度閉じた目をまたそっと開けた。

「だ、誰なの?」

 急に胸を隠すようなそぶりをしてライラが怯えた。僕は慌てて自分の着ているシャツを脱いでライラの体を隠すようにかけた。

「僕はライル。この時代から500年ほど先に日本という国で生まれるんだ。」

「ライル…。」

 僕の名前をぽつりと言うと、ライラは涙を浮かべて僕の手を握って言った。

「ら、ライル…神になる子…ライル。わ、私が、し、死んだら、私の核をあの、中に…い、入れてちょうだい。」

 そう言ってライラは封印の間の中央にある円台の真ん中を指さした。

「何言ってるの?死なないでよ」

「ダメなの、私、死なないと、許してもらえないから…。」

「え?」

 ぶるぶると震え出したライラが、僕の手を取りそっとライラの頬に触れさせた。

 ライラの記憶がどんどん流れ出てくる。自ら自分の身に起きたことを僕にわからせようとしているんだ。

 ライラの僕の手を握る手に力が入った。そして、ライラの顔に笑みが浮かんだ。

「最期に会えてうれしかった。ありがとう、ライル。」

 その言葉が終わるのと同時に、ライラの体が白い光に包まれて霧散した。

 ライラが消えたその場所には、小さなビー玉ほどの乳白色の核だけが『こつん』と音を立てて残ったのである。

 僕はライラの核をそっと拾い上げ、本人の希望通りに封印の間の円台の中央にある穴に入れた。

「今度生まれてくることがあったら、幸せになるんだよ。」

 僕がそう言いながら手を離すと、気のせいかもしれないが、滑り落ちていくライラの核が一瞬輝いて消えた様に見えた。


 ここでの僕の役目が終わったのだろう、僕の、今ライラの核を離した手が金色の光の粒子になってサラサラと崩れ落ちているのが見える。


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