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657. アンドレとリリアナの選択(1)

 10月13日、金曜日。10月も中旬になり、大学での試験を終え、僕、ライルは少し余裕のある寮生活を送れるようになった。

 2028年も残すところ二か月半だ。

 9月末に親戚一同で集まった新居の披露パーティーからあっという間に2週間が経った。


 相変わらず、週末にはアメリカの新居で家族との時間を過ごす事が多いが、平日は寮から出ることはほぼない。

 僕はちょっぴりイタリアの家が恋しくなるのだが、どうやらアンジェラとリリィはアメリカの新居の広いバックヤードでアディとルーを遊ばせてあげるのが二人にはいいと考えているようだった。

 確かにイタリアの家は、海岸にせり出した崖っぷちを利用して建っており、子供たちを野放しにして遊ばせるというわけにはいかないからだ。


 今日は金曜日、夕方にはニコラスが車で寮まで迎えに来ることになっているが、僕は少し早い時間にこっそり一度イタリアの家に戻ることにした。

 実を言うと、アメリカの家には使用人が常駐していない。そのため、シーツやタオル等の身の回りの物や、一度着た衣類などはイタリアの家のランドリールームのカゴに入れておく必要があるのだ。時差があるため、普段はアメリカの夜中の時間帯に持ってきているのだが、今日に限っては少しためてしまった洗濯物を出したかったため、アメリカでは午後になったばかりの講義と講義の合間に寮の部屋に戻ってきたのだ。

 ついでに寮の壁の中に、以前とっさに隠していた日記帳もイタリアの自宅に持ち帰ることにした。このまま忘れてしまっても困ると思ったからだ。


 いつも通り、寮の部屋のドアに鍵をかけ、部屋の中から一瞬でイタリアの家の自室のクローゼットに到着する。自室に入り、無造作に寝室のベッドサイドチェストの引き出しに日記を放り込み、大きなバスケットに入った洗濯物をダイニングの脇にあるランドリールームへ運んだ。代わりに持ち帰るタオルやバスローブをカゴに入れ、自室へ戻るため廊下を歩いていたのだが…。

 ドアがなく、入り口が開放されているアトリエ前を通りかかった際に、アンジェラとアンドレ、そしてリリアナがソファに座り真剣な面持ちで話をしていた。

 何も見なかったふりをして通り過ぎようかと思ったが、アンジェラが僕に声をかけた。

「ライル、こんな時間にどうしたのだ。」

「あ、あぁ、洗濯物がたまっちゃって…持って帰って来たんだ。」

「そうか…。今、少し時間取れないか?」

「え、うん、僕は大丈夫だけど…。」

 実際は次の講義の時間まではそんなに時間はないが、寮に戻るときに時間を少し遡って戻ればいい話だ。


 3人はかなり深刻な話をしていた。

 それは、アンドレとリリアナ、そしてライアンとジュリアーノ、この4人のこれから先の身の振り方とでも言えばいいだろうか…。

 生活の基盤を現代に置き、今でも週に1度は通いで過去のユートレアに行き、王太子としての役割を果たしているアンドレだが、父王アーサーから完全に過去に戻ってこいと要請があったというのだ。

 しかし、話し合っているリリアナの様子がおかしい。

「お前たちの意見をまず聞かせてくれないか。さぁ、アンドレ、言ってみなさい。」

 アンジェラがそう声をかけると、アンドレがリリアナの方をチラッと見ながら口を開いた。

「私は、今後もこっちで、このイタリアの家で、アンジェラ達と共に暮らしていきたいと思っています。以前、こちらで読んだ歴史書にあったと記憶しているが、ユートレア王、私の父アーサーの死は起きなかった。私たちが関与したことで変わったのです。私たちが毎週訪れている500年前のその場所では、父はまだまだ若く、今後も国を治めて行けるでしょう。それに、私はこちらでアンジェラの仕事を手伝って行きたい。」

 アンドレは、現在週に一度のユートレア訪問の他に、アンジェラがCEOをしているライエンホールディングスでアンジェラの秘書のような仕事や、芸能事務所のプロモーションに関わった仕事をしている。

 アンドレの言葉を聞いた後のリリアナはまたちょっと違う理由で現代にいたいと懇願した。

「アンジェラ、お願い、私、500年前のヨーロッパにずっといるのなんて無理よ。トイレもないのよ。ご飯だって、豪華なもの出されても冷めてるし、パンだってガッチガチに固いし、好きな物食べられないのよ。それに、何が辛いって…テレビもビデオもスマホも何もないの…耐えられないわ。」

 若干涙交じりの顔で力説するが、僕はお腹の皮がよじれそうなくらい笑いをこらえるのが大変だった。リリアナって大人の顔してるけど、中身はミケーレより子供っぽいみたいだ。

 二人の様子を見て、アンジェラが穏やかに話し始めた。

「いいか、アンドレには王太子としてやらなければいけないことがあるはずだ。本来ならお前が次の王になり、国を治め、その次の世代としてライアンを王太子として育てるのであろう。しかしだ、本人が嫌がるものを無理にやれとは私にも言えはしない。ただ、以前読んだ歴史書の様に王太子は天使の後を追いかけて二度と帰って来なくなった、というような話にだけはならぬようきちんとした理由と退くのであれば正しい退き方をするための方法を考えておきなさい。いいな、二人とも。」

 アンジェラが話し終わると、二人は少し安堵した表情で頷いた。

 アンジェラに過去に帰れと言われるとでも思っていたのだろうか、アンドレの顔がパアッと微笑んで紅潮している。僕は多分思わずニヤニヤしていたのだと思うが、そこで急にアンジェラに無茶ぶりされた。

「ライル、おまえ、何かいい考えがあるんじゃないか。二人に知恵を貸してやれないか。」

「えっ?僕?」

 僕は思わずアンドレとリリアナの顔をちらちらと見た。二人の変に期待した表情がなんとも僕にプレッシャーを与えてくる。

「うーん、そうだねぇ。確か、アンドレが天使の後を追いかけて失踪し、アンドレの妹が結婚した別の国の王族が王になったって言う歴史だったっけか…。そいつがヤバイやつだったって言う話だったような…。」

 実際はよく覚えていない…。なにせやり直しする前の人生でチラッと見ただけの歴史である。

 考えてみると、それはそれでユートレアの歴史にはあまりよくない内容だった。

「あぁ、確かそのような話だったな。その後に国は傾き、結局血のつながらないような遠い親戚が城を管理していたのだ。私に城を譲った者がその子孫だったようだが。」

『国が傾き』という言葉に、アンドレとリリアナは若干うつむき気味になりどんよりとした空気が流れた。

「あ、じゃあこういうのはどう?確か、その歴史書って天使関連の宝物とかをしまってある部屋にあったよね?それを一度読んでみて、何が悪くてそうなったとか確認してから対策を練ろうよ。だって、今は、というか二人は500年前に毎週帰っていて、うまくやっているんだろ?」

 僕がそう言うと、アンドレの表情がまた明るくなり、コクコクッと大きく頷いて言った。

「そうなんです。国を治めているのは父王ですが、私は旧ユートレア地域とその周辺の領地を治めていて、ここ数年は非常に運営もうまくいっています。国の領土が広がり、災害が発生しても違う地域から人を派遣したり、食料にも余裕があり、この状態でいけば国が傾くことなど想像できないのです。」

 どうやら、タイミングとかにもよるようだが、災害などが発生してもリリアナがある程度天候を操作したり、土を隆起させて堤防を作ったり、能力を使いまくって最小限に留めているらしく、他の国に比べれば順風満帆な運営が出来ているようだ。

 そこで、アンジェラが確認するように二人に聞いた。

「お前たちは、これからも定期的に戻っていくつもりなのか?」

「はい。そのつもりです。」

 アンドレは即答、リリアナもアンドレの顔をチラッと見て頷いた。

「ならば、他にもせねばならぬことがあるな。」

 アンジェラは年齢のことを言っているのだ。アンドレは18歳の時にこっちに来てしまっているため実際まだ若いのだが、アンドレと双子のニコラスの息子たちは本来なら500歳よりちょっと若いくらいの年齢のはずだ。でもその彼らも見た目はせいぜい30代というところか…。僕の想像では、能力が覚醒してしまうと成長・老化が止まる、あるいはものすごく遅くなるのだと考えられる。しかし、まだわかっていないことも多い。あの得体のしれない黒い鉱物で出来たアクセサリーを身に着けると能力の発現を抑え、成長を妨げることもないという話だったと記憶しているが、身に着けてるおじちゃん達は実際には全く年を取っていない。

 以前、変わる前の過去だが、アンジェラが黒い羽のチョーカーを外した時、いきなり大きな白鳥になってしまったのは僕の中ではベスト10に入る忘れられないエピソードなのだ…。しかし、上位覚醒した今、アンジェラは単なるアクセサリーとしてイヤーカフなどを着けてはいるが、外したところで能力が暴走するようなことはない。実際、アクセサリーを外していることも多いが初めて会った時から身長が異常に伸びたことはあっても、老いた様子は全くない。見た目はものすごく背の高い20代前半の姿のままだ。付け加えるならば、リリィや僕にはあの鉱物のアクセサリーは意味がないようだ。二人とも本人が認識しないまま覚醒し、普通に能力を使いながら生きてきた。

 でも、体は普通に成長してきたはずだ。僕の場合は最終覚醒したときまでなのだが…。

 果たしてアンドレにも同じことが起きているのだろうか?

 なぜこんな疑問を持ったかというと、ニコラスが記憶を失っていつの間にか子をもうけることになった女性の方の血筋がこの黒い鉱石で出来たアクセサリーと深くかかわっているからである。

「ねぇ、もしかしたらアンドレは普通に年とるんじゃない?ニコラスもだけど…。年取らないのは、あの動物に変身しちゃう種族の方の遺伝なんじゃないかと思わない?」

 僕がそう言うとアンジェラも大きく頷いた。

「ふむ。考えたことがなかったが…そう言われるとその可能性も否めないな。」

 アンジェラのその言葉に動揺を隠せないのはリリアナだ。一瞬で表情が凍り付いた。

 アンドレの顔を見て、お爺さんでも想像したのだろうか…目が泳いでいる。

 結局、その歴史書を見たことがある僕が、それをもう一度探し、中身を確認してから対策を練るということになった。たまたま通りかかっただけなのに、巻き込まれてしまった。

 計画されていたかのように思うが、僕は明日から一週間の秋休み入るところだったのだ。

 話が終わり、一度大学の寮に戻り残りの講義を受けたのは言うまでもない。


 この時はまだ、とんでもなく長い秋休みを体感するとは思ってもいなかったんだ。


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