65. やきもち
四月二十四日日曜日。
昨晩、記者会見でのいきなりのプロポーズから、姿を消した二人ということもあり、朝霧家の家の前は大騒ぎだった。
それを主にさばくのはアズラィールの仕事…では本来ないのだが…。対外的にはアンジェラはアズラィールの兄ということになっている。
しかも、実際は自分の息子の事なので、嫌ともいえない。
朝からインターホンを押すメディアが多い。
ライルの祖父未徠は朝からの騒音にかなりご機嫌が悪い。
そんな時、ライルからライルの父である徠夢にメッセージが入った。
それには、記者会見の後、二人で前世に飛んでしまい、真実を知ってしまった。
ライルの前世である天使を殺したのは徠人の前世の天使とライラであったと。
ライルの前世の天使が死んだことで、その恋人アンジェラの前世であるルシフェルという天使が、突然の変異を起こして自分の核を取り出しライルの核が割れて飛び散った方向へ核を投げ、後を追ったと言うのだ。
二人は精神的に落ち込んでいるが、そのことを記憶の共有で皆に伝えたいので今晩は戻ると言うメッセージだった。徠夢は返信した。
「二人が無事ならそれでいい。待っているよ。」
「ありがとう、父様。8時間後に行きます。」
午後6時、徠人とライラ以外の家族が地下の書庫に集まった。
まず最初にメッセージで伝えていた通り、前世で見たことを記憶の付与で皆に見せる。
全員が中央に手を出した。そこへ僕が手のひらを乗せる。
一瞬で僕が見た光景を家族が認識した。
父様が最初に口を開く。
「この様子だと確かにルシフェルはアンジェラそのもの…という感じだね。」
「ライルはこの女の天使と同じに見える。」
アズラィールがそれに続く。未徠がこめかみに手をやり、唸りながら言葉を探す。
「私たち一族は天使の魂が転生した者ということか…。」
皆が頷いた。
「ライルの元になっている天使はなぜこんなに多いんだ?」
それには、アンジェラが答えた。
「核=魂が割れて分散してしまったのが原因なのだと思う。」
「では、なぜ女の天使が僕ら男として転生したんだ?」
徠神から疑問が出た。それには僕が答える。
「天使には性別がないんだ。どう相手に見られたいか、あるいは能力的な特徴から容姿が決まって行くのではないかと思う。」
左徠が僕に質問をする。
「ライルだけどうして女の姿になったのかな?」
アンジェラが顔を真っ赤にして俯きながら小さい声で説明した。
「多分、私が望んだからだと思う。」
一同言葉を失い、ため息をつく。
そこで、以前父様に報告済みの二〇二四年に起きるであろう徠人が皆を刺し殺す事件を皆に伝える。
今後、残りの帰還者を探して救出し、それが終わった後にその宗教団体を殲滅しようと管変えていることを伝えた。
それが済めば、みんな自分のいた時代に帰ることもできる。
希望があれば、ここにいてもいい。
そう伝えた上で、二〇二四年の事件の時にここにいなければ被害に遭わずに済むのではないかと考えていることも…。
ライラは転移が出来そうだが、徠人はできない。
ライラが先にいなくなったことが原因で徠人が狂って皆を殺し、自殺を図ったと二〇二五年の父様から聞いたと伝えた。
とにかくライラと徠人は要注意だ。
人間の世界に自ら降りてきて、僕たちを襲う目的がわからない。
皆僕の話を分かってくれた。
次の土曜である四月三十日に次の帰還者救出を行いたいと僕から提案した。
残念ながら、転移が出来るのは僕しかいない。
連れて行けるのは二名が限界なので、今回はドイツの土地勘があるアズラィールとアンジェラを一緒に連れて行くことにすると皆に知らせる。
家族会議はそこで終了し、解散となった。
その日は、アズラィールがまた鈴のところに行きたいと言うので、近くのショッピングモールでドーナツをお土産に買って持っていくことにした。
アズラィールを連れて夜八時頃の朝霧家の離れの前に転移し、また鈴に襖の外から話しかける。
今日は中からすごい勢いで徠神が突進してきた。
「父上~っ。あ、天使様~。」
「徠神起きてたのか?」
アズラィールが徠神の頭を撫でて抱っこしている。
僕はお土産のドーナツを鈴に渡した。
「外に持ってっちゃダメだよ。家の中だけで食べてね。」
「はい。」
返事しているのは徠神です。徠神は人懐っこい性格で、粘り強くなんでも頑張ってやる性格だ。何か生活で不足している物がないか聞いて、次回の訪問の時に持ってくるようにしよう。厳しい時代であるから、いくら裕福な商家とはいえ、手に入らないものも多いだろう。
あっという間に五分が過ぎ、残念ながら帰る時間となる。
アズラィールを連れて自室に転移した。
アンジェラが暇そうにベッドでゴロゴロしていた。
「アンジェラ、お前も一緒に来たらいいのに…。」
アズラィールがそう言うと、アンジェラが苦笑いをした。
「いいよ、別に。私は…。」
アズラィールが部屋に戻り、次は徠神の番だ。
徠神は帰ってもいいと思うのだが、本人の希望で現代に留まっている。
奥さんには事情を話し、月に一回会いに行くことにした。
こちらには米を十㎏とジャガイモ、ナス、キュウリなど食材をお土産にする。
「ライル様、いつもすみません。こんなに用意して頂いて。」
「あぁ、大丈夫だよ。父様がアズちゃんと徠神が手伝ってくれてすごく助かってるからバイト代だと思ってって。」
「バイト代?」
「あ、給料ね、給金?ま、そんなとこ。」
僕は徠神を連れて転移した。
徠神は普通に自分で家の中に入って行き、五分ほどで戻って来た。
「米、よほど嬉しかった様で、泣いてました。」
そうだね、生きるのも大変な時代だもの。僕たちは自室に転移した。
アンジェラがまだ暇そうにベッドでゴロゴロしている。
「ねぇ、することないなら勉強でもしたらいいんじゃないの?」
徠神が部屋を出た後で、僕はつい言ってしまった。
アンジェラの顔が曇る。
「ごめん、アンジェラ。怒っちゃった?」
アンジェラは黙ったままベッドの中にもぐって寝てしまった。
僕もパジャマに着替えて自分のベッドに入る。
なんでこんなに気まずいんだろう…。
眠れなくて、サロンでココアを飲んだ後、サロンのドアを開けて裏庭に出た。
ついこの間、ここでお花見をして楽しかったな。そんなことを考えてたら、咲いてもいない桜の木から、桜の花びらの形をした光の粒子が降って来た。
「わぁ…。」
楽しくなってくるくる回ってたら、花びらもくるくる回る。
あはは、なんだこれ~、アンジェラにも見せてあげよっと。
走って部屋に戻って、アンジェラの耳元で小さい声で話しかける。
「ねぇ、アンジェラ。ちょっと来て…。」
アンジェラは無反応、何に怒ってるのかわかんないけど…。せっかく見せてあげようと思ったのに、来ないのは気に入らない。
「ふんっ。」
力いっぱいアンジェラの足首を掴んで引っ張る。
「ぎゃ。」
で、担ぐ。で、裏庭へ転移する。アンジェラを肩にのっけたまま、僕はさっきと同じようにくるくる回った。また桜の花びらの形をした光の粒子が降り注ぐ…。
「あはは~。きれい。きれい。」
死体の様に担がれてたアンジェラが急に起き上がって、僕の肩から降りた。
ん、んんっ。長い長いキスをされた。花びらが二人の上に降り注ぐ…。
「ずっと一緒にいないとダメだ…。」
アンジェラは小さい声で言った。
「うん。今度からはアンジェラも連れて行くね。」
そういう意味じゃなかったみたいで、ぴくっと顔を強ばらせていたけど、自分の父親と兄に意味不明のやきもち、しかも各五分なのに我慢できないってのは困りものだと思う。
そして、その日の夜、さらに嫉妬の火が燃え上がることとなる…。
僕はアンジェラと一旦イタリアの家に帰ることにした。
キスしてるところを父様に見られたくないからである。
寝室で外の景色を見ながら、ゆっくりくつろぐ。
アンジェラは何回も何回もキスしてくる。
「そんなにやきもち妬いてたら、ハゲるよ。」と言ったらショックを受けてた。
仲直りのくすぐり大会をして疲れてしまい、ベッドで背中合わせにくっついて寝た。
ん、アンジェラの背中あったかい。気持ちいいなぁ~。
といつものように思っていたら、なんだか背中が熱い。
くるっと向き直って後ろからおでこを触る…。すごい熱だ。さっきまで何でもなかったのに…。体を起こしてアンジェラを上に向けた。
「あ、アンジェラ…。あ、あれ?」
若い…、この前魔女狩りの処刑台から救った時くらいの若さだ。
僕は、まだ眠ってないし、転移もしていないけど、最近こういうの多いな。
しかも、何も着ないで寝るのはやめてくれ。
仕方なく、シーツでくるんで肩に担いで、元の次元の寝室へ転移する。
「アンジェラ~。ねぇちょっといい?」
「どうした?え?何、それ?」
「すごい熱でさ、どうしていいかわかんなくて…。日本に連れて行くから、手伝って。」
「これって…。」
「そう、若いアンジェラ。」
僕たちは若いアンジェラを連れて日本の自室に転移した。
父様に言って、未徠に診察を頼む。
「おじい様、ごめんなさい。寝ている時に…。」
「いや、それはいいが。これは誰だ?」
「多分…百年くらい前のアンジェラです。」
「…え?」
「まぁ、説明が難しいですけど…。診察をお願いします。」
結局、若いアンジェラはスペイン風邪、今でいうインフルエンザにかかって死にかけていた。肺炎になっていたため、点滴や薬の投与をして経過を見た。
昼夜ずっとアズラィールが付き添いをしてくれた。
僕が付き添おうとするとアンジェラはすごく怒った。
一週間ほどで容体は安定し、意識は不安定だったが、元の場所へ戻すべきと判断し僕が一人で連れて行った。
しばらくの間、何時間かに一度様子を見に行った。
お水を飲ませたりした。
どうにか意識も戻りつつあって、持って行った食べ物を少し口にしてくれるようになった。
アンジェラがやきもちを妬くので、一緒に行っていた。
ドアの陰から見守っていた。
三日目くらいに、ようやく自分で体を起こせるようになった。
おかゆを食べてくれた。ジュースも飲んだ。そろそろ大丈夫かな…。
「明日からは一日に一回だけ来るね。」
そう言って帰ろうとしたら、また袖を掴まれた。涙をためて若いアンジェラが僕に聞いた。
「どうして、助けてくれたんですか?」
「だって、アンジェラはこれから先に会わなきゃいけない僕の大切な人だから。」
僕は、ドアの陰にいるアンジェラと手を繋いで現代の寝室に転移した。
戻ってきてから、アンジェラはとても優しかった。前から優しかったけど、もっともっと優しくなった。その日の夜、アンジェラはぽつりと言った。
「今の私じゃない私としたキスは浮気だ。」
ははは、スマン、アンジェラ。今更、過去は変えられない。不可抗力だしね。
若いアンジェラのスペイン風邪騒動があり、帰還者救出は一週間遅れの五月七日土曜日に決行された。




