649. 夢の中で(6)
過去の朝霧邸で置き去りになった僕ライルは、自室の勉強机の椅子に腰かけてぼーっと室内を見渡していた。
5歳児が使用するにはずいぶんと大きなベッドや、壁一面が大きなクローゼットとなっている。
そういえば、僕が小学生の時に過ごしていた時より全てが新しい気もする。
ま、そりゃそうか…時間が経てば古くなるんだよな…。
脳内で色々なことを巡らせつつも、いやいや、そんなことを考えている場合ではない。目の前にある困難をどうにか打開する方法を考えた方がいいだろうかと思考を父様とおじい様をどう回復させることだけに集中させる。
まずは血液の不足だ…そして取り出された臓器の奪還と修復が必要になる。過去にも未来にも行けない現状で、この拉致事件そのものを回避することはまずできない。それに、犯人をどうにかして警察に捕まえさせ、罪を償わせ、今後このような事件が起きないように誘導したい。
「血液か…。」
僕はすでに生身の体を手放しているため、血液を採取できない。正確には、血液を採取したとして、僕の体から離れた途端、それは金色の光の粒子になって霧散するだけだ。
今の僕の能力が限定的で時間を超えらえないのなら、同じ時間を過ごしているヨーロッパ各地にいる親族に会いに行って血液を採取してくるしか方法がない。
そんな考えを巡らせ、まずは必要な物を調達しなくては…などとメモを取っていると、目の前のベッドの上に金色の光の粒子の集合体が現れた。
小さいライルが戻って来たのだ。
「ライル、大丈夫か?」
光の粒子の集合体は思いのほか大きかった。そして光が静まり実体化した。
そこには猫柄のパジャマを着た肌が半分透けて向こう側が見えるほどの状態になった僕が横たわっていた。
「え?何?どうなってる?」
僕が思わず大きな声を出すと、小さいライルは横たわる僕の手を握って涙をいっぱいに溜めたまま周りの景色が変わったことに気づいたのだろう、手を放し周囲を見渡した。
そして僕に気づいた途端、大きな声で言った。
「お兄ちゃん、早く、早く来て。早くしないと体が消えちゃう…」
その言葉に促され、横たわっている自分に近づき横たわるもう一人の自分の頬を触った。
部屋中がまぶしくて何も見えないくらいの光が発せられた。
数秒の後、僕はベッドに横たわっていた。自分の手を確認した。どうやら、体は透けていない…。一体、何が起きたのかは微妙にわからないが、猫柄のパジャマではなく、ブルーグレーのスーツを着ている。
上半身を起こして、小さいライルの涙をそっと指で拭いた。
「大丈夫か?」
僕が言うと、コクッと頷き、小さいライルは少し微笑んだ。
「お兄ちゃんも大丈夫?」
「あぁ、多分ね。どうやら半分だけ先にこっちに来てたみたいだな。」
想像するに、核だけが召喚されたような状態だったのだろう。核の周りのエネルギーが置き去りになってしまい、能力が全て使えなかったのだと考えられる。
多分、今なら時間を超えての移動も可能だ。
僕はベッドから起き上がり、小さいライルを抱き上げた。
「ライル、父様とおじい様を助けに行くぞ。」
「うん」
僕たちはその時点よりも更に2年ほど前の朝霧邸に転移した。
小さいライルは周りをきょろきょろと見回しつつも、何かを察してか、息を殺して静かにしている。
僕はそのまま、おじい様の部屋をに真っ先に訪れた。
ドアを何度かノックすると、就寝中のおじい様が起きてきた。
「どうした?誰だこんな時間に…」
そう言ってドアを開けたおじい様だったが、僕の姿を見て驚きつつも少し顔に笑みがこぼれた。
「おぉ、よく来たな。どうしたんだい。」
そう言いながらガウンを羽織り部屋の外に出てきたおじい様が僕の腕に抱かれている小さいライルに気づいた。
「ライル、どうした?急に大きくなって、何かあったのか?」
状況がわからない小さいライルは首を傾げたまま固まっている。
僕は、その場ですぐにおじい様に説明した。
約2年後おじい様と父様が襲われ瀕死の状態になってしまうこと、僕たちは今、そこからやってきたこと、そして、血液が足りなくなり非常に危険な状態であることなどだ。
おじい様は冷静に考えをまとめ、僕にこう提案した。
「以前から気になっていたんだが、私達の血液は他の人たちと少し違うようなのだ。何か大きな事故にあえばまず助からない。それを回避するためにぜひ自己血の保管をしていこうと考えていたところなんだよ。冷凍保存なら10年保存可能であるから、定期的に貯血しておけばいいのではないだろうか…。」
「なるほど、そういうことが可能であれば、明日にでも始めて下さい。そして、それを使うにはどうしたらよいか、手順を書いておじい様の病院のデスクにわかるように置いておいてください。」
「わかった。約束しよう。」
「では、僕たちは戻ります。」
「わかった、よろしく頼む。」
僕はおじい様の見ている目の前で小さいライルの生きている時間へと戻ったのだった。




